火を使わなくても焼畑!? 焼畑とは輪作体系の一つ

焼畑について、名前こそ有名であるものの、具体的に知っている人は少ない。焼畑とは、単に火を使った農法を指すわけではない。長い休耕期間を含めた輪作体系が焼畑だ。

焼畑とは「栽培期間よりも休耕期間の方が長い農法を指す」と話すのは、JICA(国際協力機構)の生駒忠大(いこま・ただひろ)さん。つまり極論すれば、火を全く使わなくても定義上は焼畑と呼びうるなど、いわゆる「野焼き」とは全く違う農業実践だ。焼畑農業は英語で「shifting cultivation」、直訳すれば「移動耕作」と表現することもあると言えば、理解しやすいだろうか。

焼畑の肝は、長い休耕期間を設けて土地が持つ回復力を利用することにある。労力が最も掛かるのは、伸び切った草木を伐採し、それを燃やして土地を整える作業。焼畑には害虫駆除の効果もあることから、農薬散布をしなくても作物がすくすく育つ土壌が出来上がる。しかし、苦労をして整えたその土地も、1~数年使ったあとは放置してしまうのが伝統的なやり方だ。

数年間土地を放っておけば、元の環境に戻ろうとする力が働く。さらに開墾前にあった自然環境よりも豊かな多様性が実現するという報告もある。草木が生い茂るのは想像に難くないだろう。数年間の放置を経て、焼畑を再び行うことで豊かな土地での農業が可能となる。こうした要領でローテーションを回していくのが焼畑農業であり、輪作体系に組み込まれた農法として捉えられるゆえんでもある。

休耕期間に伸びた草木を切って燃やしたあと、いろいろな作物を育てている(画像提供:生駒忠大)

滅びつつある焼畑農業

かつて、焼畑は世界各地で行われていた。日本でも、縄文時代から行われてきた伝統的な農法だ。今日においても少ないながらも焼畑は行われている。世界農業遺産にも認定されている宮崎県の椎葉村はその一例である。

しかし世界的に見て、焼畑は徐々に消えつつあると生駒さんは言う。アジアやアフリカを見渡しても、焼畑農業が行われている地域は決して多くはない。焼畑は潤沢な土地を前提とした粗放的な農法で、収量の増加や作業効率の向上をめざすものではない。土地を効率的に使う現代的な農業とは全く別次元のものだ。

そのほか、焼畑が減少しつつある理由の一つに、環境問題への懸念も挙げられる。これまで、焼畑は環境破壊につながる行為だから規制すべきだという意見は学術界でもたくさんあった。そうした知見を踏まえて、国際機関の成果物やマスメディアの報道も、焼畑を否定的に取り扱ってきた。焼畑が世界的に見られなくなってきているのは、こうした背景もあるようだ。

一方で、現代においても焼畑農業を積極的に選択している地域もある。生駒さんがフィールドワークを行ったブータン南東部にある農村はそうした地域の一つだ。その地域には私たちがイメージするような整地された畑である「常畑(じょうばた)」もあるのだが、住民たちは常畑より焼畑で耕作することが多いという。「農作物の育ちが良いことから焼畑を積極的に選択している様子」(生駒さん)というのだから、非常に興味深い。同国で盛んに食べられているトウガラシの栽培も、他の地域と違って常畑ではなく焼畑での栽培が選択されるケースもあるとのことだ。

「幸せの国」ブータンの焼畑農業

生駒さん。博士課程在籍中、ブータンにてフィールドワークを行っていた

前述したように、ブータンでは焼畑が今日でも行われている。ブータンの農業事情に詳しい生駒さんにその背景を聞いた。

ブータンは「幸せの国」として有名だ。国民総幸福量(GNH)の増大を基本方針とする同国。GNHには4つの柱が定められており、その一つに環境保全がある。たとえば同国憲法では、国土の60%を森林にすることが定められている。農業の文脈でいえば、有機農業が推奨されているそうだ。実際に、生駒さんが調査を行ったサムドゥップジョンカル県では「化学肥料や農薬はほとんど使われていない」という。焼畑は通常、化学肥料や農薬を用いることはなく、その意味でブータンの政策・社会と親和性は高いのかもしれない(※)。

※ ブータンは政府として焼畑を積極的に推し進めているわけではない。ブータンの小中学校では今でも焼畑は望ましくない農業実践として教えられるなど、現時点では政府はどちらかというと否定的な立場を取っている様子だ。

現地の農家が生駒さんに焼畑の説明を行った際の様子。焼畑が行われているのはこのように急峻(きゅうしゅん)な斜面だ(画像提供:生駒忠大)

ブータンで行われている焼畑について詳しく見ていきたい。同地域の焼畑は、おおよそ6年周期でローテーションを回すとのこと。休耕期間を長く取れば取るほど豊かな植生になるものの、生駒さんによると「ブータンの場合には木が大きく育ちすぎると、法律的な問題で伐採できなくなってしまう」そうだ。先祖代々培われてきた農家の知恵に加えて、現代的な法規制も鑑みてローテーションの期間が決められている。

焼畑の作業は冬に始まる。12月から2月の時期に草木を伐採して、火入れを行うのは2月ごろ。3月には全ての作物のタネを直まきする。比較的早い時期から作業を始めなければならないものの、そのあとは収穫まで何もしなくても作物が勝手に育っていくのも焼畑の特徴だ。

畑にはいろいろな作物が混植されているため、収穫期はバラバラ。成長の早い葉物野菜であれば、5月くらいには取れはじめる。収穫して空いた地面には別の作物を移植するなどして、11月くらいまでは何らかの収穫期が続くそうだ。「気になったら1、2回草取りをすることはあるようです。しかし、基本は放置で構わない」と生駒さんは言う。農業シーズンを終えて次の冬が来たら、別の土地に移っていく。その土地に数年後再び戻ってくるという形だ。

生駒さんが調査を行ったサムドゥップジョンカル県の焼畑で主に育てられているのはトウガラシだ。トウガラシはブータンの食生活に欠かせない主菜で、ブータンの人々は毎日のように食べる。焼畑で作られたトウガラシは自家消費するほか、「マーケットで販売することで現金収入の手段としても用いることもある」と生駒さん。トウガラシ以外にも、トウモロコシ、シコクビエ、タバコなど十数種類の作物も少量ずつ育てられている。そうした作物を同じ畑で同時に栽培していくのも、ブータンの焼畑の興味深い点だと言えよう。

ブータンで毎日のように食べられるトウガラシを使った料理(画像提供:生駒忠大)

焼畑を再評価する動き

焼畑という農業実践が批判の的となってきたことは前述のとおりだ。マスメディアの報道などで、森林に火が放たれて無理な開発が行われている様子を目にした人も多いのではないだろうか。そうした乱開発と焼畑を結びつけて考えて、「焼畑=環境破壊」と見なされてしまうこともある。

しかし、焼畑が環境に悪いというのは誤解に基づく意見であると生駒さんは考えている。「伝統的な焼畑農業は、一部のプランテーション企業が行うような森林を単に燃やす乱開発とは根本的に異なる」と生駒さん。自然界のリズムを念頭に置いた上で焼畑は実践されてきた。輪作を伴い、土地の再生を待つことが前提であるため、焼畑は持続可能な農業実践であると考えてよいだろう。
焼畑と環境破壊を考える際のキーワードが「カーボンニュートラル」だ。焼畑で発生するCO2は、植物が光合成の際に空気中から取り込んだCO2を炭素化合物の形で蓄積していたもの。それが燃焼によって再びCO2の状態に戻るという循環である。「燃やすことに抵抗感があるのは理解できますが、排出しているのはもともと大気中から吸収されたCO2であり、ゼロサム(差し引きゼロ)です」と生駒さんは話す。

また環境保護の観点から、化学肥料や農薬が投入されない点でも再注目に値するだろう。「伝統的な農業実践の中に埋もれている環境との共生の側面は評価されるべき」と生駒さんは強調した。

いま、アジアを含めて世界では広く環境配慮型の農業を選択する動きが見られる。その点、焼畑の価値を見直す必要性があるのかもしれない。