「第39回ATP賞テレビグランプリ」(全日本テレビ番組製作社連盟主催)の受賞式が6日、都内のホテルで行われ、グランプリにドキュメンタリー番組『ETV特集「ブラッドが見つめた戦争 あるウクライナ市民兵の8年」』(製作:オルタスジャパン、NHKエデュケーショナル/放送:NHK Eテレ)が決定した。
制作会社・オルタスジャパン入社2年目(当時)の西野晶ディレクターが企画した同番組は、ウクライナの市民兵・ブラッドとSNSでコンタクトを取り、500時間を超える彼の映像記録を入手して制作。ブラッドとはリモートで会話を行ってきたが、放送まで取材対象者と直接一度も会うことなく、人物ドキュメンタリーが成立した。
まず、ドキュメンタリー部門の最優秀賞のスピーチで、西野ディレクターは「昨年2月24日にロシアがウクライナに侵攻を始めた後、ニュースで見てすごく絶望しまして、これは大変なことが始まってしまったと思い、ドキュメンタリーの制作会社に勤める私は絶対に何かしなければいけないと思って、プロデューサーの吉岡と一緒に企画を考えました。しかし、ウクライナに渡航することはできない状況だったので取材が難しかったんですけど、SNSには大量の兵士の自撮りであったり、避難民の生活の自撮りであったり、市民一人ひとりが撮影している映像がたくさんありました。その中で、8年前からのロシアとの紛争で兵士として撮影しているブラッドに出会って、彼と話をするたびに、『これはウクライナに行かなくても番組ができる』と思って、この番組をスタートさせました」と経緯を紹介。
「この番組は、国と国との戦争であるとか、民主主義を守るんだとか、そういう大事なテーマもあるんですけど、解像度を上げて一人の男性の目線から見る戦争の最前線をどうしても描きたかった。ブラッドと必死に向き合った制作期間でした」と振り返る。
そして、サプライズでブラッドからのビデオメッセージが上映されると、「彼がカメラを離さず、いつまでも戦い続けているので、私も人間的にも制作者としても強い人間になりたいと思いました」と決意を新たにし、「主人公のブラッドにこの受賞の喜びを伝えて、今も戦争は続いているので、彼の無事をずっと願っていたいと思います。そして何より一刻も早くウクライナで起きている戦争が終わることを願っています」と力を込めた。
その後、式典の最後でグランプリに選ばれたことが発表されると、「グランプリを獲った意味というのをしっかり考えて、この栄誉を受け取りたいと思います。私が撮影した映像ではなく、ウクライナで今も戦っているブラッドが撮影した映像を皆さんに届けられたこと、見てもらったことが一番うれしいですし、またこういうふうに注目してもらったことでウクライナで協力してくださった方々にもうれしい報告ができて、少しは励ますことができるのかなと思います」と喜びを述べた。
番組では遺体の映像など衝撃的な場面も流れるが、「人の死がない戦争はないので、やっぱりそこに触れなきゃいけない。そういう経験を8年間しているブラッドに『真実を見せなきゃいけないんだ』と言われたら、怖がらずに伝えなければいけないなと思いました」と意識したそう。「ショッキングな映像を放送するときにも、制作スタッフ一同が『すべてモザイクかけるのはやめよう』と、できる限り見てもらおうと決断してくださったことに感謝していますし、そういうものを伝えられる番組はいっぱいあったらつらいけど、少しはあったほうがいいと思うので、その1つになれて良かったなと思います」と存在意義を確認したようだ。
また、ブラッドがこの番組のオファーを受けた理由の1つとして、「私が日本人だからというのがあります。なぜかと言うと、日本は敗戦を経験して、そこから復興して、原子力発電所の事故があって、それを乗り越えようとしていて、『ウクライナとの共通点が多い国だから日本のテレビに協力したい、伝えたい』と彼が言ってくれたんです」と説明。今回の番組が、「日本の目線から見たブラッドのドキュメンタリーになったことで、私たちは広く見れば同じ問題を共有しているし、伝えることができたよと彼に伝えたいと思います」と、ブラッドの希望に応えられたことを噛み締めた。
改めて、この受賞式に参加したことで、「元からテレビ番組が好きでこの仕事をしてるんですけど、やっぱりまだまだ面白い作品がいっぱいあるなと思いました」という西野ディレクター。「ドラマもバラエティもドキュメンタリーも本当に見たいなと、うれしい発見がいっぱいあって、テレビにちょっと希望を抱けた日になりました」と、充実の表情を見せていた。