お笑いタレントの渡辺直美が7月27日深夜、ニッポン放送のラジオ番組『佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)』にゲスト出演。海外移住のきっかけになった出来事を明かした。
『ピカルの定理』終了後、「本当に行き詰ってた」
人気絶頂の中、2014年に米・ニューヨークに3カ月間留学した渡辺。「『いいとも!』のレギュラーやりつつ、『ピカルの定理』もやってて。26歳のときにちょうどどっちも終わった」と話し、「でっかい船がなくなって、ここからどうしよう? って」「本当に行き詰ってたというか、怖かった。30歳まであと4年、このままだったら芸能界で死ぬなと思って」と吐露。そこで、「何かを吸収しないといけない」と決意し、「ニューヨークで100本、エピソードトークを作ろうと決めて行った」と留学した理由を語った。
「日本に戻って、いろんな番組に出れるようになるための留学だった」と話した渡辺は、「帰ってきたら、行く前よりも仕事がめっちゃ増えた」と回顧。さらに、国内だけでなく、海外からも仕事のオファーが殺到したが、「日本の仕事が忙しくて。台湾、香港、中国、アメリカから来た仕事を断るようになってきた」という。しかし、当時はバラエティやドラマ、ファッション関連、CMが25社とあまりに多忙だったため、「一発どこかで勝負をかけなきゃいけない」と思いながらも、「海外の仕事とかいっかって」と諦めていたことを明かした。
そんなとき、千鳥の大悟とピースの又吉直樹と会うことに。すると、大悟から、「海外行かないの? お前が持ってるレギュラーの仕事は、俺らでもできるけど。海外行くことは俺らはできないからな。そっちはやらんでええの?」と問いかけられ、「“お前が日本でやってることは誰でもできる。でも、海外に行くのはお前しかできへんちゃう?”みたいな。それで私、雷が上からバーンッてきて。確かに! って」とハッと気づいたそう。「日本にいてほしい」と言う芸人が多いなか、「背中を押してくれたのが、大悟さんと又吉さん」だったと語り、「ワクワクしたんです。挑戦してもいいのかな? って。それで移住するって決めた」と渡米のきっかけを打ち明けた。
その後、渡辺は、「アメリカで自分のお笑いをやる隙があるのか」を探るため、週1でニューヨークと日本を行き来する生活をすることに。「ニューヨークでビザを取って、銀行の口座も作って。住める準備はしてて」と振り返り、「これイケるな! って。家を探しに行って、家買いました。逃げれないように」と“背水の陣”で渡米を決意。コロナ禍もあり、2021年に移住することになったが、「そのときも大悟さんがカッコよくて。“お前は、茨木の田舎町から東京に出てきて売れた。アメリカに行ってもし売れたら、2回目の奇跡を何て言うか教えてくれ”って」と明かしながら、「だから今、2回目の奇跡を探してる旅に出てます」としみじみ語っていた。
なお同番組は、放送後1週間以内であればradikoで聴取可能(エリア外の場合はプレミア会員のみ)。また、『オールナイトニッポン0』は、ライブ配信アプリ「17LIVE(イチナナ)」で放送と同時に映像でも配信中。放送後には「17LIVE」限定のアフタートークも配信されている。
【編集部MEMO】
佐久間宣行氏がパーソナリティを務める『佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)』は、2019年4月にスタート。前月に行われた発表会見では、「この年になって、夢がかなうことがあるんだなと。中学時代から聴いていた『オールナイトニッポン』にまさか43歳でオファーがあるなんて」と驚き、就職活動でニッポン放送に落ちたことに触れながら、「『オールナイトニッポン』のディレクターをやりたかったんです。でも、まさか演者として出るとは」と話していた。
