4月は多くの人にとって、新生活をスタートさせるタイミング。新しい環境に身を置く人が増える季節だ。特に新卒入社を控えている人は、期待と不安が入り交じり、ドキドキしているのではないだろうか。

  • 著書『やり続ける力 天才じゃない僕が夢をつかむプロセス30』を手に微笑む内村航平さん

そんな人たちにおすすめしたいのが、体操選手として多くの功績を残した内村航平さん著書『やり続ける力 天才じゃない僕が夢をつかむプロセス30』(KADOKAWA)。同書では幼少期から現在までの実体験と、自己管理の秘訣、そして夢をつかむためのプロセスが丁寧に描かれている。

その内容はきっと新たな社会人生活のヒントになることが多いはず。今回は、著者であり体操界のキング・内村航平さんに話を聞いてみた。

■誘惑に負けそうになったことは?

彼が体操を始めたのは3歳のころ。2022年3月に現役を引退するまでに、個人総合の五輪2連覇、世界体操競技選手権6連覇などの偉業を達成したスポーツ界のレジェンドだ。

「ほかの選手よりも高い点数を出して、その結果で評価される勝負の世界。一番難しかったのは、技術面よりも"自分に勝つこと"でした。そのために、日々の生活と練習を何よりも大切にしていたように思います」

タイトルにもなっている"やり続ける"ことは、簡単そうに見えて実は難しい。これまでに、誘惑に負けそうになった経験は?

「もちろんありますよ、僕も人間なので(笑)。今日は練習に行きたくないなとか、今日は軽めの練習で終わらせようかなとか。でも、常に気持ちは切らさないように意識していましたね。例えば試合が終わったあと、みんなは飲み会に行ったりしますが、僕は行きません。一つ試合が終わった瞬間から、次の試合のスタートが始まっていると思うからです。一度リセットしてから次に向けて努力することも、もちろん間違いではないと思います。でも僕は、そうじゃないと思っていて。常に次を見据えることのできる人の方が強いんじゃないか、そして自分はそうあるべきだと思っていました」

その強い気持ちは昔からですか?と聞くと、「世界一になってからですね」という言葉が。自分自身の立場を理解したうえで、自分の在り方を決めたと話す。

「大学生の時は、騒いでいた時もありました。でも、その場は楽しいけれど、それが次につながるか? と言われたらつながらない。そう考えるようになってから変わったんだと思います」

■プレッシャーとうまく付き合うコツ

体操界で、内村航平という名前を知らない者はいない。日本のみならず、世界中から大きな期待を受け続ける生活の中、その期待というプレッシャーとうまく向き合えるコツは何だったのだろうか。

「自分を過大評価しないことですね。街で『頑張ってください』とか『応援しています』と声をかけていただくことは多かったですが、自分はそれほど大した人間じゃないって毎回思うようにしていました」

内村さんほどの人でも「自身がすごい」と思っていないなんて……。また、著書の中にも、「周りの期待はプレッシャーにならない」という章がある。詳しく聞いてみると、それは「緊張でいつもの演技ができなくなってしまうことの方がもったいない」と思い始めたのがきっかけだったそう。

「緊張することが無駄なのかなって。僕は、これまでの試合、結果や内容だけじゃなく、景色や感覚、すべてを覚えているんです。あの時どう感じていたのか、体にはどういうG(重力)がかかっていたのか。それは自分のことを自分が一番に分かっていないと、トップにはなれないと思っているから。それはスポーツの世界だけじゃなく、普段の生活や仕事にもあてはまることだと思います」

ただ、常に最高の状態を維持することもまた、難しい。自分の思い通りにいかない時は、どのようなマインドで向き合っていたのだろうか。

「そもそも最初からできると思っていなかったから、できるまでやる。できたらラッキーという考えでした。体操は特に、一つの技を覚えるためにかなり時間がかかります。そもそもできないというところから入って、どうやったらできるかを考え続けることを大切にしました。ひたすら、その繰り返しです」

■30歳にして初めての挫折

華々しい活躍の裏には、ケガに悩まされた時期もあった。初めて挫折を経験したのは、2019年。全日本選手権で初めて決勝に行けず、予選落ちした時のことだった。

「幸いなことに、それまでは本当に何事もなく順調でした。その時初めて体にもガタがきて、うまく練習もできない日々が続いたんです。ああ、これが挫折なのか……って。30歳くらいなので、だいぶ遅かったですね(笑)」

それでも諦めず、メンタルを維持できた理由とは?

「僕の場合は、東京オリンピックにいくという大きな目標があったので、諦めるわけにはいかなかった。なんとか気持ちだけでやっていました。もちろんやめるという選択肢もあったけど、やめてしまったら、ここから先、何においても諦める人生になってしまうかもって。初めての挫折だったので、これを乗り越えた先にしか見えないものがあるんだろうなと信じていました。また、きっとこの時に挫折を経験しないまま終わっていたら、人間の弱い部分を知らずに引退していたと思います。いま振り返れば体操選手として、人間として、すごく成長できた出来事だと感じています」

■「好き」が継続の原動力に

成功と失敗、どちらも味わったことがあるからこそ生まれる説得力がそこにはあった。改めて、「体操」という一つのことをこれだけ長く継続することできた理由を聞くと、

「一言で言うと、好きだからですね。好きだから始めて、ちょっとうまくなると責任が生まれて、ちょっとだけ義務になる。やる気が出ない日もあるけど(笑)、やっぱり体操が好き。そのサイクルはずっと変わりませんでしたし、その気持ちが僕の原動力でした」

これまでに「体操を嫌いになった日は一度もない」と言い切る。

「嫌いになりかけた……いや、そんな経験もありません。挫折を味わった2019年は、僕が体操を嫌いになったというより、僕が体操に嫌われかけたという表現が近い気がします。そっぽ向かれた、みたいな(笑)」

■社会へ飛び出す人へ

本の中には「いつまでも学び続けられる人間が一番強い」という文字が。ストイックな内村さんの言葉の数々には、読んだ者の背中を押してくれるパワーがある。

「引退してからは、体操の魅力を伝える活動をしています。現役の時と違って、金メダルを獲るとか、明確な最終目標がないからこその難しさも感じていますが、考えながらやっていきたいですね。普及活動って、きっと僕が生きているうちはずっとできること。もし、ショーをやるとなれば、また自分の体をいじめないといけなくなっちゃいますけどね(笑)」

普及活動をやっていきたい、そんなゴールなき次の目標を語る彼から、最後に社会へ飛び出す人々へのメッセージをもらった。

「僕も、大学を卒業してから社会人になり、仕事として体操をやっていました。学生から社会人になると責任感もありましたし、お金をもらうということで自分の意識が変わったタイミングでもあります。きっとその職場は、自分の意思で決めたはず。自分が頑張ることでお金をもらって生活するという責任感をずっと忘れずにいてほしいです」

『やり続ける力 天才じゃない僕が夢をつかむプロセス30』(KADOKAWA/1.650円)

  • 『やり続ける力 天才じゃない僕が夢をつかむプロセス30』(KADOKAWA)

(写真/曳野 若菜)