JR東海は8月8日、東海道新幹線の新しい車内サービスの展開について発表した。車内ワゴン販売は10月31日で終了し、11月1日からグリーン車と多目的室向けの新サービスを導入する。

  • JR東海は東海道新幹線の車内ワゴン販売を終了し、新しい形態のサービスを導入すると発表

車内ワゴン販売の終了は大きな反響があった。東京~新大阪間は国の大動脈であるだけに、大々的に報道された。芸能関係者の利用も多いため、ワイドショーでも話題になり、「残念、困る」というコメントが多かった。テレビに出演するタレントの皆さんはグリーン車で新サービスを利用できるし、普通車を利用するとしてもマネージャーが届けると思っていたが、そうでもないらしい。

■「シンカンセンスゴイカタイアイス」とホットコーヒーの今後は

ネット上では、「シンカンセンスゴイカタイアイス(スジャータアイスクリーム)」の愛好者や、ホットコーヒーでひと息ついていた人々が今後の入手先を心配していた。筆者もそのひとり。JR東海もそうした心配を察しているようで、発表したニュースリリースでも、ドリップコーヒーやアイスクリームについて「自動販売機のラインナップを増やし、ホーム上等に順次拡充する」と記しており、ひと安心である。車内に持ち込むまでの時間で、固いアイスが食べ頃のやわらかさになるとすれば、改善かもしれない。

ちなみに、「シンカンセンスゴイカタイアイス」の固さは温度ではなく、乳脂肪分15%以上という密度によるところが大きいとのこと。これは市販のアイスクリームの中でも高級品の部類になる。お手頃な価格帯だと乳脂肪分8%以上が多い。乳脂肪分が8%未満3%以上だと「アイスミルク」という分類になり、やわらかくて食べやすい反面、溶けやすくなる。

  • 東海道新幹線の車内ワゴン販売でニーズの高いアイスクリーム。今後は自動販売機のラインナップを増やすなど、乗車前に購入しやすくするという(提供 : 写真AC)

むしろ心配はホットコーヒーのほうだろう。やはり香り高いレギュラーコーヒーの香りとともに車内でくつろぎたい。現在も改札内にコーヒースタンドがあるものの、熱いコーヒー入りのカップを持って車内に向かうと、コーヒーだけで片手がふさがってしまう。コーヒーがこぼれず、なおかつ保温性の高い手提げ袋などを用意してほしいところ。そういうアイデアがある企業にとって、売り込みのチャンスかもしれない。

筆者が東海道新幹線を利用すると、平日午前中から車内でビールを飲む人がいる。最初から列車旅とビールが切り離せないようだ。かく言う筆者は下戸だが、食事時ではなくても駅弁を食べずにいられない。車内の過ごし方、楽しみ方は人それぞれ。これもホームの売店に期待したい。行列を解消すべく、レジを増やしてほしい。

懸念があるとすればこのくらいで、むしろ「いつ来てくれるかわからない車内販売」よりも「欲しいタイミングで買える売店」のほうが便利だと筆者は思う。こういう人が増え、車内販売の利用者が減ったことも、廃止の理由に挙げられている。

■新幹線の車内販売はJR東日本なども縮小している

東海道新幹線以外も車内販売は縮小傾向にある。JR東日本は2015年、東北新幹線「なすの」、上越新幹線「たにがわ」、山形新幹線「つばさ」(山形~新庄間)で車内販売を終了した。「つばさ」には車内販売の伝説があり、カリスマ販売員の茂木久美子氏が1日56万円の最高記録を持っていた。茂木氏は2012年に引退したが、それが車内販売中止の原因とは言えないだろう。1人が突出しても、全体として売上は縮小していたと思われる。2016年には、北陸新幹線「あさま」の車内販売が中止された。

コロナ禍前の2019年3月にJR九州が車内販売を廃止した。ただし、車両によっては車内に飲料の自販機を設置している。JR北海道は北海道新幹線(新青森~新函館北斗間)で車内販売を終了した。

JR東日本も、東北新幹線「やまびこ」、秋田新幹線「こまち」(盛岡~秋田間)の車内販売を終了する。車内販売を継続する列車でも、取扱品目から弁当、軽食、デザート、おみやげ、雑貨などを除外した。販売継続はホットコーヒー、ソフトドリンク、酒類、菓子、おつまみなど、賞味期限を管理しやすい品目に限っている。

2020年4月7日、新型コロナウイルス感染症に関する緊急事態宣言が発出され、これを受けてJR東日本は車内販売を中止。車内サービスが特徴の「グランクラス」も指定券の発売を中止した。これ以降、社会情勢に合わせて再開と中止を繰り返す。2021年10月に車内販売で酒類の販売を再開した。現在は2019年3月の状態に戻り、「賞味期限を管理しやすい品目」を販売している。

JR西日本は2020年4月から同年7月16日まで山陽新幹線の車内販売を休止。2021年2月から同年10月31日まで再び休止していた。現在は一部を除く「のぞみ」に限り、車内販売を実施している。弁当や軽食はないが、「走る日本市」として期間限定・数量限定の商品を扱う。北陸新幹線についてはJR東日本と足並みをそろえているようで、「賞味期限を管理しやすい品目」の車内販売を継続している。

JR各社の在来線や、大手私鉄も車内販売は縮小傾向となっている。小田急ロマンスカーの魅力のひとつだった車内販売「走る喫茶室」が1995(平成7)年に終了し、46年の歴史に終止符を打った。代わって導入された車内販売ワゴンサービスも2021年に終了した。今年7月にデビューした東武鉄道「スペーシアX」はカフェコーナーで車内販売をする一方、ワゴン販売は行わない。

東海道新幹線の車内販売終了は、これらの先例をなぞったといえる。しかし利用者数が圧倒的に多いため、一般ニュースやワイドショーなどの話題として大きく扱われた。

■観光列車の車内販売は残る

ビジネスで成功するサービスは「便利」あるいは「楽しい」要素が必須。そして「便利」なサービスは「もっと便利」なサービスに移り変わっていく。

車内販売はかつて「便利」なサービスだった。長距離の列車移動において、事前に飲食物を調達する方法がほとんどなかったからだ。しかし駅構内に売店ができ、自動販売機が設置され、駅周辺にコンビニができると、品数も多く適温で調達できる機会が増えた。こうなると、車内販売は「欲しいときに来てくれない」「混雑などで来ないかもしれない」という不便さが目立つようになる。

これは列車の付帯サービス全般に言えることで、寝台車も食堂車も、安価なビジネスホテルやエキナカのレストランなど「もっと便利な手段」に移り変わっていった。旅の情緒が消えていくという意味では寂しいが、車内ワゴン販売は旅の借景ではない。利用されてこその存在である。車内ワゴン販売がなくなって困るという人は、いつも車内販売待機室のそばに席を取り、必ずホットコーヒーなどをオーダーするかもしれない。しかし、そんな人がどれだけいるだろう。

一方で、観光列車の車内販売は「楽しいサービス」として存続している。観光客は列車の旅を楽しんでいるとはいえ、その時間は外に出られない。買い物を楽しみたくてもできないから、車内で楽しむ。飲食物だけでなく、ロゴ入りのグッズ、地元の民芸品、土産物なども付加価値が高く、単価も大きい。サービスを提供する側としても、財布を持った人たちを列車に閉じ込めているわけで、使っていただくことを真剣に考えている。

新幹線の車内ワゴン販売も、「便利」だけでなく「楽しい」要素を取り入れていた。「ドクターイエロー」などの新幹線関連グッズもあるし、ネット上でバズった「シンカンセンスゴイカタイアイス」にあやかって専用スプーンも販売している。これは小さいし、単価も高い。現在、東海道新幹線の車内ワゴンで最も高額な商品は2,800円の「JR東日本×JR東海アイススプーン4本セット」。しかし、残念なことにコーヒーのように多くは売れない。

■東海道新幹線の「新しいサービス」に期待

車内ワゴン販売の終了といえば、「サービスの後退」という印象が否めない。しかしJR東海としては、「エキナカ販売の拡充と利用者低下の実態に合わせた」という考えだろう。それは「もっと便利なサービスを提供します」という意味として間違ってはいない。

では、新しいサービスは何か。グリーン車専用ではあるが、スマートフォンなどで車内販売を行うサービスが始まる。座席に設置されたQRコードを読み取り、注文画面を呼び出して希望の商品を指定すると、座席まで届けられる。このシステムはセイコーソリューションズが開発した「Linkto」を使っている。すでにレストランなど約2万店舗で利用されており、実績のあるシステムだという。

現在、東海道新幹線の車内販売を手がけるジェイアール東海パッセンジャーズの公式サイトを見ると、ワゴン販売で取り扱っている商品は38種類。このすべてを提供するか、売れ筋に絞るかは未定とのこと。もっとも、38種類のうち雑誌はグリーン車で無料提供されているから除外だろう。JR東日本にならって、弁当などを除外した「賞味期限を管理しやすい品目」にとどまると筆者は予想する。

座席のQRコードにはもうひとつ、「サポートコールサービス」も加わった。これは航空機にある「乗務員呼び出しボタン」のようなもので、「お尋ねごと」「お困りごと」に対応するとのこと。想定する具体的な対応内容は明らかになっていない。到着駅の接続列車の案内は予想がつくが、体調不良、車窓の案内なども可能か。これは事前に知っておきたいので、早めに明らかにしてほしい。

■多目的室の利用方法改善を高く評価したい

新たに始まる「東海道新幹線多目的室案内サービス」は非常に良い。今回のサービス改革で最も高く評価できるポイントだろう。多目的室は簡易ベッドを備えた空間で、授乳や体調不良時に使える。ただし、普段は施錠されており、利用にあたって乗務員に申告する必要があった。多目的室は11号車、乗務員室は8号車で離れているため、赤ちゃんを抱えた母親や、体調不良の人と同行者は車内を4両分も歩いて呼び出すか、巡回を待つ必要があった。

  • N700Sの多目的室(2020年6月の試乗会にて、編集部撮影)

しかし、今後は多目的室の扉にあるQRコードをスマートフォンなどで読み取ることにより、乗務員を呼び出せる。もう乗務員やパーサーを探して歩き回る必要はない。多目的室はほとんどの乗客にとって利用機会は少ないと思うが、今回の改善は良い。

あえて欲を言うならば、今後の新車両で、多目的室を乗務員室のある9号車グリーン車に近づけるともっと良い。「お客様の中に医療関係者はいらっしゃいませんか」とアナウンスした場合、お医者さんはグリーン車に多いだろうから。