ブランドコンセプトは「Seed to Health」

栽培ハウス内のトマトは、目線のはるか上に実っていた。ハウスの高さは約5メートル、トマトの茎の高さは約4メートルほどもある。
ここはゼブラグリーンズの第1号圃場(ほじょう)「ゼブラファーム加古川(かこがわ)」。大手種苗会社出身の3人が2021年11月に設立した農業法人「株式会社ゼブラグリーンズ」のハウスだ。

ゼブラファーム加古川のトマトハウス

同社の創業メンバーは、柿坪俊彦(かきつぼ・としひこ)さん、小畠諒将(こばたけ・りょうすけ)さん、松宮周平(まつみや・しゅうへい)さん。「本当に価値のある、おいしくて、おもしろくて、機能性の高い野菜を消費者に届けたい」、そんな次世代農業へのビジョンを胸に創業した。
3人は、種苗の知識を生かして野菜の生産をしたい、やるなら先端技術を駆使したスマート農業だと決め、それぞれの得意分野で動き始めた。資金調達や農地確保を担うのは、長年にわたって海外関係の仕事に携わり、国内では新規事業や異業種連携などを行ってきた柿坪さん。販路開拓やマーケティングを行うのは、コンサルティングに携わってきた小畠さん。そして技術責任者は、栽培に強い松宮さんだ。彼らのブランドコンセプトは「Seed to Health」(種から健康へ)。めざすのは、品種選びの段階から消費者の健康を見越して展開する農業である。

技術責任者の松宮周平さん(左)とマーケティング責任者の小畠諒将さん(右)

柿坪さんと小畠さんが資金調達やマーケティングに忙しく駆け回る中、松宮さんはめざす農業の形に近い農業法人に出向し、技術を学んだ。農地は県庁を通じて紹介してもらい、加古川市郊外の田園地帯の広がる志方(しかた)町で借りることができた。元は田んぼだったところだが、自分たちがやりたい先端技術を生かした農業が実現できるイメージがわく土地だった。

こうして2022年10月末、ゼブラグリーンズの第1号圃場「ゼブラファーム加古川」が完成した。屋根が9つ連なった4200平方メートル(42アール)の環境制御型のハウスだ。ハウス内はコンピューターによってほぼ自動的に環境制御されている。屋内外のセンサーと連動したパソコンに、ハウス内の気温・湿度、日射量、二酸化炭素濃度などが表示される。日射量が多ければ遮光カーテンが閉まり、暑ければ外壁のビニールや天窓が開いて外気を取り入れ温度を調節する、という仕組みだ。

世に出ていなかった「おいしくて、おもしろくて機能性の高い」トマト

ゼブラファーム加古川では試験栽培のトマトを含め約20品種のトマトを栽培している。メインで栽培しているのは、古巣の種苗会社が育種した機能性トマト。これを「たまとま」と銘打ってゼブラグリーンズの商品第1号として売り出した。これは彼らの「本当に価値のある、おいしくて、おもしろくて、機能性の高い野菜を消費者に届けたい」という思いをかなえるトマトだった。

たまとま

このたまとまは「生でも加熱してもおいしい“次世代のトマト”」だそう。抗酸化作用があるとされるリコピンやうまみの元になるグルタミン酸の含有量が一般のトマトの1.5~2倍と多く、加熱すればさらにうまみが増加するという。加えて、他のトマトに比べ、ドリップ(汁)が少なく肉厚で果肉がジューシーだ。ハンバーガーに入っているトマトからぷちゅっと汁が飛び出すことがあるが、「たまとま」はそれが少ないためとても調理しやすい。

「たまとま」使用のサラダ

サイズは1個あたり60~80グラム。1個を1人で食べるにはちょうどよい。機能性や調理のしやすさ、そしてサイズなど消費者にとっての利点がたくさんあると思われるのだが、このトマトは今まであまり世に出ていなかった。その理由はなんだったのだろうか。

「農業の世界では、消費者にとって価値のある品種でも、作りにくかったり病気に弱いなどの理由で世の中に流通しないことがあるんです」と松宮さんは言う。
「サイズも、消費者にとってはちょうどよい大きさでも、形やサイズで規格が決められている市場においては規格外なんです。そこで、うちでは市場を通さず直接スーパーに提案・納品することで消費者に届けることにしました。ちょうど卵大のサイズなので、そのまま卵用のパックに詰めて出荷しています」と小畠さん。

卵パック入りのたまとま

この例からもわかる通り、ゼブラグリーンズがめざすのは「消費者にとって本当に価値のある品種を探し、その価値を最大化する栽培方法で生産し、流通から販売までをワンストップで行うこと」だ。
種苗会社では実にさまざまな種を作っているが、種を購入する生産者は栽培しても売れない作物の種は買わない。そのため、たとえ消費者にとって魅力的な種であっても、世に出ず埋もれていく種は多い。そうした事情から種苗会社の品種開発の基本は、「栽培しやすくて病気に強く、収量が多く、形や大きさがそろっていること」になる。消費者にとってのメリットは後回しになりがちなのが現実だ。彼らの取り組みは、その埋もれてしまった種を再び世に出し、消費者に価値ある商品として手渡すことなのだ。

ゼブラグリーンズのように生産、販売、流通までワンストップでできる仕組みを整えればそれも可能だ。スマート農業に対応した高度環境制御ハウスで安定した栽培ができる。しかも栽培方法を工夫しているため、トマトのできる房の数が約35段と通常より規格外に多く、生産性が高い。さらに市場を通すこともなく流通に時間がかからないため、トマトも完熟の真っ赤な状態で出荷ができる。
「ここで年間100トンくらいのトマトを収穫できるので、まずは生産地から近い関西圏を中心にアプローチをしています」(小畠さん)
たまとまは、スーパー、オンラインショップのBASE(ベイス)、楽天市場サイトでの販売のほか、外食産業のハンバーガー用、サラダ用などに販売をしている。まだ知名度は低いが、今後、この栄養価の高さや使いやすさが広まれば販路が広がる可能性はまだまだありそうだ。

おもしろくて作業効率アップが可能なトマトも

ハウスの作業効率の良さも大きな特徴である。ハウス内でのびのび育っているトマトを見てどうやって管理しているのか気になったのだが、それはすぐに解決した。取材中に高所作業台車を体験させてもらったところ、電動で動き、トマトとトマトの間にあるレールを移動できる。台車の高さも調節でき、作業者が自身の目の高さで管理し、そのまま箱に入れればいいので、労力も少ない。

さらに、収穫の作業効率を上げる品種の試験栽培もしている。
「房ごと収穫する、日本にはまだ少ない新しいタイプのトマトです。『手つなぎとまと』という商品名を付けています」(小畠さん)
名前はまるでトマトが手をつないでいるようなイメージから付けたそうだ。その姿はさながら赤いブドウのようである。

試験栽培中の手つなぎとまと

また、1000平方メートル(10アール)の露地試験栽培圃場では、さまざまな野菜のほか、花も栽培している。「露地野菜についても品種比較をして各種データ収集をしています」と松宮さんは楽しそうだ。

メンバーも増え、現在は20代の社員2人とパート5人が加わった。2022年9月に入社した木下竜己(きのした・りゅうき)さんは、ナス科の作物の栽培経験があり、特にトマト栽培に興味があるそうだ。「この人たちと一緒に仕事ができたら豊かな人生が送れそうだと思ったんです」と木下さんは言う。松宮さんと共に、農場にはなくてはならない存在だ。新しいメ

たまとまを栽培するハウス内の様子

大阪府下最大規模の高度環境制御ハウスを整備、トマトの通年供給をめざす

 
ゼブラグリーンズは創業3年目の今、さらに安定した供給をするために、新たな場所にハウスを整備中である。
「ハウス内の温度を上げるのは簡単にできますが、冷やすのは難しいので、猛暑の間も安定した収穫ができる涼しい場所でのハウス整備を進め、トマトの通年供給をめざしています」(松宮さん)

涼しい場所というのは、大阪の最北端に位置する能勢(のせ)町にある天王(てんのう)という地域。オオサンショウウオがすむという天王川が流れており、北摂山系最高峰の深山(みやま)のふもとに広がる標高約600メートルの集落である。この自然豊かな場所で冷涼な気候を生かし、今まで栽培が困難だった夏場のトマト栽培をめざしている。
第2圃場「ゼブラファーム能勢天王」は、加古川にあるハウスの約3倍ほどの広さで、大阪府下最大規模の高度環境制御ハウスになる予定だ。ここでは、水と肥料のリサイクルなど自然にやさしい農業に取り組む。大阪市内にも車で約1時間で行ける消費地に近いため、輸送距離の短縮にもなる。

また、ゼブラグリーンズの強みは、アグリ事業に加え、新しく農業に取り組みたい企業へのコンサルティングや、新しい技術の研究開発も並行して進めていることだ。

前職の経験値を生かし、小畠さんは主に新規で農業参入する企業の伴走支援を行い、マーケットで求められている品種提案から販売まで総合的なサポートをしている。大学との共同研究もしている松宮さんは、工業系でセンサーやロボットを作っているところなどと連携し、農業の課題解決に向けて新しい技術を一緒に開発するために、動き始めている。

種苗会社にいたときの経験から見えてきた既存の農業の課題を解決するために、ゼブラグリーンズは、さらなるチャレンジを続けている。

ゼブラグリーンズのスタッフ