ちょっと前に、「主婦年金廃止」がSNSなどで話題になったことがありました。「主婦年金」とは、国民年金の第3号被保険者=専業主婦は、保険料を払わなくても基礎年金が受給できる制度のことを指しています。この制度は「専業主婦を優遇している」、「女性の就労を阻害する」など、さまざまな問題を含んでいて、度々「廃止」の方向での議論がされてきました。そこで、本記事では、「第3号被保険者」とはなにか、廃止されたらどんな影響があるのかをわかりやすく解説します。

  • 「第3号被保険者」とは? 廃止されたらどんな影響がある?

    「第3号被保険者」とは? 廃止されたらどんな影響がある?

「第3号被保険者」とは

国民年金には、自営業者やフリーランスなどが加入する「第1号被保険者」、会社員や公務員が加入する「第2号被保険者」、そして第2号被保険者の配偶者である専業主婦が加入する「第3号被保険者」の3つの種別があります。

*第3号被保険者
厚生年金保険の被保険者である第2号被保険者に扶養されている、原則として年収が130万円未満の20歳以上60歳未満の配偶者

第1号被保険者は、月額1万6,520円の保険料を払っていますが、第3号被保険者は、第2号被保険者が加入している厚生年金や共済組合が一括して保険料を負担しているため、本人が払う必要はありません。しかしもらえる年金は第1号被保険者と一緒なので、「不公平」と言われる所以となっています。

第3号被保険者制度が作られた背景

この制度が作られた背景をみると、国民年金制度発足時(1961年)の給付設計が関係しています。当時の厚生年金は、夫名義の年金で夫婦2人が生活できるような給付設計になっていたため、妻の国民年金の加入は強制せずに、任意加入となっていました。しかし、妻が任意加入しなかった場合は、障害年金は受給できず、さらに、離婚した場合は、自分名義の年金がないという問題が出てきました。そこで1985年の年金改正において、会社員の専業主婦の妻は、第3号被保険者として国民年金の強制適用対象としました。その際、健康保険において、被扶養配偶者は保険料の負担なく、医療保険給付を受けているのと同様に、年金についても保険料の負担なしとすることになりました。

当時は、専業主婦世帯が多く、男性は外に働きに出て、女性は家庭を守るという風潮がまだまだ根強い時代でした。しかし、現在は共働き世帯数が専業主婦世帯数の3倍近くなっており、もはや時代に合わなくなっています。

  • 共働き世帯と専業主婦世帯の推移 出所: 内閣府「男女共同参画白書 令和5年版」

第3号被保険者と「年収の壁」

第3号被保険者が問題になるのは、制度の「不公平」だけではありません。第3号被保険者になるには、年収130万円未満(あるいは106万円未満)が条件となるため、就業調整、いわゆる"働き控え"をする人が多くなり、これが「年収の壁」として問題となっています。第3号被保険者でなくなると、社会保険料の負担が発生し、手取りが少なくなるからです。

こうした「年収の壁」があることで、企業は労働力確保が難しくなり、本人は収入が上がらない、キャリアが積めないなどのデメリットが発生します。

第3号被保険者が廃止されたらどうなる?

ここからは、第3号被保険者制度が廃止されたらどうなるかを考えてみたいと思います。

モデルケースとして山田さん一家を想定してみましょう。

山田一夫(45歳・会社員) 年収500万円
山田京子(42歳・パート) 年収100万円
子ども2人(12歳と8歳)
※東京都在住

現在、第3号被保険者である京子さんが、第3号被保険者の廃止によって、国民年金保険料を納めることになった場合の世帯の手取りを比較してみましょう。

現在の手取り

*山田一夫の手取り 391万4450円

<内訳> 社会保険料: 78万3,000円(15.66%)
所得税: 9万5,850円
住民税: 20万6,700円

500万円-78万3,000円-9万5,850円-20万6,700円=391万4,450円(手取り)

*山田京子の手取り 100万円

現在の山田家の世帯の手取りは491万4,450円となりました。

次に第3号被保険者が廃止された場合の手取りをみてみましょう。

第3号被保険者が廃止された場合の手取り

第3号被保険者が廃止されると、国民年金の保険料の支払いが発生します。妻には所得税の支払いがないので、妻の保険料を夫が代わりに支払って、夫の社会保険料控除の対象にすると、夫の所得税、住民税が軽減できます。

*山田一夫の手取り 394万4,300円

<内訳>
社会保険料: 78万3,000円(15.66%)
所得税: 8万5,900円
住民税: 18万6,800円

500万円-78万3,000円-8万5,900円-18万6,800円=394万4,300円(手取り)

*山田京子の手取り 80万1,760円

<内訳>
国民年金保険料: 19万8,240円

100万円-19万8,240円=80万1,760円(手取り)

第3号被保険者が廃止された場合の山田家の世帯の手取りは474万6,060円となりました。

現在と比べて世帯の手取りが16万8,390円減ることになります。

第3号被保険者が廃止された場合の5つの影響

第3号被保険者が廃止された場合、世帯の手取り収入が減るといったミクロな視点からマクロな視点に変えて、社会全体に及ぼす影響を考えてみたいと思います。

考えられるのは以下の5つです。

  • 女性の社会進出が促進される
  • 人手不足が緩和される
  • 非正規雇用の賃金が上がる
  • 女性の低年金者が減る
  • 少子化が加速する

女性の社会進出が促進される

第3号被保険者が廃止されれば、これまでパートなどで「年収の壁」を気にして働いていた人たちが、就業調整をする必要がなくなることで、より責任のある仕事、キャリアを築ける仕事にシフトしていくと思われます。また、専業主婦を選択するメリットがなくなることで、女性の社会進出が促進されるでしょう。

人手不足が緩和される

「年収の壁」を意識して働き控えをする人が減り、また、専業主婦が職に就くことも期待できるため、企業の人出不足が緩和されます。

非正規雇用の賃金が上がる

2022年の労働力調査によると、非正規雇用者の約7割が女性であり、非正規雇用者の約半数が週24時間以内の就業であることから、「年収の壁」が非正規雇用者の働き方に及ぼす影響は大きいといえます。「年収の壁」は、賃金の上昇の抑制にもなっています。賃金が上がって、年収の壁を超えてしまうと第3号被保険者でいられなくなってしまうため、賃上げを要求しない、あるいは低賃金の仕事でも人が集まるような状況を生んでいます。これではいつまで経っても非正規雇用者の賃金は上がりません。第3号被保険者が廃止され、年収の壁がなくなれば、非正規雇用者の賃金は上昇していくでしょう。

女性の低年金者が減る

厚生労働省「令和3年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」によると、厚生年金の受給権者は男性が1083万人に対して、女性は535万人と約半分です。一方、基礎年金のみ(共済および厚生年金の被保険者期間を有しない)の受給権者は男性が97万人に対して、女性は425万人と8割以上が女性となっています。第3号被保険者は763万人におり、そのうちの751万人が女性です。第3号被保険者は、基礎年金のみ、あるいは厚生年金の加入期間があれば、厚生年金が上乗せされますが、前出の男女差から、女性が男性と比べて低年金であることは明らかです。第3号被保険者が廃止されれば、女性の厚生年金受給者が増え、男性並みの年金額に近づくことが期待できます。

少子化が加速する

第3号被保険者が廃止された場合の影響は、4つまでは好ましい影響ですが、5つ目は「少子化が加速する」といった好ましくない影響です。第3号被保険者が廃止され、働く女性が増えると、仕事と家庭・育児の両立が大きな課題となります。仕事と家庭の両立支援や子育ての環境が整備できていないと出生率低下につながります。

まとめ

第3号被保険者は、1985年の年金改正によって、専業主婦の無年金をなくすために作られた制度です。当時と今とでは、女性のライフスタイルが大きく変わっており、時代に合わない制度として、何度も議論されてきました。しかし、男女の賃金格差や待遇差、子育て環境の整備、介護の担い手問題など、これまで女性の就労を阻んでいた問題が改善されなければ、第3号被保険者だけ廃止しても、女性が活躍できる世の中にはなりません。これらの問題も一緒に議論し、移行措置も設けながら制度改革を進めていく必要があるでしょう。