はしがき

トップ棋士に現在の将棋界とその中での戦い方を語ってもらう本コーナー。第11回は糸谷哲郎八段に登場いただいた。独特の将棋で長年トップで活躍しながら、イベントへの参加など普及にも熱心でファンに愛されている棋士だ。
直近のタイトル戦からスイーツの話に至るまでたっぷり語っていただいた。

  • 今回の主役、糸谷哲郎八段

    今回の主役、糸谷哲郎八段

【インタビュー日時】2024年10月18日
【扉写真】第44回将棋日本シリーズJTプロ公式戦【写真】日本将棋連盟
【記】島田修二

※本文中の段位は将棋世界本誌掲載当時のもの

藤井聡太竜王・名人の力

―本日はよろしくお願いします。

「よろしくお願いします」

―まずはタイトル戦のお話をうかがっていきたいと思います。少し前になりますが、棋聖戦は独特の棋風の山崎隆之八段が挑戦し、糸谷八段が毎回対局場に現れたことも話題になりました。結果は3―0のストレートで藤井棋聖の防衛ということになりましたが、いかがでしたか?

「藤井棋聖の力が示されたシリーズになりました。山崎八段も工夫をして挑まれていましたが、形勢が山崎八段のほうに傾いたことは、ほぼなかったと思います。藤井棋聖は初見の将棋が多かったと思いますが、その中でもうまく対応されていたのはさすがでした」

―叡王戦で失冠された辺りでは藤井竜王・名人がやや調子を崩しているようにも見えました。

「よくはわからないですけど、人間だれしも歯車が噛み合わなくなることはあります。ただこれまではそういうブレすら見たことがなかったので、伊藤叡王がタイトルを奪取して、ほかの棋士もまだ戦えるんだと思うことはできました」

―続いては王座戦について。全局角換わりで3-0で藤井王座の防衛となりました。こちらはいかがでしたか?

「前期もそうだったんですが、永瀬九段が藤井王座にどう挑むかについて、すごく苦心されているように見えました。シリーズ全体を通して、藤井王座の中終盤の力がタイトル防衛の大きな要因になったと思います。前期と同様に、永瀬九段のほうが序中盤でリードすることが多く、有利な状態で最終盤までいくこともありました。でも最後の最後でひっくり返されてしまう。一度そういう経験をすると目に焼き付いてしまうので、そういう影響もあるんじゃないかと思います。考えすぎてしまうというか」

―前の対局が影響するんですね。

「終盤が強い相手だと認識すれば、必然的により警戒することになるので」

―相手への信頼というか。

「そうですね。信頼があるということだと思います。でもこれは永瀬九段に限ったことではないです。藤井王座を信頼していない棋士はいませんから」

―第3局は劇的な逆転でした。

「△9六香と打たれた場面では▲9七歩が最も自然な手です。▲9七桂も見えていたと思いますが、一分将棋を続けている中で実際に指すのは難しい。昨年と同じ会場での逆転が取り上げられてしまいがちですが、本当に難しい将棋でしたし、評価値に表れない難しさがあったかと思います」

―藤井聡太竜王・名人について、先日TVの取材に答えて「どこから詰みが見えているかの距離が違う」というお話をされていました。

「そうですね。特に終盤での読みの力というのは非常に大きいです。そういって反論する人はいないでしょう」

―糸谷八段はよく「引退までに藤井さんに1勝したい」とおっしゃっていますが、どんな展開になったら藤井竜王・名人に勝つことができるでしょうか。

「序中盤でリードを奪いたいですね。終盤で勝とうというのは伊藤叡王のような若い人の考え方で、私たちの世代は終盤力がどうしても衰えてくる年代なので、構想力で戦いたいという人が多いんじゃないでしょうか」

―最後に現在進行中の竜王戦について、第1局は藤井竜王の勝利となりましたが、あの将棋はいかがでしたか?

「佐々木八段は初のタイトル戦ということで、封じ手をフルネームで書いたりと工夫されていましたけど(笑)、第1局については藤井竜王の完勝だったんじゃないでしょうか。今後、佐々木八段がどういう作戦を練ってくるのかに注目したいと思います」

―佐々木八段の将棋の印象は?

「勢いがあって、手の伸びがいい将棋です。最近はしっかり長考もされているので、充実しているのだと思います。もっと早くタイトル戦に出ても全然おかしくなかった棋士です」

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