毎年春になるとニュースを賑わせる「春闘」。今年は大手メガバンクや自動車メーカーが満額回答を出すなど大幅賃上げを行う会社もあるようです。

全国的に賃上げが進む中、金利への影響はどうなるのでしょうか。住宅ローン比較サービス「モゲチェック」を運営する株式会社MFS取締役COOの塩澤崇さんに伺いました。

  • 大幅賃上げが進む中、日銀は利上げするのかMFS取締役COOの塩澤崇さんに聞く

    大幅賃上げが進む中、日銀は利上げするのかMFS取締役COOの塩澤崇さんに聞く

■今年の春闘の注目ポイントは?

――現在の賃金上昇の状況について教えてください

毎年3月に春闘が行われます。労働組合が次の年度の賃金アップを目指し、会社の経営陣と交渉します。今年の春闘ですが、例年と違って異変が起きています。それは賃金の大幅な上昇です。おそらくニュースでお聴きになっている方もいらっしゃるかと思いますが、労働組合が要求した賃金上昇に対して満額回答するケースが相次いでいます。

びっくりするケースとして、JALはなんと満額回答以上をしています。このように、今年の賃上げのニュースは、サラリーマンにとっては嬉しいお話と言えますね。

――今年はなぜ賃金が上がっているのでしょうか

背景としてあるのが、物価上昇です。今年の年初に、岸田首相が大手企業の経営者に対して「物価上昇率以上の賃金上昇をお願いしたい」と発言しました。これを受けて、経団連は「賃上げは社会的責務」と指針を発表しました。

例えば、コマツの会長は「近年に経験のない物価上昇を考慮し、業績にかかわらず広くベースアップ(ベア、賃金水準の引き上げ)を前向きに検討してもらいたい」と強調しました。

勿論、日本企業が儲かっているから、というのもありますが、それ以上に物価上昇の要素が強そうです。

――春闘のニュースでよく出てくる「ベア」とは何なのでしょうか?

賃金上昇は「定期昇給」と「ベア」の2つに分かれます。「定期昇給」とは、例えば年齢やスキルが上がるにつれて上昇する賃金のことです。年功序列的なものを考えていただければと。

一方、「ベア」はベースアップのことを意味し、年齢やスキルに関係なく、全社員一律で賃金を底上げすることを意味します。なお、賃上げで大事なのはベアの部分です。なお、今年の春闘ではベアは2%程度と近年にない高い水準となっています。

  • 春闘で満額回答を出した企業例

■「今年は利上げはない」そのワケは?

――金利への影響はどうなりますか?

以前、私は「賃金が上昇するまで、金利は上がらない」とお伝えしました。日銀がなぜ金融緩和を続けているのかと言うと、「賃金上昇→需要増加→物価上昇」の良い経済のサイクルを回すためです。そして、このサイクルの中で欠けているのが賃金上昇で、過去30年間、日本は賃金が上がっていません。

ですので、賃金が上昇すれば利上げには一歩近づくと言えます。では、今年利上げがあるのでしょうか? 私の考えは「まだ利上げはない」と考えています。

――「利上げはない」と考える理由を教えてください

理由は3つです。賃上げの効果を打ち消しかねない3つの不透明感がその理由です。

(1)賃上げの日本全体への波及

今回の賃上げですが、連合という労働組合組織が主導し、その賃上げ結果を集計しています。その組合員数は145万人です。日本全体では7,000万名近くの就労者がいますので、およそ20%の結果が分かっている状態です。裏を返せば、まだ80%の結果が分かっておらず、日本全体に賃金上昇が本当に波及しているかはまだ不透明です。

(2)賃上げの持続性

今回の賃上げの背景にあるのは物価上昇です。しかしながら、この物価上昇ですが2023年度の後半には低下することが予想されています。現時点では4%近い物価上昇ですが、2%を割り込むと日銀は想定しています。海外の資源高が収まることが原因として大きいです。 また、この夏から原発が再稼働すると言われていますので、日本の原油輸入量も低下するでしょう。そうなると、2024年度の賃上げが果たして今回のように高い水準で行われるかどうかが疑問です。「物価上昇だから賃上げする」という言葉の裏には「物価上昇がおさまれば、賃上げしない」ということも考えられ、賃上げが持続するかどうか不透明です。

(3)海外経済の減速

現在、欧米ではインフレが高止まりしており、利上げが継続されています。利上げによって金利が上昇すると、債券価格は下落します。

金融機関は収益を上げるために、融資に加えて債券の運用も行っています。ですので、この利上げは債券の含み損につながり、金融機関の経営には打撃になります。

この打撃をもろにくらったのがシリコンバレー銀行です。含み損から信用不安に陥り、取り付け騒ぎとなりました。そして経営破綻しました。この騒動から「金融機関は大きな含み損を抱えているのでは?」と世界中の投資家が疑心暗鬼となり、元々経営基盤が脆弱だったクレディ・スイスが次に目をつけられてしまいました。そしてUBSという別の投資銀行が救済合併しました。このように、欧米の金融機関の不調が目立っています。

今後、リーマンショックのように金融危機が起きるのかどうかはまだわかりません。ただ一つ言えることは、利上げ=経済へのブレーキですので、着実に欧米景気は減速に向かっています。そして、その影響が今後、日本にも出る可能性があります。

これら3つの不透明感を踏まえると、今年の春闘の結果だけを取り上げて、日銀が利上げするとは考えづらいと思います。

塩澤崇(しおざわ・たかし)/株式会社MFS 取締役COO

2006年に東京大学大学院情報理工学系研究科修了後、モルガン・スタンレー証券株式会社にて住宅ローン証券化ビジネスに参画。モーゲージバンクの設立やマーケティング戦略立案、当局対応を担当。2009年、ボストン・コンサルティング・グループで、メガバンク・証券・生保の国内営業戦略・アジア進出ロードマップ等の経営コンサルティングに従事した後、2015年9月より現職。