8月8日に宮崎県の日向灘沖で発生した地震に関連して、気象庁は「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表し、1週間の警戒を呼びかけた。この情報を受けて、JR四国、JR西日本、JR東海は一部の特急列車を運休した。さらにJR東海は東海道新幹線の速度規制も実施した。南海トラフ地震の想定範囲が広いためだ。

  • 「宮崎県の地震で東海道新幹線に影響が出る」とは?

トラフは海底の溝状の地形で、海溝より浅く幅が広い。南海トラフは九州東岸沖から東海地域沖にかけて広がり、フィリピン海プレートがユーラシアプレートに潜り込む場所である。フィリピン海プレートが潜り込むとユーラシアプレートもつられて引きずり込まれるが、引込みの限界点に達するとユーラシアプレートが元に戻ろうとして跳ね上がる。これが「南海トラフ地震」となる。過去にも大地震が発生し、今後も大規模地震につながるとして警戒されている。このプレートの動きは他の地域でも大地震の原因になっている。

8月8日に発生した日向灘沖地震の震源地が、まさに南海トラフ地震の想定地域だった。この地震がきっかけとなって、他の南海トラフ地域へ伝播するかもしれない。あるいは他の地域でもユーラシアプレートの引込みの限界になっているかもしれない。そこで気象庁は「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表し、1週間の警戒を呼びかけた。

  • 南海トラフの範囲(出典 : 気象庁ホームページ「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)について」)

鉄道の影響も広範囲となった。東海道新幹線は三島~三河安城間で最高速度を230km/hに規制。寝台特急「サンライズ瀬戸・出雲」は運休。特急列車はJR東海の「南紀」「伊那路」「ふじかわ」、JR四国の「しまんと」「あしずり」が運休した。JR西日本の特急「くろしお」は新宮・白浜~和歌山間で運休した。

普通列車等について、JR東日本は東海道本線の大磯~熱海間、伊東線の熱海~伊東間、中央本線の大月~茅野間で減速運転を実施。JR四国は牟岐線の由岐~阿波海南間、土讃線の吾桑~土佐久礼間で徐行運転を実施した。JR四国はその他、高知駅周辺の普通列車14本を運休している。

私鉄では、小田急電鉄が本厚木~小田原間で速度規制を実施、伊豆急行も一部区間で減速運転を行った。近畿日本鉄道は特急列車を五十鈴川~賢島間で運休した。

震源地から遠い東海道新幹線が減速する理由

報道によると、日向灘沖地震から1週間以内にマグニチュード8級の地震が起きる確率は0.5%程度で、震源地も確定していないという。気象庁としては、「必ず起きるという意味ではないので、いますぐ避難せよではなく、いま居るところの避難経路などを確認してほしい」という発表だった。地震調査委員会の平田直会長は、「地震予知の情報ではない。あくまで日ごろの備えを再確認するための情報だ」と語っていた。

それにしては、鉄道各社の対応は過剰ではないかと思うかもしれない。

東海道新幹線の場合、「東海道新幹線早期地震警報システム(テラス)」や「沿線地震計」、気象庁の「緊急地震速報」、防災科学技術研究所の「海底地震観測網情報」で一定の深度を検知した場合、ただちに列車を止めるしくみが整っている。

これなら今回も通常運転のままとし、地震が起きたらすぐ止めるという対策で十分な気がする。それなのに、「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」の直後に減速運転を決定した。なぜだろうか。

理由は単純。「あらかじめそのように決めてあるから」だ。

「災害対策基本法」において、内閣総理大臣は国民の生活に必要なインフラ関連企業を「指定公共機関」としている。「指定公共機関」は防災業務計画を作成し、毎年検討し、必要であれば修正しなければならない(39条)。防災業務計画を作成、修正した場合は所管する大臣を経由して内閣総理大臣に報告し、関係都道府県知事に通知し、その要旨を公表しなければならない(39条の2)とある。

鉄道事業者のうち、JRグループ各社は「指定公共機関」になっている。

政府は2002年に「南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」を定め、「災害対策基本法」によって定められた「指定公共機関」は南海トラフ地震に特化した防災業務計画を定めるとしている。そこで、南海トラフ地震に関係する地域のJR各社は、既存の防災業務計画に南海トラフ地震に対応する項目を追加した。

JR東海の「東海旅客鉄道株式会社防災業務計画書(令和3年3月修正)」を見ると、南海トラフ地震臨時情報の発表後の対応として、「旅客列車については、運行停止あるいは徐行等による運行継続とする」「JR貨物列車については、運行停止あるいは徐行等による運行継続とする」と定めている(第3編「南海トラフ地震の対応」の第4章第4節「列車の運転」)。

南海トラフ地震臨時情報が出たから、JR東海は東海道新幹線の徐行等による運行継続を決めた。「あらかじめ決められたことを実行した」ということになる。

JR東日本の防災業務計画では、「臨時情報が発表された際に列車運転を行う場合は、後発地震に対する安全に留意する」とある。JR四国は、「基本的には列車の運転を継続する。ただし、津波により浸水する恐れのある地域においては、状況に応じ、安全に留意した対応を行うこととする」としている。JR西日本とJR九州については、南海トラフ地震の項目はあるものの、臨時情報に対応する列車の運転変更に関する記載はない。JR北海道は南海トラフ地域外のため、追加項目もなかった。

JR貨物は臨時情報の時点で列車の運転について決めていない。JR東海の防災業務計画で貨物列車の項目があったように、線路を保有するJR旅客会社の判断による。

普通列車が運行継続する区間でも、「サンライズ瀬戸・出雲」など特急列車が運休となった理由は明らかになっていない。お盆休みでほぼ満席だったようで、機会損失も大きいはず。とはいえ、地震が発生した場合、長距離移動客にとって滞在場所の確保などリスクが大きいし、鉄道会社側も旅客を目的地や出発地へ送り届けるか否かを保証できず、中途半端なところで止まったままになるとダイヤ復旧の妨げになりかねない。したがって、「近距離移動は維持するが、長距離移動はご遠慮願いたい」といったところだろう。

「指定公共機関」に指定されていない鉄道事業者も、独自に防災計画を作成している。各都道府県の防災計画に組み込まれ、対応を求められているからである。

JR東海が三島~三河安城間を「最高速度230km/h」とした理由

今回、JR東海は東海道新幹線について、三島~三河安城間の最高速度を285km/hから230km/hにすると決めた。JR東海の防災業務計画書は「減速する」とあるだけで、具体的な制限速度を定めていない。なぜ「230km/h」になったか。

JR東海に聞いたところ、「停止までの時間が短くなり、万が一の場合の被害も軽減されると想定しています。当社の基本的な考え、当社の地震に対する備え、国のガイドラインを総合的に勘案しています」とのことだった。速度を決めたのではなく、非常ブレーキで安全に停止するための最短距離を決め、そこから最高速度を逆算したようだ。

筆者の友人が警戒期間中に上り「のぞみ」に乗ったところ、「それほど速度が低くなったような気がしなかった。新横浜到着は5分遅れ程度だった」という。同じ印象を持った人もいただろうし、逆に「10分以上遅れそうになって焦った」という人もいたかもしれない。その理由を考察すると、「もともと最高速度285km/hの区間は短い」と「適切な回復運転」の2点が考えられる。

  • 「のぞみ」の運転速度をグラフに示す。最高速度に達する区間は短い

2023年5月、浜松~静岡間で実施された自動運転試験の報道公開で配布された資料に、東海道新幹線における「のぞみ」の運転速度がグラフで示されていた。すべての「のぞみ」がこれと同じ運転ではなく、時間帯や前後の列車の関係などで異なるという。図に示された2カ所の徐行区間は説明のための参考で、線路の状況や大雨があると、このようにグラフが変わるとのことだった。

この図の徐行区間を最高速度230km/hとすると、警戒期間中、三島~三河安城間でグラフはほぼ直線になっていたのではないか。

  • 警戒期間中の「のぞみ」の運転速度グラフはこのようになっていたと思われる

もともと三島~三河安城間の速度は一定ではない。最高速度285km/hを出せる区間は短く、平均速度は250km/hあたり。ここを230km/hで走った場合、平均速度も230km/hとなる。この差を距離に当てはめると、「10分程度の遅れ」という数字が導き出せる。

遅れを取り戻すため、新横浜~三島間、三河安城~名古屋間で回復運転を実施する。N700A以降の東海道新幹線の車両に「定速走行装置」が搭載されており、回復運転の精度を高めている。筆者の友人が乗った上り「のぞみ」は、回復運転が功を奏して「5分遅れ」まで回復できたといえそうだ。

南海トラフ地震臨時情報は8月15日17時で解除され、規制も終了し、正常運転に戻った。その直後に台風7号の計画運休もあったが、これも各社の防災業務計画の取り決めによるものだ。今後も南海トラフ地震臨時情報が出た場合は、鉄道各社が同様の措置を取ることになる。国民の安全に配慮して「そうするように決めたから」である。