本作の題材を決める際、やなせ夫妻を描きたいという思いが制作統括の倉崎憲氏と一致したそうで、「そんなことは初めてでした。朝ドラはしんどいので半分断ろうかなと思っていましたが、やなせ夫妻を書けるなら、絶対に私が書きたい、老体にムチを打って頑張らなきゃと思ってお引き受けしました」と振り返る。
執筆に追われつつ、自身に大きな影響を与えてくれたやなせさんの物語を書く喜びを感じる日々のようで、「やなせさんに書かされている」と感じる不思議な経験も告白。そういったことは脚本家人生で初めてだという。
「毎日やなせさんと奥さんのことを考えていると、覚えるほど読んでいた詩をより深く味わえるので、そこが楽しいです。脚本を書いていると、たまにやなせさんを感じるときがあるんです。包まれているような。気づいたらそのシーンを書き終えていて、書いている記憶があまりなかったり…きっとやなせさんが書いていたんじゃないかなと思います」
中園氏の脚本には、やなせさんの詩が散りばめられている。
「『アンパンマン』のやなせさんとして69歳でブレイクされましたが、その前にも素敵なお仕事をたくさんなさっているので、できるだけやなせたかしワールドをみんなに知っていただきたいなと。繰り返し読んで覚えている言葉がたくさんあるので、自然に出てきますね」
屋村草吉(阿部サダヲ)が嵩(幼少期/木村優来)に言ったセリフ「たった一人で生まれてきて、たった一人で死んでいく。人間ってそういうもんだ。人間なんておかしいなぁ」は、「人間なんてさみしいね」という詩の一節を用いたもの。
「私は父を亡くしたときにその詩を読んで、深い悲しみから救われたんです。索漠とした詩ですが、逆にすごく救われた。狙って使おうと思ったわけではありませんが、書き始めたら降りてきた感じです。やなせさんは絵本もたくさん描かれていて、そういうエピソードも忍ばせているので、やなせさんファンが増えるといいなと思いますし、見つけてくださったらうれしいなと思って書いています」
実際に高知まで足を運び、やなせさんの故郷や育った町を取材。さらに、長年やなせさんの秘書を務めた越尾正子さんにも話を聞き、自宅兼アトリエであったマンションにも足を踏み入れたそうで、「引き出しも開けてくださったので、やなせさんこんな派手なパンツはいていたんだというところまで取材させていただきました(笑)」と明かす。
また、マンションの前でNHKのスタッフと待ち合わせをしたときに、「私、ここに手紙を送っていたんだ」と不思議な気持ちになったという。