JR東海が東海道新幹線で自動運転試験を行い、その様子を報道公開した。運転士が発車ボタンを押すと加速し、停止まで自動で運転する。すでに地下鉄等で実用化されているATO(自動列車運転装置)とほぼ同じだが、途中で徐行区間があっても臨機応変に対応し、ベテラン運転士のように回復運転を行い、定時に到着する。長距離高速路線ならではのシステムだった。

  • 東海道新幹線で自動運転試験を実施。N700S確認試験車(J0編成)が使用された(JR東海提供)

報道公開は5月10日深夜から5月11日未明にかけて実施。試験列車は浜松駅から静岡駅まで往復し、報道関係者らが同乗した。車両はN700S確認試験車(J0編成)を使用。走行中の運転室には入れないため、客室内に運転室を映すモニターと、運転曲線を示すモニターが設置された。

自動運転の手順はシンプルで、運転士は現在時刻と信号の速度指示、戸閉め(乗降ドア閉鎖完了)、発車時刻の確認を行い、ブレーキを緩解(完全に緩める)。続いてATOのスイッチを押す。これで列車が走り始める。あとは決められた運転パターンをなぞるように加速、惰行、減速する。運転士はブレーキハンドルを緩解状態で握ったまま。停車駅に近づき、速度が30km/hまで下がった時点で、運転士が確認ボタンを押す。列車は所定の停止位置まで減速し、停車する。

  • 自動運転の発車場面。運転士が右手で自動運転ボタンを押す(JR東海提供)

  • 通過駅の定時確認を実施。運転士は走行中もブレーキハンドルを握ったまま(JR東海提供)

  • 停止位置計測。ホーム上に置いた金属定規の先端と車体のボルトの位置の誤差を調べる。今回は0.9mm(筆者撮影)

往路は静岡駅に2秒の早着となった。停止位置は所定の位置より9mmプラス。誤差といえる範囲であり、かなりの正確さに驚いた。ただし、停止位置は前後50cmの範囲で合格とのことで、JR東海の担当者も「うまくいきすぎました。いつもこうだと思わないでください」と苦笑いするほどだった。復路は2秒延着で、停止位置は12cmマイナスだった。

■東海道新幹線の自動運転は「GoA2」をめざす

東海道新幹線で導入予定の自動運転は、国土交通省の分類で「GoA2」(半自動運転)に該当する。「GoA」は「Grade of Automation」(自動運転の段階)の略。鉄軌道における自動運転というと、ゆりかもめやポートライナーのような無人運転を連想しがちだが、国土交通省は自動化レベルを「0」「1」「2」「2.5」「3」「4」の6段階で定めている。

「GoA0」は路面電車のような自動化ゼロの形態。「GoA1」はATC(自動列車停止装置)を備える。「GoA2」はATO(自動列車運転装置)を備え、発車と緊急停止のために運転士が乗務する。「GoA2.5」はATOを備え、運転士はいないが、非常ブレーキを担当する乗務員がいる。「GoA3」は緊急停止処理も自動化され、避難誘導用の係員がいる。ディズニーリゾートラインがこの形態で運転される。「GoA4」は完全無人運転。ゆりかもめなど新交通システムで採用された形態である。

  • 国土交通省の自動化レベル(国土交通省「鉄道における自動運転技術検討会のとりまとめ」より)

東海道新幹線もいずれ完全自動運転になるかもしれない。しかし、まずめざすところは「GoA2」であり、安全を担保するために運転士が運行状況を見守る。「GoA2」は地下鉄等でも採用されているが、東海道新幹線の場合は「長距離」かつ「高速」で走行するため、少し複雑になっている。

短距離路線の場合、基本的には発車後に最高速まで加速し、あとは惰性で走行して、駅の手前でブレーキをかけることが基本になる。『電車でGO!!』で遊んだ人ならわかるだろう。ところが新幹線の場合、「1回の加速、あとは惰性」という運転では、次の駅までたどり着けない。速度が高いほど空気の抵抗を受け、速度が落ちやすいからだ。

だから随時、加速、惰性、加速を繰り返す。そこに上り勾配、下り勾配、曲線など減速の要素が加わる。次の駅まで最速で到着するために、どの区間で加速して、どこまで惰性で、どこで再加速を始めるかというパターンをグラフで表すと、なめらかな曲線になる。これを「運転曲線」という。

■運転曲線を0.1秒ごとに自動変更する

運転士は、発車したら70km/hまで速度を上げ、しばらく定速走行した後、285km/hに加速。あとは惰性で走りつつ、速度が下がってきたら再加速。そのまま定速を保ち、駅に近づくと速度を下げる。速く走れば良いというものではなく、乗り心地やエネルギー効率も加味して速度を決定する。運転士はこの運転曲線をなぞるように運転する。

したがって、「東海道新幹線の最高速度が285km/hになった」といっても、つねに最高速度で走るわけではない。運転曲線を見ると、最高速度まで少し余裕を持たせている。

  • 運行状況からリアルタイムで運転曲線を作成する(JR東海提供)

ATOも運転曲線をなぞるように列車の速度を制御する。「複雑な速度条件などを織り込んだ上で、出発時に運転曲線を作成し、その運転曲線を忠実になぞって速度制御する」ことは、東海道新幹線における自動運転の特徴のひとつになっている。

もうひとつの特徴は、「つねに列車の走行状況や線路状況を把握し、0.1秒ごとに運転曲線を変動させて、随時、新しい運転曲線をなぞって運転する」ことである。たとえば、保線作業や悪天候によって徐行区間が設定された場合、その区間を徐行するだけでは遅延が発生し、定時に到着できない。そこで徐行区間の前後で速度を上げて、定時に到着できる運転曲線を作成する。速度を上げるといっても、もちろん速度信号は守る。

  • グラフの一番上の黄色い線は信号が指定する最高速度、上から2番目のオレンジの線は運転曲線、青い線が実際の運転状況。青い線の垂線の下にある台形は車両の位置。底辺の四角のマークのうち、オレンジはトンネル、ブルーは鉄橋を示す(筆者撮影)

さらに、「走行中に徐行区間が発生した場合も、瞬時に運転曲線を変化させて定時到着をめざす」という機能がある。これも報道公開での試乗中に実演が行われた。前方の区間で急に徐行が示されると、運転曲線が変化し、徐行区間の前後の速度が高めに設定される。すると列車は定速走行から加速に転じた。285km/h近くに達すると、車体は小刻みに揺れる。乗り心地に配慮して、普段は最高速度を出さない区間があるという意味がわかった。徐行区間がある場合は乗り心地より定時運転を優先し、速度を上げるという考え方だ。

  • 前方に徐行区間が設定されたため、運転曲線の速度が高くなった(筆者撮影)

徐行区間がある場合は、普段通りの運転ではなく、全体的に高めの速度で走る。徐行区間を通過した後で再加速して、駅に近づいたときはブレーキのかけ始めを遅く、ブレーキを強めにして制動時間を短くし、定時に到着する。突発的な徐行区間がある場合は、察知した瞬間から速度を上げ、徐行区間にさしかかる時刻を繰り上げる。徐行区間を通過した後は通常の運転に戻る。

こうした運転は、運転士がつねに実行している走り方であり、経験豊富な運転士ほど加速のタイミングと速度をきちんと見分けられる。東海道新幹線の自動運転は、ベテランの運転士と同じ走り方、考え方を再現するシステムといえる。

自動運転試験の報道公開において、試乗した列車は往復とも安定走行した。徐行区間対策の加速も「少し揺れたな」と思う程度で、普段の東海道新幹線でも経験するレベル。安心して乗っていられた。「じつはもう実用化していたんですよ」と言われても信じてしまいそうだ。むしろ明日にでも実用化すればいいのに、と思ってしまうが、営業列車への導入は2028年頃から。自動運転対応版のN700S、あるいはその後継車両を投入していくという。全列車の対応は数年かかると思われる。

JR東海はさらに走行試験を重ね、同時進行で地上側の設備も整える。自動運転対応装置を搭載した車両の導入が2028年頃で、それから順次、自動運転に対応する編成を増やしていく。また、今後10年程度の期間をめどに、可動式ホーム柵を全駅で整備していく。その後、ドア開閉業務を車掌から運転士に移管する。車掌は車両の操作から解放され、乗客のサポート業務を増やすという。

実用化された場合、「この列車は自動運転です」とわざわざアナウンスしないかもしれない。乗客にとって、運転士の操作か自動運転か、それは大きな問題ではない。ただ、自動運転対応車両には、「GoA2」を図案化したかっこいいステッカーをさりげなく貼ってほしい。「未来の新幹線」に乗っていると誇らしく思えるだろうから。