東京・上野の東京都美術館で、「デ・キリコ展」が始まりました。歪んだ遠近法や脈絡のないモチーフの配置、幻想的な雰囲気。そんな“日常に潜む非日常”を表した「形而上絵画」の旗手として、シュルレアリスムをはじめ多くの画家に衝撃を与えた画家、デ・キリコ。本展はおよそ70年にわたる彼の画業を、世界各地から集まった100点以上の作品でその全体像に迫る、日本では10年ぶりの大回顧展です。

  • 「形而上絵画」の旗手としてデ・キリコの全体像に100点以上の作品で迫る10年ぶりの大回顧展。世界中に所蔵された作品をまとめて見られる超レアな機会だ

回顧展というと、初期から晩年まで作品を時系列に並べるのが一般的ですが、本展はデ・キリコが描いたテーマやモチーフで分かれています。初期から晩年まで描き続けた「自画像・肖像画」、その名声を高めた「形而上絵画」、伝統に回帰した「1920年代の展開」、そして晩年の「新形而上絵画」という4つの章で、彼の画風の変化も感じとれる形で展示。

  • 展示風景 © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

デ・キリコはイタリア人の両親のもと、1888年にギリシャのヴォロスで誕生しました。
「デ・キリコは、非常に複雑な画家です。彼は1910年代に『形而上絵画』を描き始めてパリの画壇でデビューし、前衛画家として当時の一流画家の仲間入りをはたしました。ところが1919年以降は、バロックやルネサンスといった伝統的な絵画へ興味を抱き、そうしたものに影響を受けた絵画を描くようになっていきます。前衛的な側面と古典的なものへの愛好という2つの側面を常に持ち合わせ、時代によりそのどちらかが強く出て、画風も大きく変わっていきました」と、本展を担当した同館学芸員の髙城靖之さん。

  • 《自画像》1922年頃/トレド美術館蔵 © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

■ダリやマグリットに衝撃を与えた、初期の「形而上絵画」

デ・キリコの代名詞といえば「形而上絵画」ですが、難しくて正直ピンとこない。それでも、代表的なデ・キリコの作品は目にしたことがあるという人は多いと思います。

  • 《バラ色の塔のあるイタリア広場》1934年頃/トレント・エ・ロヴェレート近現代美術館蔵(L.F.コレクションより長期貸与) © Archivio Fotografico e Mediateca Mart © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

  • 展示風景 © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

広場、室内、そんな現実的なモチーフを、どこか歪んだ遠近感や並ぶはずのないモチーフを隣り合わせに配置して、違和感を感じさせる。日常性を超えた非日常的なもの、神秘の謎を仄めかすようなもの。それがデ・キリコの「形而上絵画」だと髙城さんは説明します。無意識的で非日常をとらえたデ・キリコの作品は、前衛的な芸術家たちにもてはやされ、サルバドール・ダリやルネ・マグリットなどシュルレアリスムの画家たちにも影響を与えました。

  • 展示風景 © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

  • 《運命の神殿》1914年/フィラデルフィア美術館蔵 ©Philadelphia Museum of Art.A.E.Gallatin Collection © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

■特権的モチーフだった人物像を、無機物のマヌカンに置き換えた

「『マヌカン』(=マネキン)は、デ・キリコを特徴づけるモチーフのひとつです。西洋絵画において人物像は特権的な地位を与えられ、他のモチーフとは比べることができないほど重要なものと位置づけられていました。それをデ・キリコはマヌカンに置き換え、一種の“モノ”として同列に扱いました。

  • 《予言者》1914-15年/ニューヨーク近代美術館蔵 © Digital image, The Museum of Modern Art, New York / Scala, Firenze © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

  • 【画像】特権的だった「人物」を「マネキン」に置き換えてモノとして同列に扱った。無機質だったマヌカンが徐々に人間化していくのも面白い

    《不安を与えるミューズたち》1950年頃/マチェラータ県銀行財団 パラッツォ・リッチ美術館蔵 © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

マヌカンが登場したのは、第一次世界大戦が勃発した頃です。戦争を起こしてしまう人間の理性のなさや、暴力的なものを前にした人間の無力さを表していると言われています」(髙城さん)。

この時代の「形而上絵画」の作品は世界中に散らばって所蔵されているため、多くの画家に衝撃を与えた1910年代の作品《予言者》や、本展のポスターにもなっている《形而上的なミューズたち》などをまとめて見られるのは、とても貴重な機会なのだとか。

  • 展示風景 © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

ちなみにマヌカンを描き続けた後年の作品では、それまで無機質だったマヌカンが徐々に人間化していくという面白い流れもみてとれます。

■伝統的な絵画への回帰と「新形而上絵画」

古典的な絵画を描いた作品を集めた第3章では、ティッツィアーノやラファエロといったルネッサンス様式の作品や、17世紀のルーベンスやベラスケスなどのバロック様式を研究して描いた《風景の中で水浴する女たちと赤い布》、そして印象派の画家ルノワールを参考にして描いた《横たわって水浴する女(アルクメネの休息)》などの作品が登場。“古典的”とひとことで言っても、様式がこれほど変わるのが、デ・キリコならでは。

  • 《横たわって水浴する女(アルクメネの休息)》1932年/ローマ国立近現代美術館蔵 © Galleria Nazionale d'Arte Moderna Contemporanea Rome

  • 《風景の中で水浴する女たちと赤い布》1945年/ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団 © Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

そして1968年から晩年にかけての10年、デ・キリコの最終段階は、それまでに描いてきた絵画や挿絵やモチーフを自由に組み替え、新しい絵画を描いた「新形而上絵画」。初期の「形而上絵画」の作品は色も暗めでどこか重苦しい憂鬱な雰囲気が漂っていますが、こちらは画面自体が明るくなり、画家が楽しみながら描いていることが伺えるように、軽やかで遊び心に満ちたものに。

  • 《オデュッセウスの帰還》1968年/ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団 © Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

  • 《闘技場の剣闘士》1975年/ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団 © Fondazione Giorgio e Isa de Chirico, Roma © Giorgio de Chirico, by SIAE 2024

こうした過去の作品の引用や、過去の自分の作品をコピーして再制作する晩年のデ・キリコの姿勢は、1960年代のポップアートにも通じ、アンディ・ウォーホルはデ・キリコを「ポップアートの先駆者」として高く評価し尊敬していたそう。

20世紀の初期から晩年まで、美術界に多大な影響を与え続けてきた稀有な画家、デ・キリコ。その唯一無二の表現力を堪能できる本展は、8月29日まで開催です。

■information
「デ・キリコ展」
会場:東京都美術館
期間:4月27日~8月29日(9:30~17:30 ※金曜は20時まで)/月曜休、5/7、7/9~16は休、ただし4/29、5/6、7/8、8/12は開室
料金:2,200円/大学生・専門学校生1,300円/65歳以上1,500円/高校生以下、および障がい者手帳提示の方と付添者1名まで無料/※土・日・祝及び8/20以降は日時指定予約制(当日空きがあれば入場可)