東日本大震災から14年。未曾有の災害を経験した宮城県仙台市の荒浜・深沼地区でも、少しずつ復興事業が進んでいる。「未来に向けて、どのように賑わいを取り戻していけば良いだろうか―――」。NTT東日本の協力を得つつ、試行錯誤を繰り返しながら次世代に向けたまちづくりに挑んでいる仙台ゆかりの不動産企業の取り組みについて、現地で取材した。

  • 宮城県仙台市の荒浜・深沼地区における、今野不動産×NTT東日本の取り組みとは?

人々の集う場所を目指して

話を聞いたのは、古くから深沼地区の人々と交流を温めてきた今野不動産。マイナビニュースでは昨年(2024年)2月にも関係者にインタビューを試みている。そこで本稿では、この1年間の進捗状況を中心にお伝えしていく。

  • クラブハウス(総合棟)は2023年10月に開園した

  • 建物内のコワーキングスペースも綺麗に整備された

今野不動産ではこの数年間、地域に人々のにぎわいを取り戻すべく「深沼うみのひろばプロジェクト」に注力してきた。施設は2023年10月にグランドオープン、2024年8月にはカフェをオープン、そして今回2025年3月31日に遊具の利用とデジタルマップの提供を開始した。小さな子ども、障がい者、高齢者を含めた多様な人々が集う"インクルーシブパーク"にしていきたい考えだ。

  • (レジを務めるのは今野不動産の近藤祐幸氏)カフェも本格的に営業をスタート

  • くつろぎのスペースは施設利用者の憩いの場になる

  • 広場にはインクルーシブ遊具が設置された

深沼うみのひろばの向かいには、津波にさらわれた住居の跡が「震災遺構」として保存されている。これを念頭に置きつつ、今野不動産の本田勝祥氏は「このエリアについては、元住民の方々とも様々な話し合いの場を持ってきました。震災遺構だけを残して、普段は人が寄り付かないような、そんな場所にしておくのが果たして良いことなのか。私たちは、そうは思わないんです。過去の辛い震災の記憶を忘れずに心の中にとどめておきながら、次の世代につなげる、そんな場所にしていけたら良いんじゃないか。これまで深沼うみのひろばのプロジェクトは、そんな思いで進めてきました」と語る。

  • 今野不動産 執行役員 経営戦略室長の本田勝祥氏

  • 深沼うみのひろばのホームページから。「かつて、この地区にあった穏やかな光景と賑わいを。」というメッセージに同社の思いが込められている

産学連携のきっかけ

新たにオンライン上には、深沼うみのひろばのデジタルマップ(Matterport: マーターポート)を整備した。ディスプレイを覗けば、そこに広がるのは没入感のあるデジタルツインの世界。閲覧者は、深沼うみのひろばと周辺エリアを自由に疑似散歩できる趣向だ。建物の中に入る、2階に上がる、といったニーズにも対応しており、本田氏は「これなら現地に足を運べない人にも、地域のにぎわいを届けることができます」と期待を寄せる。

  • Matterportの利用イメージ。ArchiTwin(アーキツイン)により、深沼うみのひろばの空間が3Dで表現される

デジタルマップを手がけたのはNTTグループ傘下のNTT-MEと、仙台市内の学校に通う学生たち。プロジェクトは、以下のような経緯で進められたという。

NTT東日本では、これまで常盤木学園高等学校、および東北福祉大学にDXの授業を展開してきた。一方で常盤木学園高等学校と東北福祉大学は2023年4月に「包括連携協定」を締結しており"高大連携"で地域活性化の取り組みに注力している最中だった。このタイミングでNTT東日本では今野不動産に声をかけ、深沼うみのひろばでMatterportを使ったデジタルマップを共同作成してはどうか、と提案。2024年4月頃から1年の月日をかけて完成にこぎつけた。

学生たちの指導にあたったのは、NTT東日本の森優香氏。「デジタルマップには、写真、動画、テキストを貼り付けることができます。どんなコンテンツを用意したら土地の魅力を伝えられるか、学生の発想を喚起しながら授業を進めました」と話す。

  • NTT東日本 宮城エリア統括部の森優香氏

「東北福祉大と常盤⽊学園の教室を借りて、いくつかの班に分けてブレストを⾏ってきました。テーブルごとにテーマを与えて、たとえばある班の学生たちには『昔からこの地域に住んでいた元住民の人たちにメッセージを伝えるにはどうしたら良いか』なんてテーマを設定して、皆んなのアイデアを募りました。コンテンツの制作にあたっては仙台市の都市整備局にも協力いただき、かつてこの地域にはどれだけの人が住んでいて、震災でどんな被害があり、住民の人たちはどこに避難したのか、そんな細かいところもレクチャーいただきました」。

  • NTT-MEが講師となり、学生にDX・XRの授業を実施した

いまの高校生にとって「東日本大震災」は、まだ物心のつく前の話。教科書で学んだ知識しかなかった、という学生も多い。そこでデジタルマップを作るにあたり、学生たちにもこの地に実際に足を運んでもらい、色んなことを肌で感じ取ってもらった、と森氏。

デジタルマップを整備した意義について、今野不動産の本田氏は次のように話す。「この地域全体を盛り上げる方法について考えたとき、オンライン上にもプラットフォームが必要だと気付いたんです。住民の人たち、周辺事業者の人たちに協力を呼びかける際に、まずはスマートフォンやPCで、このエリアの状況などを知ってもらえるコンテンツが欲しかった。NTT東日本の協力により、Matterportでその土台を作ることができました。デジタルツインの世界を見てもらえば、私たちのやりたいことが伝わりやすい。3Dの世界を歩いていると『何か楽しいことができそう』『これなら私にも何か協力できるのでは』と、前向きに思ってもらえるでしょう」。

今後の展開は?

この1年間、親子で楽しめる様々なイベントを積極的に展開してきた深沼うみのひろば。お客様対応の多い今野不動産の岡崎まな氏は「たとえば、カラフルアドベンチャーというイベントを開催したときには200組ほどのファミリーが遊びに来てくれました。フェイスペイントしたり、シャボン玉を飛ばしたり、焚き火コーナーで焼きマシュマロを食べたり......。ステージをライトアップして行った夜のダンスショーも好評でした」と振り返る。直近では4月19日にもイベントを開催する予定だという。

  • 今野不動産 資産運用課の岡崎まな氏

  • 過去のイベントの様子は、Instagramの公式アカウント(@fukanumauminohiroba)でも確認できる

  • イベントで子どもたちが作成したフラッグガーランドは総合棟にも飾られていた

またNTT東日本 宮城支店 BI部の亀谷到氏は「東部沿岸エリアは、仙台市の脱炭素先行地域に選ばれています。そこでNTT東日本から今野不動産さんに、太陽光パネルの導入も呼びかけました」と紹介する。

  • NTT東日本 宮城支店 BI部 まちづくりコーディネート担当の亀谷到氏

その働きかけがあり、総合棟の屋根の上には2025年1月より24枚の太陽光パネルが稼働を始めた。年間の発電量は約1万8,000kWh〜1万9,000kWh程度になる見込みだという。「年間で削減できるCO2の量は約10tほど。これは4人暮らし一般家庭の1日平均使用量(約11kWh)換算で約1,600日分=約4年分に発生するCO2を1年で削減できている計算になります。こうしたデータを来場者に分かりやすく提示することで、再生エネルギーを紹介するコーナーも作れそうです」。

  • 屋根に太陽光パネル24枚を設置した

今後、海側(東エリア)には小規模施設園芸の整備も検討している。本田氏は「ICTを活用した、市民に開かれた農園にできれば良いですね。生育状況を映像配信しても面白いと思います。いまNTT東日本といろいろな相談を重ねています」と明かす。これに亀谷氏も「現時点では水耕栽培をメインにして、センサー技術を使って手間をかけずに収穫体験できるビニールハウスのようなものをイメージしています。太陽光パネルと施設園芸を絡めて、次世代農業の学びの場として展開するのも良いアイデアですね」と応じる。

  • 都市型農園で収穫した野菜を、総合棟の隣りに完成した多目的棟で調理する案もある

NTT東日本のサポートがあり「ようやく仕掛けが完成した」「人々のにぎわいを作る準備ができた」と本田氏。「これまでこちらの被災地では、人々は震災遺構を目の当たりにした後、そのまま仙台市内まで帰っていました。今後は荒浜・深沼地区全体で、エリアのにぎわいを取り戻すことができればと考えています。そのきっかけを今野不動産が作れれば。近所には、まだ未開発の土地もたくさんあります。これからもNTT東日本と相談しながら取り組みを充実していければと思います」。

  • NTT東日本の協力に感謝する本田氏

最後に、あらためて聞いた。今後、NTT東日本に期待することは? これに対し、本田氏は「このプロジェクトを通じて、実はNTT東日本のイメージがガラリと変わったんです」と苦笑いする。「それまではNTT東日本=通信ネットワークの会社、という認識しかありませんでした。私たちは不動産業を営んでいるので、余計にそんな側面しか見えていなかったのでしょう。でも本プロジェクトを通じて、地域貢献という同じ目標に向かって歩調を合わせてサポートしてくれるパートナーなんだ、ということを強く感じるようになりました。NTT東日本には先進のIT技術がいくつもありますが、それらをアレンジして私たちに提案してくれる。たとえば『こんな使い方をすれば地域を盛り上げられるよね』というように、様々なアイデアを出してもらっています。直近では、産学連携の機会もつくってもらいました」。最後は「この地区を未来に向けて魅力ある場所にしていくため、これからも協力をお願いします」と笑顔で話した。