5月31日、6月1日に第81期名人戦(主催:毎日新聞社・朝日新聞社)七番勝負第5局が行われ、藤井聡太竜王が94手で渡辺明名人を下し名人を奪取しました。 20歳10か月での名人獲得は谷川浩司十七世名人の最年少記録を約40年ぶりに更新する快挙、そして羽生善治九段が1996年に達成して以来、史上2人目の七冠達成となりました。 ここでは、最終戦となった第5局の内容を紹介しつつ、シリーズ全体を振り返ってみたいと思います。

序章 6歳の夢

6歳のとき、バースデーカードに「おおきくなったらしょうぎのめいじんになりたいです」と書いた藤井先生。ついにあと1勝でその夢が叶う、というところまできました。3勝1敗で迎えた名人戦第5局は、藤井先生が以前家族旅行で来たことがあるという長野県高山村の「藤井荘」で行われました。 藤井聡太と藤井荘。似てますね。藤井先生にとっては縁起の良さそうな対局場です。 5月31日の9時に始まった運命の一局は、序盤から目の離せない展開になりました。

第1章 雁木

まず注目されたのは藤井先生の作戦です。同じく後手番だった第3局では角換わりを拒否して雁木を採用して敗れています。今回はどうするのかと思いましたが、同じように序盤早々に角道を止めて雁木の構えをとりました。 以前は先手番でも後手番でも角換わりを志向していた藤井先生でしたが、AIによって角換わりは先手有利であることがわかってきた影響でしょうか、ここ数局は後手番で角換わりを受けていません。同様に渡辺先生も本シリーズで雁木を目指す将棋が多かったので、この名人戦は「雁木シリーズ」といっていい番勝負となりました。

藤井先生の雁木に対して、渡辺先生が菊水矢倉と呼ばれる低くて堅い陣形を組んだことで玉の堅さは渡辺先生に分がある展開になりました。これが雁木の難しいところで、バランスはいいのですが、堅くならないのが難点です。藤井先生も「こっちの玉が見た目よりも薄い形なのでちょっと苦しいのかなと考えていました」と対局後に述べています。 さらに雁木にはもう一つ大変なところがあって、角が使いにくいのです。序盤で自ら角道を止めるため仕方ないのですが、渡辺先生が「3手角」と呼ばれる動きで角を好位置に移動させたのに対して、藤井先生の角は使いにくい状態が続きました。

この辺り、藤井先生も苦戦を意識していたようで「序盤、組み上がりの辺りは、はっきり作戦負けになってしまったかなと思っていました。ちょっとその手前で何かもう少し工夫する必要があったんじゃないかとは思っています。(封じ手辺りは)少し苦しいのかなと思っていたので、どういうふうに勝負していくか考えていました」と述べています。 実際、AIの示す評価値もやや渡辺先生有利と出ていましたが、決定的な差がついたわけではありません。ここから「勝負師・藤井聡太」が本領を発揮します。

第2章 攻防に利いた2枚の角

渡辺先生が角銀交換の駒損をいとわず強襲したのが厳しく、受けが難しい場面。そこで藤井先生は手にした角を盤上に放ち、さらに自陣で眠っていた角を相手の金の前に飛び出します。こうして盤面中央に藤井先生の角が2枚並ぶ形になったのですが、この2枚の角の利きが絶大で、このあと盤面を支配することになりました。

渡辺先生としては2枚目の角を飛び出されたときにすぐに取ってしまったほうが良かったのかもしれません。対局後に「(角を飛び出された場面が)局面としても一番複雑だったかなと思う。そこで長考した結果間違えてしまったのが残念な将棋でした」と振り返っています。

藤井先生としては劣勢の状態から、角2枚の活用で息を吹き返した形になりました。 「序盤で失敗してしまって苦しい局面が長かったと思うんですけど、(角打ちから)勝負手ぎみにやっていって、結果的にその辺りから勝負形に持っていけたのかなと思っています」と局後に語っています。

話はそれますけど、この「結果的に」という言い方がいかにも藤井先生っぽいですね。劣勢の将棋を跳ね返したときに藤井先生がよく使う表現で、奥ゆかしいです。

将棋の話に戻りましょう。藤井先生が角の後ろの利きを使って渡辺先生の飛車を捕獲することに成功しました。渡辺先生の採用した菊水矢倉は飛車に弱い陣形なので、ここから藤井先生の鋭い寄せが炸裂します。歩頭に桂を捨てて、空いた空間に銀を放り込んで、あっという間に渡辺先生に受けがなくなってしまいました。いつもながら反撃に転じてからの最速の寄せには惚れ惚れします。94手で渡辺先生の投了、藤井新名人の誕生が決まりました。

第3章 自信

名人戦は4勝1敗で藤井先生のタイトル奪取という形で決着したわけですが、ここからはシリーズ全体を振り返ってみたいと思います。3月に両者で行われた棋王戦が「角換わりの研究勝負」だったのに対して、今回の名人戦は「雁木の力勝負」になりました。序盤の早い段階で前例のない局面に突入し、そこから互いの形勢判断と読みを頼りに指していく力比べ。一手一手創り出していくような将棋は、観ていてとても楽しかったです。 その未知の局面での力勝負において、今回はわずかに藤井先生が上回ったということだと思います。

渡辺先生はTwitterで「複雑な局面での正答率が本局もそうだけどシリーズ全体、というか2020年以降、この3年の戦いでの差となりました」と述べています。

渡辺先生はこれで19年振りに無冠となりました。しかしタイトルを保持していなくてもトップ棋士であることに変わりはありません。渡辺先生はよく自身について「羽生さんと藤井さんという二人の天才に挟まれた存在」と表現されますが、渡辺先生も将棋史に名を残す天才であり、時代を代表する大棋士です。また、大事な番勝負の最中でも、ご自分の気持ちを正直に、リアルタイムで発信し続ける姿勢を将棋ファンは見てきました。感謝しかありません。今でこそトップ棋士がSNSで発信することは珍しくありませんが、その先鞭をつけたのは間違いなく渡辺先生です。これからも素直な気持ちを出していってほしいですし、タイトル戦でその緻密な序盤戦術や細い攻めをつなげる一級品の技術を見せてくれることを期待しております。

一方の藤井先生ですが、本局の前後のインタビューでこれまでの藤井先生には見られない(と、島田が思う)発言がありましたので語らせてください。 まず第5局の対局前のインタビューから。第4局までの戦いを振り返ってどうだったか、という質問に対する回答です。

「ここまでの4局では1手ごとに考えて自分なりに納得のいく手を選べた将棋が多かったかなというふうに思っていますし、また明日からの一局もそういう将棋にできればというふうに思っています」

これ、珍しくないですか? 今までの藤井先生は番勝負の感想を聞かれた時「課題が見つかった」「判断がつかない局面が多かった」など、自分の至らなさに言及することがほとんどでした。ましてや番勝負の途中で「自分なりに納得のいく手を選べた将棋が多かった」と満足感を口にするのはとても珍しい。

「藤井先生でもこういうことを口にされることがあるんだなー」と思っていたら、対局後のインタビューでも似たような発言がありました。

「持ち時間9時間というのは初めてのことで、その中でしっかり考えて指すことができたなという思いもありますし、一方で考えても形勢判断や構想がわからなかったところもありましたので、その辺りは課題かなと思います」

後半はいつもの藤井調なんですけど、前半は自負を感じさせる言葉です。

人一倍(人百倍?)自分に厳しい藤井先生ですので、この名人戦に関しては時間を使って納得のいく手を指せたという手応えが本当にあったのだと思います。

名人戦という大舞台、持ち時間9時間をフルに使って力戦形の将棋を考え抜いたことで、藤井先生はまた一段階強くなったのではないでしょうか。自信をもって将棋の高みへの道を突き進んでいく藤井先生の姿が見えます。

七冠はもちろん、藤井先生にとっては八冠すら通過点かもしれません。 その天使のように純粋な翼でどこまで高く飛んでいくのでしょうか。その華麗なる飛翔をこれからも命ある限り見守って行きたいです。

名人戦、お疲れさまでした!

  • (写真は第81期名人戦七番勝負第5局のもの 写真提供:日本将棋連盟)

    (写真は第81期名人戦七番勝負第5局のもの 写真提供:日本将棋連盟)

島田 修二(将棋情報局)