宇都宮市は6月2日、芳賀・宇都宮LRTの開業日を8月26日と発表した。併用軌道の新規路線建設は、1948(昭和23)年の富山地方鉄道伏木線(現・万葉線高岡軌道線)以来、75年ぶりとなる。マイカーの普及で各地の路面電車が廃止されてきた中、近年は「脱マイカー」の観点から路面電車が見直されつつある。残存した路面電車の改良、LRV(ライトレール車両)の導入も進み、LRT路線の新規建設は都市交通にとって象徴的な事業になる。
■現金利用とICカード乗車券利用で「使える扉」が異なる
運賃は国の許可を得てから決定する。計画では、初乗り運賃150円で、対距離制を採用。乗車駅から3kmまでは150円、3kmから7kmまでは2kmごとに50円加算、7km以上は3kmごとに50円加算し、上限は400円に。定期券は4割引、通学定期券は5割引を想定しており、これも国の許可を得て正式決定となる。1日乗車券も検討中とのこと。宇都宮市は1日乗車券を「公共交通の利用促進や地域の活性化を図る上で有効な取り組み」と考えている。
運行ダイヤも国の認可を得て決まる。計画によると、運行時間帯は6~23時台とされ、JR宇都宮駅に停車する東北新幹線の始発・最終列車に対応するという。運行間隔はピーク時に約6分間隔、オフピーク時は約10分間隔。所要時間は各駅停車で約44分、快速で約37~38分。ただし、開業後しばらくはピーク時約8分間隔、オフピーク時約12分間隔の特別ダイヤとし、快速は運行しない。
期間限定で特別ダイヤを組む理由は、「開業後一定期間は運賃収受等にて時間を要する」ため。運賃収受方法は現金の場合とICカード乗車券の場合で異なり、周知に時間がかかると見込んでいる。どういうことだろうか。
LRT車両「ライトライン」の乗降扉は片側4カ所あり、各停留場で4カ所とも扉が開く。現金で利用する場合は乗るときも降りるときも進行方向の最前部(運転席後方)のみ。乗車時に整理券を受け取り、降車時に運賃表を確認して整理券と運賃を運賃箱に入れる。両替は千円札のみ対応する。一方、ICカード乗車券で利用する場合はすべての扉で乗降できる。乗車時に扉付近の下側にある緑色のカードリーダーにタッチし、降車時は上側にある黄色のカードリーダーにタッチする。
なるほど、慣れるまでに少し手間がかかるかもしれない。現金利用者が後ろの扉から乗ってしまった場合、運転席側に案内する必要がある。周知まで時間がかかることも予想できる。
ICカード乗車券は交通系ICカード全国相互利用サービスに対応しており、「Suica」「PASMO」など10種類のカードを使える。宇都宮市が展開する「totra」にも対応する。この「totra」の普及と活用こそが、芳賀・宇都宮LRTの成功の鍵を握ると筆者は考えている。自動車やバスの普及で衰退した路面電車を宇都宮市が新規建設した理由と、その解決に最も貢献するシステムだからだ。
■独自の割引機能がある「totra」
「totra」は宇都宮市の地域交通を利用できるICカード乗車券で、「Suica」の機能を併せ持ち、芳賀・宇都宮LRTでも採用予定。「totra」の名称は「総合的(total)な輸送(transportation)」に由来する。2021年3月21日からサービスを開始し、当初は宇都宮地域の関東自動車とジェイアールバス関東、宇都宮市の各地域で実施される「地域内交通」が採用していた。「地域内交通」は乗合タクシー等を使った公共交通サービスであり、宇都宮市の地域単位で実施されている。
宇都宮市が「Suica」をそのまま導入しなかった理由は、「Suica」の導入コストが大きいことに加え、地域独自のサービスを追加したかったから。こうした需要は多く、「Suica」を普及させたいJR東日本としても課題となっていた。そこで、「Suica」の開発に携わるJR東日本とソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ、JR東日本メカトロニクスが、「Suica」と地域交通ICカード機能を両方搭載できる「地域連携ICカード」を開発した。
「totra」は岩手県交通の「Iwate Green Pass」とともに、「地域連携ICカード」の初採用事例となった。宇都宮市は市内すべての中学生に「totra」を無償配布済みとするなど、普及に力を入れている。「totra」の地域独自サービスとして、「交通ポイントサービス」「宇都宮市の福祉ポイントサービス」「バスの上限運賃制度」「地域内交通とバスの乗継ぎ割引制度」の4種類が挙げられる。
「交通ポイントサービス」は、関東バスやジェイアールバス関東、地域内交通、芳賀・宇都宮LRTの運賃を支払った際に、運賃支払額の2%分がポイントとして貯まる。貯めたポイントは、次回の運賃支払額の全額となった場合に自動的に消費される。次回乗車時の運賃が200円だった場合、貯めたポイントが100ポイントの場合は一部消費とせず、200ポイント以上の場合に全額消費される。
「宇都宮市の福祉ポイントサービス」は、満70歳以上の市民に対し、年度内で10,000ポイントを提供。精神障がい者交通費助成も利用月数に応じて最大12,000ポイント提供される。
「バスの上限運賃制度」は、宇都宮市内限定で路線バスの1回乗車あたり片道運賃の上限を400円とする制度。小学生や障がい者は200円が上限になる。適用時間は9~16時。降車時刻が判定基準になる。この制度は交通系ICカード全国相互利用サービスのICカード乗車券にも適用される。
「地域内交通とバスの乗継ぎ割引制度」は、「地域内交通(乗合タクシー)」とバスを60分以内で乗り継いだ場合に、2乗車目の運賃が200円割引になる。
これら4つの制度のうち、「交通ポイントサービス」と「宇都宮市の福祉ポイントサービス」は芳賀・宇都宮LRTも対応する。「バスの上限運賃制度」については、芳賀・宇都宮LRTの最高運賃が400円なので差異はない。「地域内交通とバスの乗継ぎ割引制度」については、公式サイトで「乗継割引などのサービスも検討」とされている。これはぜひ実現してもらいたい。そうでなければ、LRTを整備する目的を達成できない。
■バスや地域内交通との乗継割引は必要
芳賀・宇都宮LRTは、「基幹的な公共交通手段を整備し、自動車交通の依存度を下げるため」という理由で建設された。宇都宮市が2003年に公開した「新交通システム導入基本計画策定調査報告書」によると、宇都宮市全体の夜間人口が増加し続ける一方で、中心市街地の人口は低下していたという。つまり、居住地と就業地が郊外に分散し、広範な交通サービスが行き届かなくなった。その結果、自動車の依存度が大きく、バス路線は駅周辺に集中したため、道路混雑が顕著になった。環境によろしくないばかりか、高齢者にとって移動しづらく、自動車運転の安全性も問題になった。
そこで、宇都宮市は新たな基幹公共交通を整備し、乗換え拠点を設置して、都心と郊外を行き来する人流を公共交通に、郊外の移動を自動車利用に振り向けようとした。停留場近辺には駐車場、駐輪場、複合乗継拠点等の施設を整備する。自動車については中心街区の外縁部に駐車場を整備し、面的な交通規制・誘導策を実施しつつ、郊外では自動車利便性に配慮した道路整備を行う。
芳賀・宇都宮LRTの沿線外からも都心へ向かう流れを作るため、乗換え拠点となる「トランジットセンター」を整備する。宇都宮駅東口停留場、宇都宮大学陽東キャンパス停留場、平石停留場、清原地区市民センター停留場、芳賀町工業団地管理センター前停留場の5カ所がトランジットセンターとなり、駐輪場、駐車場、バス停留所、地域内交通乗降場のいくつか、またはすべて併設される。
郊外から都心に向かう流れを考えると、トランジットセンターを利用してもらうためにも「バスとLRT」「地域内交通(乗合タクシー)とLRT」の乗継割引が必要になる。現状でも「バスと地域内交通」の乗継割引か行われているわけで、芳賀・宇都宮LRTに適用されなかった場合、都心部に向かうバスの利用者がLRTに移行しないだろう。
芳賀・宇都宮LRTに乗継割引が適用されると、宇都宮市中心部で運行するバス会社にとって乗客減につながる。ただし、バス会社にとっても都心部で重複するバス路線を整理し、郊外部での増発に加え、新たな路線を設定できるチャンスともいえる。熊本市はバス共同経営計画の中で、都心部のバス路線を整理し、郊外路線の運行頻度を高めつつ、運転手不足にも対応した。
「バスとLRT」による乗継割引の成功例として、富山ライトレール(現・富山地方鉄道富山港線)を挙げたい。JR西日本の鉄道路線だった富山港線をLRT路線に改造したとき、蓮町駅と岩瀬浜駅を拠点とするフィーダーバスが運行された。このバスは現在も富山地方鉄道に引き継がれ、運賃は市内電車210円・フィーダーバス210円、合計420円のところ、ICカード乗車券「えこまいか」「パスカ」の利用者に限って180円・100円、合計280円になる。富山ライトレールはLRT路線の先駆者だった。全国の自治体が視察に訪れたという。
公共交通は、LRT・バス路線それぞれ単体の線的な整備だけでなく、複合的で面的な組み合わせが必要になる。芳賀・宇都宮LRTも、トランジットセンターを整備したからには、そのことを理解しているはず。宇都宮市がLRTを整備した目的を達成するために、乗継割引はぜひとも実施してほしい。
「乗り鉄」としては、1日乗車券もぜひ実現してほしいところ。また、バスも含めた観光マップがあれば、休日を中心とした観光客は広範囲に移動する。すでに「Suica」を持っていても、新たに「totra」を購入して割引やポイントを得たほうがお得かもしれない。