JR東日本は中央快速線グリーン車の折返し作業訓練を報道公開した。新聞各社が報じている。2015年の計画発表から、2024年度末以降に予定されるサービス開始まで約10年かかり、いよいよ準備の最終段階となった。グリーン車の連結によって中央快速線は「中距離列車」の役割を得る。ひとつの節目を迎えることになるだろう。

  • 中央快速線にグリーン車が登場。試運転も始まっている

報道によると、平日朝ラッシュ時における中央快速線の折返し時間は2分程度だという。このうち清掃で使える時間は1分ほど。現在の時刻表を確認すると、東京駅で折り返す回数は7時台に17回、8時台に26回、9時台に20回となっている。1日だと計284回。他に特急列車が12本ある。大勢の担当者がシフトを組み、業務にあたるのだろう。

ちなみに、東北新幹線などの列車が東京駅で行う清掃時間は約7分。座席定員は普通車で1両あたり53~98人。客室内の座席は1人で担当し、床、座面、背面テーブル、座席回転などを行う。トイレなど水回りは専任が付く。

これに対し、中央快速線グリーン車の清掃時間約1分は短い。2階建てグリーン車2両のうち、サロE233形の座席数は86人、サロE232形の座席数は94人。上下階で客室に1人ずつ。両端の平屋席は上下階の担当で片側ずつ分け合うことになるだろう。トイレは普通車側に増設されるから、水回り担当が1人。つまり1列車あたり5~6人といったところか。

  • 中央快速線グリーン車の乗降口は両開き2枚扉に(2023年12月のイベント取材時に撮影)

東海道線などで導入されたグリーン車の乗降口は伝統的に片開き1枚扉だった。一方、中央快速線グリーン車の乗降扉は両開き2枚扉となっている。間口が広くなった分、平屋部の座席数が減っている。両開き2枚扉は混雑区間の乗降をスムーズにするための配慮だが、折返し駅の作業時間を確保するためにも必要だったとわかる。

それにしても1分は短い。ゴミを拾い、濡れた床を掃くぐらいしかできないのではないか。テーブルを拭こうと思えば上下階それぞれ3~4人は必要になるはず。しかし報道公開の様子を見ると、作業員1人の写真しかない。東京駅では簡易な清掃にとどめ、郊外側の折返し駅で入念に清掃することも考えられる。

テレビニュースは見つけられなかった。報道公開は5月8日未明とのことで、5月9日昼頃までのNHKニュースを探したが、登場しなかった。動画チームの取材はなかったのか。もっとも、5月9日のニュースは北海道新幹線の2030年度開業延期や、JR東日本の「みどりの窓口」削減凍結、「JRE BANK」などが報じられており、中央快速線グリーン車は報道優先度が低かったかもしれない。

新幹線の折返し清掃のスピードは世界的に知られているそうで、中央快速線は新たな伝説を作るかもしれない。非常に興味深いが、こればかりはサービスを開始してから確認するしかない。乗車が楽しみになってきた。

車内整備を担当する「JR東日本環境アクセス」の公式サイトを見ると、5月16日から「JRの折り返し列車の清掃業務 / 中央線グリーン車導入に伴う新規スタッフ募集! / 男性活躍中! / 未経験歓迎」と採用情報が掲載されている。採用拠点は立川駅、八王子駅、大月駅。時給は980~1,323円。シフト勤務で拘束時間は約8時間から約1日の仮眠ありまでさまざま。「シニア世代・シルバー人材活躍中」とあり、鉄道好きおじさんの筆者はちょっと胸がときめいている。

JR東日本の普通列車グリーン車は「グリーンアテンダント」が乗務する。こちらの担当は「J-Creation」こと「東日本サービスクリエイション」。公式サイトを見ると、業務内容は「車内改札とグリーン券の発売」「飲み物やお菓子などの車内販売」「お客さまへの案内業務」となっている。在来線グリーン車のアテンダント業務は正社員を募集しており、新卒・既卒ともに応募フォームが用意されていた。アルバイト募集は新幹線と在来線特急列車となっている。2024年問題、人手不足が課題になっている中で、人材確保も大変だと思う。

  • 中央快速線に導入されるグリーン車の平屋席(2023年12月のイベント取材時に撮影)

中央快速線のグリーン車導入は、いままでハード面の改良が話題になっていた。中央快速線にグリーン車を導入するとして、10両編成のうち2両をグリーン車に置き換える選択はできない。混雑率の高い中央快速線で普通車を2両減らすことになり、残り8両の混雑が増すおそれがある。

10両の普通車を維持するために、グリーン車2両を追加して12両編成にすれば良いのだが、コストと時間がかかる。他の路線はもともと長編成だった中距離列車を対象としていた。ホームも長い。しかし、中央快速線のホームは10両対応だったから、まずは44の停車駅でホーム延伸が必要になった。あわせて分岐器の移設も必要になる。信号系統、標識など広範囲で改良工事を実施している。

一方、運用面の検証、訓練も始まった。スタッフの確保は最後の仕上げと言っていいだろう。

中央快速線が「電車」から「列車」になる!?

JR東日本の通勤路線は、都心部の山手線から東海道線、中央線、総武線、宇都宮線(東北本線)・高崎線、常磐線が放射状に延びている。これら5方面のうち、中央線だけグリーン車がなかった。その理由を振り返ってみよう。

鉄道開業時の客車は上等・中等・下等の三等級制だった。後に一等・二等・三等に改められた。当時の一等車は展望車など特別な車両。二等車は普通列車に連結され、京浜東北線や、中央快速線の前身となる急行電車にも1両の半分だけ二等車が連結された。

この二等車は戦時中に廃止され、戦後に復活したが、1957(昭和32)年に再び廃止されている。好景気を背景に通勤混雑が問題となり、二等車を連結する場合ではなくなった。普通列車の二等車は東海道線と横須賀線のみ残った。この2路線は沿線に別荘地があり、とくに横須賀線は軍港もあったため、二等車の需要が残っていた。

1960(昭和35)年に一等車が廃止されると、それまでの二等車が一等車に、三等車が二等車に繰り上がった。1969(昭和44)年に等級制運賃が廃止され、乗車券に統一される。このとき、一等車はグリーン車に名前を変え、乗車券の他にグリーン券が必要になった。

首都圏の普通列車グリーン車拡大の動きは1980(昭和55)年、総武快速線と横須賀線の直通運転から始まる。当時の国鉄は東京の通勤輸送を増強するため、「通勤五方面作戦」を実行していた。この中に「総武本線の複々線化」と「東海道本線と横須賀線の分離・増発」があった。

総武本線は錦糸町~津田沼間で快速線を増やし、東京駅地下ホームから錦糸町駅まで新線を建設する。東海道線と横須賀線が東京~大船間で同じ線路を走っていたため、横須賀線を貨物線経由として分離させた上で東京駅の地下駅に到達させる。これで総武快速線と横須賀線の直通運転が可能になった。横須賀線のグリーン車付きの車両が乗り入れるから、総武快速線にもグリーン車が付いた。

宇都宮線(東北本線)・高崎線は、湘南新宿ライン増発をきっかけに2004(平成16)年からグリーン車を連結するようになった。湘南新宿ラインは2001(平成13)年から運行開始していたが、当初の運行本数は1日25往復と少なく、後に38往復となった。このときまで宇都宮線・高崎線用の車両を使っていた。2004年に池袋駅の線路改良が実施され、1日あたり64往復とし、全列車がグリーン車付きのE231系になった。

車両統一をきっかけにグリーン車拡大も始まったが、予想以上に利用者が多かった。総武快速線は成田空港方面の需要もあったし、湘南新宿ラインは都心に始発駅がないため着席できないという事情もあった。有料でも確実に着席できる需要が見出され、2007(平成19)年に常磐線の中距離列車にも導入された。

ここでいう「中距離列車」とは、都心部で各駅停車として運行される「電車」に対し、停車駅が少なく、もう少し遠くへ行く「列車」を指す。常磐線は都心から取手駅までの各駅停車と快速に対して、取手駅より先の土浦・水戸方面に向かう列車が「中距離電車」「中電」と呼ばれ、「中距離列車」の役割を持っていた。その他、京浜東北線に対する東海道線・上野東京ライン・宇都宮線(東北本線)、総武線各駅停車に対する総武線快速も「中距離列車」といえる。

最後に中央線が残った。中央線は各駅停車に対する「列車」がなく、中央快速線でさえ「電車」の扱いである。中央本線の普通列車(大月・甲府方面)は、中央快速線の増発と引換えに都心乗入れをやめてしまい、高尾駅や八王子駅などで中央快速線から乗り継げるダイヤになった。

中央快速線を「列車」化する動きもある。中央快速線は高尾駅までだが、実際には高尾駅より先の大月駅、さらには富士急行線の河口湖駅まで乗入れが拡大している。今後、中央快速線は大月行を増やしていくだろう。大月駅は都心直通の終点として、宇都宮線(東北本線)の宇都宮駅、高崎線の高崎駅、東海道線の熱海駅のような存在になるかもしれない。それは東京通勤圏の拡大ともいえる。

かつて「電車はロングシート」「列車はクロスシート」の認識があったが、現在は東海道線や総武快速線、宇都宮線・高崎線、常磐線の「列車」もロングシート化が進み、「クロスシートに乗りたければグリーン車に乗る」の認識が醸成されている。中央線では、土休日を中心に富士山や青梅・奥多摩への観光需要もあるだけに、中央快速線グリーン車の需要は高まっていくだろう。