オフィス家具から働き方の改善まで、自社も含めて「働き方改革」を積極的に取り組むコクヨ。その姿勢はダイバーシティ&インクルージョン、いわゆる多様な人材を認め、その受け入れと活用にも及んでいます。

先ごろ、コクヨの特例子会社のコクヨKハートがオフィスを刷新し、障がいを持つ社員にも配慮したインクルーシブデザインを取り入れたそうです。見学することができたのでその構築背景などを聞いてきました。

  • コクヨKハートの新オフィス「HOWS PARK(ハウズ パーク)」

公園のように交流できるオフィス

「HOWS PARK(ハウズ パーク)」と名付けられ、コクヨ大阪本社内にある同オフィス。エントランスで最初に目を引くのが、名称がデザインされた仕切りです。

  • エントランスで最初に目に入る

近づいてよく見ると、自由に描かれたスケッチやイラストのパーツでアルファベットが組まれていました。これは特にお題は設定しないで社員に自由に描いてもらったものを素材にデザイナーが組み合わせて制作したそうです。

多様性を尊重するという一つのシンボルのようなものですね。

  • 好きなように、思ったように描かれているので多種多様な内容

同社には精神障害を含むさまざまな障がいを持つ方が社員として勤務し、社員間では「調子はどう」「今日はどうしたい」という日常会話から、「これから先をどうしたい」「このアイデアはどうかな」などいろいろな「どう=HOW」が集まる場所。

そうした意味を込め、この名前になったと同社で代表取締役社長を務める西林聡氏は説明します。

「パークという言葉を選んだのも、いろいろな人が集まり議論したり雑談したり、みんなで交流できる公園のようにしたいと思ったからです」

実際、訪問した時にもインクルーシブデザインをテーマにしたワークショップが行われていました。

  • ワークショップの様子

「このエリアは『共創』を目的にした場所で、ワークショップ中のメンバーは家具・パーティションの開発メーカーの社員と、聴覚に障がいを持つ弊社の社員。今は使いやすさ、使ってみて何が問題なのかを議論しているところです」

社員の声を反映してオフィスをデザイン

オフィスをリニューアルするにあたり、最初は多様なメンバーによる意見やアイデア出し、課題の共有がされたと西林さんは言います。

例えば既存オフィスの問題点として、「心を落ち着ける場所が少ない」「休憩スペースや作業スペースが少ない」「コミュニケーション空間の不足」「明るく落ち着いた雰囲気の空間が欲しい」などから、「車椅子ユーザーの導線配慮がされていない」「周囲の音や人の目が気になる」など障がい者特有の課題まで指摘されたようです。

こうしたプロセスを経て完成した本オフィス。具体的に配慮された箇所を紹介してもらいました。共創エリアだと、下肢に障がいのある人も含めて「誰もが使いやすい高さ」を検証して設定された電源コンセント、ホワイトボード、スイッチがあります。

  • 検証の結果コンセントは50センチの高さが適度だという

  • ホワイトボードは床下から80センチがベストだと、西林さん自ら説明

また、電動車イスの利用者は床がカーペットだと車輪に巻き付いたり、うごきにくかったりするという検証結果を踏まえて塩ビタイルを採用しているほか、部屋の扉にはスロープが設けられています。

  • 電動車イスの利用者に配慮した塩ビタイルの床

  • 扉の前にはスロープが設置

  • パントリーの高さは80センチにし、車イスがアプローチしやすいように下の部分にスペースが設けられている

  • カウンターの高さも「あえて」バラバラにして誰もが使いやすい形に

それ以外のエリアもみてみると、「MIND ROOM(カームダウンエリア)」は精神障害や発達障害などを抱えた社員が外部の音や視線を遮断して気持ちを落ち着かせるスペース。

  • 「MIND ROOM(カームダウンエリア)」

  • 車イスの人でも使いやすい

元々はオンライン会議用の「高い吸音性能をもつパネル素材」を使い、調光スイッチや車イスでも使いやすい工夫、圧迫感がないよう天井部分はオープンにするなど配慮されています。

変わったところではトイレも。電動車イスでもストレスなく使えるよう、かなり広めにスペースを取っているほか、聴覚に障がいを持つ人が使用中に地震や火事が起こっても目で認識できる警報器が室内に設置されています。これはオフィスも同様でした。

  • 大型の車イスに配慮した広い空間

  • 地震や火事を視覚で認識できる警報器

とはいえ、全員が完全に満足できる職場環境は作れません。それこそ「職場の音」一つをとっても、リラクシング・ミュージックがあるほうが落ち着く人もいれば、無音がいいという人もいるでしょう。

そんな質問に「健常者も多種多様、障がい者も同じ。正解は無いのです。数十名が働く場ですから、ある程度の我慢は必要でしょう。ただ選択肢は用意します。音が気になるなら集中しやすいブースを利用したり、広い空間に移動したり。『それしかない』だとつらいですが、そうではない形にしています」と答える西林さんでした。

オフィス構築のプロセスをビジネスに展開

厚生労働省の障害者雇用率制度で、「従業員が一定数以上の規模の事業主は、従業員に占める身体障害者・知的障害者・精神障害者の割合を『法定雇用率』以上にする義務があります。(障害者雇用促進法43条第1項)」と決められています。

筆者が勤務する会社もですが、障がいを持つ人が働く光景は珍しくありません。ただ、オフィスのデザインまで踏み込んだケースは少ないでしょう。

そんな話を西林さんにしたところ、「実は私、全国障害者雇用事業所協会という公益社団法人の理事も務めています。先日、大阪支部の会議をこの建物内の会議室で行い、そこで今回の取り組み紹介とオフィス見学を実施したのです」とあるエピソードを披露します。

「今回のオフィス構築は管理職など一部の社員だけでなく全社員をまきこみ、アンケート調査や『オフィスのあるべき姿』をテーマにしたワークショップで理想の職場をイメージ共有しました。さらに、コクヨ大阪本社の建物全体のリニューアルもあったので、今の最新オフィスとして全員で見学し具体的な姿に落とし込んでいったのです。そこまでした事例は少ないので、協会の皆さんにも強い関心を持ってもらえました」とさらりと言うのです。

アウトプットされたオフィス自体にはそこまで大きな特別感はなく、今後も改良する部分は多々あるでしょうが、社員自らが関わったプロセスと「自分たちのオフィスだ」という意識を持てることが非常に大事でしょう、と冷静に分析する西林さんの言葉が印象に残りました。

  • 「自分たちが関わって完成したオフィス」という意識を持てたという

そして、同じく本オフィスのリニューアルに携わった、コクヨ CSV本部 サステナビリティ推進室 理事 井田幸男さんは

「これまで、コクヨとコクヨKハートの社員がコミュニケーションの場や機会を持つことは多くありませんでした。しかし、このハウズ パークによりそれが解消され、『障がいを持つ社員、ない社員が対等に対話を重ねて社会のバリアを無くし、良くするモノづくりをする』空間になればと願って構築に関わりました」と本オフィスに対する思いを語ります。

多様性を認める社会の実現に加えて、日本の場合は少子高齢化による労働人口の減少という問題もあります。当然企業は、今まで以上に障がいを持つ人の活用に注目するでしょう。

それを裏付けるかのように、西林さんは「障がいを持つ人の雇用が増えると、次は働く空間について考える企業も多くなる。そこで我々が培ったノウハウ、オフィス構築のプロセスに興味を持ってもらえます。実際、そうした相談も増えているのです」と明かすのでした。

ビジネス面も含めて、同社の今後の動向に目を離せないようです。