3度目のオープニングの変更があり、大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)はいよいよ後半戦へと向かう。第35回「欲望の怪物」では徳川家康(松本潤)が浜松から駿府に移ることになり、新たな人物も登場し活躍を始めた。

中村七之助

石田三成役の中村七之助

表裏を使い分ける食えない人物・真田昌幸(佐藤浩市)、豊かになっても幸福を感じられない秀吉の母・大政所こと仲(高畑淳子)、本多忠勝(山田裕貴)の娘で、いささか行儀の悪い稲(鳴海唯)、そして、家康と馬が合う石田三成(中村七之助)。

ここで特筆したいのは、昌幸と三成。信繁は『真田丸』(16年)では草刈正雄が演じ、コロコロ寝返る調子のいい人物として人気を博し、真田といえば真田幸村(信繁)というイメージに塗り替えた。『鎌倉殿の13人』(22年)の上総広常を愛すべき人気キャラにした佐藤浩市だけあって、腹の中の見えない信繁を草刈の軽みとは逆の、重みをもって魅力的に見せてくれた(どちらの信繁も魅力的)。家康と対面するときはふてぶてしく、緊張感がみなぎるなか、正信(松山ケンイチ)とのセリフの言い回しを似せたやりとりがアクセントになっていた。史実的には家康のほうが信繁より年上なのだが、これはもう違う世界線のようであった。

佐藤と松本は旧知の仲だそうで、ネットニュースでは佐藤がトーク番組で語った“息子・寛一郎の送迎を松本が行ったこともある”という話をいまも読むことができる。旧知の仲だとやっぱり、対立する役でもいい空気になるものだなと感じる。

旧知の仲といえば、三成役の七之助は松本の高校の同級生だ。佐藤の息子の送迎話にも驚くが、七之助と松本の関係にも驚く話がある。『どうする家康』に茶屋四郎次郎役で出た兄の勘九郎が、NHKの公式サイトのインタビューで、父・勘三郎さんの葬儀の際、勘九郎と七之助は京都公演で身動きがとれない代わりに、松本が手伝いをしていたというのだ。送迎といい、葬儀といい、松本はどれほどの世話好きなのか……。

先入観で芝居を見すぎてもよくないが、家康がはじめて三成と出会ったときのリラックスした雰囲気は、これまでの関係性によるものだと感じる。星の話で馬が合い、じつに楽しそうに語り合う場面の家康の笑顔は、第1回から35回のなかではじめて心から楽しそうな顔に見えた。最愛の瀬名(有村架純)にすら、こんな顔は見せていなかったように思う。ちなみに、「厠がうさぎ」というセリフは、ヨーロッパではうさぎ座だが中国では「厠」に見立ていたことを語るもので、それがおもしろかった。

本当は家康は、政治や戦の話よりも、木彫りをしたり、書物を読んだり、星の伝説の話をしたりしたかったのだろうと、家臣団は若干の嫉妬を感じながらも、あたたかくふたりを見守る。「友よ……」と最後には呼んだ織田信長(岡田准一)とは最後の最後まで憎まれ口を叩きあっていたし、今川氏真(溝端淳平)も幼少期は心を偽っていて、和解した後のつきあいはいまのところ描かれていない。三成のように好きなことを楽しく話す同志のような人物に、家康が出会ったのはこれが初めてであろう。

初対面にもかかわらず、すぐに打ち解ける関係性をごくごく自然に演じ、松本の柔らかな笑顔を引き出した七之助は歌舞伎俳優。3歳から舞台に立っている。歌舞伎俳優は大河ドラマと相性がいい。着物の着こなしをはじめとして、時代劇の様々な所作が身についていて知識もあるからだ。大河ドラマでは『武田信玄』(88年)が初出演、その後、『元禄繚乱』(99年)、『いだてん~東京オリムピック噺~』(19年)に出演している。2003年には映画『ラストサムライ』で天皇役、2013年にはアニメーション映画『かぐや姫の物語』で平安貴族・御門の声を演じ、雅感のある役に抜擢されることがよくある。舞台では女方(おんながた)を得意としている七之助だが、『どうする家康』ではついに戦国武将役。どこか品がありどしりとした構えが大河ドラマらしさを底上げする。

石田三成は大河ドラマで山本耕史、小栗旬、田中圭や、近藤正臣、石坂浩二などが演じてきた人気キャラ。『どうする家康』の三成はどうなるか。

さて。浜松を出るにあたり、家康が民たちにお礼に餅を配ると、三方ケ原の戦いのときにこわくて脱糞した話や、茶屋の団子を勝手に食べた話などを勝手に言いふらしたと謝罪される。家康はその噂を本当であると認めてしまう。みんなが笑ってくれたらいいと思っているからだ。こんなふうに、本当の自分をほとんど誰にも見せず、皆の求めるものになっていく、それが上に立つものであると家康は心得ている。なんとも切ない立場である。

これまで、本当の自分をひた隠し、意に沿わないことばかりしてきたせいで、いつもどこか浮かない表情をしている家康が、三成と出会ってほんのひととき心から楽しめたのは、彼が天下をとることから降りて、戦を止めたからである。ようやく戦のない世ができる……と安堵するのもつかの間、歴史ではここからまた激戦の時代に突入する。秀吉(ムロツヨシ)の足るを知ることのない果てしない欲望が戦を終わらせない。

出世して権力を拡大していくこと、あらゆるものを所有していくことが幸せなのか、仲は疑問に感じ、「とんでもねえ化け物を産んでしまったんじゃないか」と恐れる。この化け物・秀吉を、家康はどう攻略し、本当に戦争のない世を作ることができるのか。