シグリッドが日本で語る強烈な音楽愛、ジブリ映画の影響、ベルゲンで学んだこと

北欧はノルウェーから登場したシグリッド(Sigrid)は、2019年に1stアルバム『Sucker Punch』をリリースし、一躍国際的なポップスターとなった。しかし、そのアルバムに伴うツアーとして2020年5月に予定されていた初来日公演は、寝耳に水といえる新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより中止に。あれから3年を経て、2023年5月にようやく待望の初来日公演が実現。それまでの間に2ndアルバム『How To Let Go』をリリースし、イギリスではウェンブリー・アリーナで単独公演を行うなど、シンガーソングライターとして一段とスケールアップを果たした彼女は、ついに日本の地に降り立ったのだった。

5月25日に渋谷 duo MUSIC EXCHANGEにて行われた単独公演では(『Sucker Punch』のジャケット写真でもお馴染みの)白Tシャツにジーンズというラフな格好で登場し、スタジオ音源以上にパワフルな歌声を披露。ブリング・ミー・ザ・ホライズンと共作したロック・ナンバーである「Bad Life」をキーボードの弾き語りで披露するなどミュージシャンとしての地力の強さを見せつける圧巻の内容だった。また、バック・バンドのギタリストであるソンドレの誕生日を観客が祝福したり、アンコールでは日本のファンからプレゼントされたという「SIGRID」の名前入りのサッカーの日本代表ユニフォームを着用して登場するという展開もあり、多幸感すら漂う充実のライブ空間となった。

そんな単独公演の翌日に、シグリッドに語ってもらったのが以下の内容である。とにかく自分の好きな音楽について熱っぽく語る様子が印象的で、全身から音楽愛を強烈に放っている人という印象を受けた。そこが彼女の音楽の素晴らしさと直結しているのは間違いない。

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2023年5月25日、渋谷 duo MUSIC EXCHANGEにて(Photo by Yaona Sui)

―シグリッドさんがお好きなノルウェーのバンドであるハイク(HAJK)のボーカルの方の名前も「シグリッド」さんですが、「シグリッド」ってノルウェーではポピュラーな名前なんですか?

シグリッド:ハイクを知ってるのね!  ハイクは本当に大好きなバンドで、実はApple Musicのラジオ番組で一度DJをさせてもらったことがあるんだけど、その時に彼らにインタビューしてるの。それはともかくとして、「シグリッド」は「美しい勝利」を意味する古北欧語で、特に昔はポピュラーな名前だったみたい。私の「シグリッド」は曾祖母の名前にちなんだもの。

―あなたの本名は「シグリッド・ラーべ」さんですが、アーティスト名において苗字の「ラーベ」を省略しているのは匿名性を狙ってのものなんですか?

シグリッド:そんなこと初めて聞かれた(笑)。私が16歳の時に書いた最初の自作曲の「Sun」が、ノルウェーの国営ラジオ局で「月間イチオシ曲」みたいな感じでレコメンドしてもらえることになって、彼らのサイトに楽曲がアップロードされることになったんだけど、その時は苗字も込みの「シグリッド・ラーべ」名義だった。ただ、ノルウェーってファースト・ネームのみのアーティストが多いの。最近だと、たとえばアストリッド(Astrid S)、ダグニ(Dagny)、オーロラとか。だから、その後マネージメント契約をする段階になって、私もそれに倣って「シグリッド」にしたってわけ。もちろん「シグリッド」は本名だから、そこにはありのままの自分が表れてる。Tシャツにジーンズにスニーカーという今日の格好みたいにね(笑)。

Photo by Yaona Sui

―昨日のライブは本当に素晴らしかったです。スタジオ音源以上にパワフルな歌声で、はちきれんばかりのエネルギーを感じました。それで、どうやってあなたという人間が形成されていったのかを知りたいのですが、子供の頃からどのような音楽を聴いてきて現在に至るのでしょうか?

シグリッド:コールドプレイが最初に心の底から大好きになったバンドで、彼らの『Mylo Xyloto』が生まれて初めて買ったレコード。アデルの音楽からは歌声の使い方を教えてもらったし、エルトン・ジョンは私のソングライティングに大きな影響を与えている。ABBAも大好き。彼らはスカンジナビアのポップ・ヒーロー。アリアナ・グランデ、テイラー・スウィフト、レディー・ガガ、リアーナ、ビヨンセのようなポップ・アイコン達も私のインスピレーションの源。アークティック・モンキーズ、The 1975、トゥー・ドア・シネマ・クラブ、テーム・インパラのようなロック・バンドも大好き。ウォンバッツは子供の頃からよく聴いてたし、ウォー・オン・ドラッグスは私の最愛のアーティストの一つ。ニール・ヤングは私の家族のヒーローといえる存在だし、ボブ・ディラン、ジョニ・ミッチェルも最高。

日本のアーティストも大好きだよ。藤井 風はTikTokで発見して凄くクールだと思った。fox capture planやTOKYOPILLなんかもいいと思う。

―「A Driver Saved My Night」は、タクシーの中で流れてきた音楽に救われたという歌詞です。これは心の底から音楽を愛していて、本当に音楽に救われた経験のある人にしか書けない内容だと思います。

シグリッド:あれはスライとキャロライン・アイリンとの共作で、コペンハーゲンのスタジオでABBAの「Thank You For The Music」なんかを意識しながら書いた。音楽への愛と感謝を語る曲って意味でね。私は本当に音楽が大好きで、ヘッドフォンなしでは出掛けられないぐらい。四六時中に渡って音楽を聴いているといってもいい。ポップ・ミュージックの直接的な即効性はとてつもなく凄いと思う。心を一気に掴まれるし、最高の曲が聴けたら1日が一気に明るくなったりもする。そして再びその曲を聴くのが待ち遠しくて堪らなくなる。そんな感じで私はずっと音楽に夢中なの。歌詞の中の情景としては、ロンドンを車で移動している時を思い浮かべていたかな。

―ロンドンの話が出たので聞きたいのですが、アメリカやイギリスの音楽シーンと北欧の音楽シーンの違いを何か感じたりはしますか?

シグリッド:北欧の人間にとって英語は第2言語なこともあって、メロディを第一に考えている音楽が多いような気がする。私が曲を書く時もまずはメロディを先に作っていくし。歌詞を書く時はノルウェー語で考えてそれを翻訳したり、ノルウェー語の言い回しを英語に無理やり置き換えたりしてる。それが面白い結果や変な結果を生むこともある。たとえばブリトニー・スピアーズの「...Baby One More Time」はスウェーデン人のマックス・マーティンが作詞作曲してるんだけど、”Hit me, baby, one more time(お願い、もう1回ぶって)”というサビの歌詞は、彼的には本当は「もう1回電話して」という意味だったらしいの。そういう変なことがたまに起きるってわけ。

アメリカの音楽は私からすると歌詞重視って感じで、イギリスの音楽はフィーリング重視って感じに思える。あくまでも私見だけどね。

音楽の受け取られ方にも違いがある。イギリスやアメリカだと私の音楽は「オルタナティブ・ポップ」って感じで見られてるんだけど、ノルウェーだとあくまでも「ポップ」って感じで見られてる。まあ、ノルウェー訛りの英語で歌ってるから、そういう風に思われてるのかもしれないけど。

―歌詞の話が出たので、「Home To You」について聞かせてください。この曲は映画『イントゥ・ザ・スカイ 気球で未来を変えたふたり』の主題歌として発表されました。その後、歌詞を書き換えてコロナ禍のクリスマス・ソングとして再リリースされるなど、あなたのカタログの中でも非常に重要なナンバーになっていると思います。この曲は映画の内容を踏まえて書かれたのですか?

シグリッド:この曲は映画が完成する1年以上前にロンドンで書かれたもので、スティーヴ・マックとの共作。彼の自分の子供達に対する想いと、私が故郷を恋しく思う気持ちがミックスされて、あの曲になった。だから映画の内容と関連性があるわけじゃないんだけど、この曲を聴いた『イントゥ・ザ・スカイ』の制作者達が気に入ってくれたことで主題歌になった。

そして「Home To You」がクリスマス・ソングに変化していったのは自然な流れだと思う。あのクリスマス・バージョンは本当に気に入っているの。クリスマスは実家に帰って家族に会える大切な時間。この曲に込められていた想いがピッタリくるのはあのシーズンだから。

動画上が『イントゥ・ザ・スカイ』版、下がクリスマス・ソング版

ジブリ映画の影響、ベルゲンで学んだこと

―1stアルバムの『Sucker Punch』はシンセポップを基調としたサウンドでしたが、2ndアルバムの『How To Let Go』ではギターの存在感が増したりして曲調の幅が広がり、シンガーとしてもソングライターとしても大きくステップアップを果たしたように思います。1stアルバムをリリースしてから2ndアルバムまでの間にコロナのパンデミックなどもありましたが、2ndアルバムの制作過程において何か苦労はありましたか?

シグリッド:『Sucker Punch』も『How To Let Go』も誇りに思えるレコードだし、私の違った側面が表現されていると思う。ちなみに日本盤の『How To Let Go』はライブのセットリストを基に、その2枚のいいとこ取りがされているって感じ。

私って飽きっぽい人間だから、いつも違うことをやりたくなっちゃうの。ピアノの前に座ると創造性がとめどなく溢れてくる。確かに『Sucker Punch』はシンセポップが基調だった。そのツアーで本当に沢山のライブを経験したことで、『How To Let Go』はバンド・サウンドが基調になり、成長が感じられる内容になったと思う。そのレコーディング中にコロナのパンデミックになり、何ヶ月も実家に引きこもっていた時期もあった。恐ろしい日々だったけど、両親と再び一緒に生活することができたのは幸運だった。そしてツアーをしていた日々が恋しくなり、また旅行をしたいとも思うようになった。だから『How To Let Go』にはそうしたヘヴィな側面と、グラストンベリーなんかのライブ・フェスを渇望する気持ちが込められていると思う。

『How To Let Go』の制作中はパンデミックによる移動制限があったせいで、大半の作業はデンマークで行われたの。デンマーク人のスライと、ノルウェー人の私とキャロライン・アイリンが(外部との接触を遮断する)「バブル方式」で作業を重ねて曲を作っていった。今から思うと凄く奇妙な時間ではあった。その時に泊まっていたホテルは、客が私1人(笑)。昨年、そのホテルを再び訪れたんだけど、スタッフの人は私をちゃんと覚えていた。「たった1人のお客だったんですよ。そりゃあ覚えてますよ」って(笑)。でも、そんな状況だったせいで、創作に集中できたのも事実。音楽を作り続けることが、私にとっては暗闇に差す一筋の光だったから。

パンデミックは本当に多くのものを変えてしまったし、未来がどうなるのかも全く分からなくなり、本当に怖かった。音楽業界にとっても大打撃だったよね。だから今こうやって再びツアーなんかをできるようになり、色んな人と会えるようになって、自分がどれだけ多くの人に支えられていたのかを改めて実感しているところ。

―ところで、シグリッドさんはスタジオジブリがお好きということですが、そのきっかけは何だったんですか?

シグリッド:12歳頃かな。友達の家のお泊まり会で『千と千尋の神隠し』を観たのがきっかけ。最初はとにかくビックリした。湯婆婆が怖くて(笑)。でも、それと同時に好奇心をかき立てられもした。それまで自分が観てきたアニメとは全く違っていたから。大人も子供もそれぞれ違った形で楽しめる内容だと思う。ジブリ映画で一番好きなのは『ハウルの動く城』。あれはストーリーも音楽も全部が完璧。『思い出のマーニー』も好きだよ。ロンドンで舞台版の『となりのトトロ』を観たりもしてる。

ちなみに、私の曲の「Business Dinners」はジブリ映画から影響を受けているの。あの曲のサウンドエフェクトは私なりのジブリ映画の再現。ジブリ映画は音楽も本当に素晴らしいし。

―「Plot Twist」のミュージックビデオの中でクレア・ベルトンの『ねこのプシーン』を読まれていたのもシグリッドさん自身のチョイスかと思ったのですが違いますか? 「ねこのプシーン」は見た目がトトロっぽいので。

シグリッド:「Plot Twist」のビデオは当時のベルゲンでの私の生活がそのまま映像になっている。私はノルウェーのオーレスンで生まれ育って、高校を卒業した後にベルゲンに出てきた。当時は兄を含む6人の友達とフラットシェアで暮らしていたんだけど、『ねこのプシーン』はその家の本棚にたまたまあった本なの。だから見た目がトトロっぽいとかは関係がない(笑)。

フラットシェアは楽しかったな。家に200人ぐらいを集めてパーティをしたりとか(笑)。もちろん入れ替わり立ち替わりなわけだけど、家はずっとすし詰め状態で。

「Plot Twist」MV、『ねこのプシーン』が出てくるのは1:20〜あたり

―日本だとベルゲンの音楽は「ベルゲン・ウェーヴ」とも称されており、キングス・オブ・コンビニエンスやアニー、ソンドレ・ラルケ、ロイクソップなどが知られています。あなたはベルゲンの音楽シーンに対してどのような印象を抱いていますか?

ベルゲンは最高。私はベルゲンの大学で比較政治学を勉強してて、そこはすぐに中退しちゃったんだけど(笑)、音楽についてはベルゲンで本当に沢山のことを学べたと思う。オーロラとはベルゲンで知り合ったし、キングス・オブ・コンビニエンスやロイクソップのメンバーとも知り合いになれた。ノルウェーにおけるオルタナティブ・ミュージックのメッカって感じ。ベルゲンはノルウェーで最も国際的な音楽都市だと思う。私はベルゲンで切磋琢磨してきたからこそ、もっといいメロディを書かなきゃ、頑張って英語で歌詞を書かなきゃと思うようになった。ベルゲンのミュージシャンは国内だけじゃなくて、海外にも向かって音楽を発信しているという印象がある。だから日本でもオスロよりベルゲンの音楽の方が知られてるんじゃないかな。

ベルゲンには才能豊かなミュージシャンが沢山いるの。私の親友で、私の作品にも参加してくれているアシェル(Askjell)は最高のプロデューサーで最高のソングライター。マティアス・テレスもいいよね。彼がプロデュースしたカックマダファッカもいい。彼がメンバーのヤング・ドリームスは日本で売れたんでしょ? 彼らはテーム・インパラなんかに通じるところがあると思う。じゃあ、ドロップは知ってる? 綴りは「Dråpe」ね。彼らの『Relax/Relapse』は最高のアルバム。グレート・ニュース、チェーン・ウォレットなんかも素晴らしいよ。

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シグリッド

『How To Let It Go (Japan Edition)』

発売中 / 歌詞対訳解説付き価格:2,750円(税込)

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