だいぶ暖かくなり、春が近づいているのを感じる。不思議なもので、気温が上がると「外に出て何かしたいな」とそこまで活動的ではない筆者でも思うのだ。特に衰えが激しい体力の減少は最低限に食い止めたい。

スイス発のスポーツブランド「On(オン)」が従来のシューズと異なるテクノロジーを採用したというシューズ、「Cloudsurfer(クラウドサーファー)」(1万8,480円)を3月23日より発売すると発表。

展示会で実際に見た同モデル、筆者のような「これからトレーニングに励みたい」と考える人に向いてそうだった。

  • 「Cloudsurfer(クラウドサーファー)」(1万8,480円)

Onの代名詞「クラウドテック」

ライフスタイルアイテムとして、普段履きに利用するユーザーも多いというOnのシューズ。

筆者も取材現場で愛用するが、その特徴は特許技術「CloudTec(クラウドテック)」システムだろう。アウトソールが凸凹の塊が連なる仕様で、見た目ですぐにソレと分かる。

  • Onといえば「アウトソールの凸凹の塊」が特徴

印象的なこの仕様の由来を少し紹介すると、同ブランドの創設メンバーの一人は元々トライアスロンに参加するようなプロアスリートだった。

「彼がアキレス腱を痛め、その痛みを無くすような快適な靴を作りたいと考えたのが出発点です」と同ブランドのPR担当を務める北井健人氏。そして、手持ちのシューズの裏に水撒き用のゴムホースを「ぶつ切りにして」付けた試作モデルが非常に良い感じだったのが、本テクノロジーの始まりだったと言う。

同社の設立は2010年で、日本法人が2015年4月に誕生。それ以来、On=クラウドテックだったといえるのではないだろうか。

「クラウドテック フェーズ」は何が違う?

しかし今回のクラウドサーファーは別のテクノロジーである「CloudTec Phase(クラウドテック フェーズ)」を採用し、見た目もまったく異なる。

  • 「CloudTec Phase(クラウドテック フェーズ)」テクノロジーを採用したソール

このソールの違いについて北井さんに聞いてみた。

――クラウドテックとの違いは?

「素材はまったく同じですが、製造工程が異なります。通常のクラウドテックは型に素材の液体を流し込み、形を形成した後に余分な部分(ゴミ)を手作業で取り除いていました。しかし、クラウドテック フェーズは航空宇宙やF1などでも使われるコンピュータ最適化技術『有限要素解析(FEA)』の力を活用することで余分なゴミが出ない作り方を可能にしています」。

加えて、最適化により「これまでに経験したことのない、高いクッション性と驚くほどスムーズな走行、着地を実現します」とも北井さんは言う。とはいえ、アスリート志向のランナー向けというものでもないようだ。

  • アウトソールの薄いラバーパッドが「あらゆる路面状態」で高いトラクションと耐久性を発揮

――どういうユーザーに履いてもらいたい?

「レースに出る方でも、そこまでハードに走らない人でも愛用してもらえると思います」

「スピードボード」を外した理由

加えて、もう一つ大きな変化がある。他のモデルはミッドソールとアッパーの間に樹脂製の「Speedboard(スピードボード)」というプレートが入っていて、推進力として働く。

しかし、クラウドサーファーにはスピードボードがないのだ。日本法人の創業メンバーの一人でもある前原靖子さんにその意図を聞くことができた。

――スピードボードを非搭載にした理由は?

「スピードボードは反発と前に押し出す推進力のために存在しますが、クラウドサーファーは新しい形状で『十分に推進力を生み出せる』のが一番の理由です。本シューズの特徴である、ドミノ倒しのように、次々と崩れて連動するローリングモーションにより、前に進む力を作り出してくれます」。

  • 「クラウドテック フェーズ」がローリング動作を可能にする

また、もう一つの理由として、スピードボード用の資材を減らすことでサステナビリティにもつながるとも指摘する。繰り返すが、新しいテクノロジーで十分な推進力を得られ、かつ持続可能な社会を目指す企業としての姿勢を示す、この二つが判断理由だったのだ。

この結果、シューズとしてのパフォーマンスは変わらないが、履き心地は異なるそうだ。

スピードボードを搭載するシューズは反発力、同社の言葉では「爆発的な蹴り出し力」となり、クラウドサーファーでは「スムーズに前へ足を進める」と説明する。

「マラソンを完走目的で長く走る、という場合は推進力、クッション性能がランナーを助けてくれるでしょう。もちろんトレーニングにも最適です。でもフルマラソンで3時間未満を達成する、という人は別のモデルが良いでしょう」

足は繊細である

自分たちの強みである二つのテクノロジーを使わず、別のものを製品に落とし込む。言葉にすると簡単だが、非常に勇気のいることであり、大きな決断だろう。にもかかわらず、Onはそれを選択した。

この判断について前原さんの次の言葉が非常に印象的だった。

「シューズの開発メンバーがよく『足は非常に繊細で、小さな砂粒のようなものがあるだけでも違和感を持ち、気になってしまう』と言います。つまり、自分の足が気持ちいいと感じる状態は、走ることに大きな影響を与えるのです」

  • 全モデルを履くのが理想だが……

Onのシューズはレース向け、トレイルランニング向け、街履き向けなどモデルごとで履き心地は異なる。すべてのモデルを履いて試すことは難しいかもしれないが、自分の足に合うシューズに出会うことを楽しんでほしい、そうした喜びがあるのではと話す。

大会での記録を意識する人はパフォーマンス重視のシューズ。筆者のような体力維持が目的のランナーには、走る習慣を長続きさせる「足が心地よいと思う」シューズが望ましく、それぞれの走る目的やモチベーションは異なる。

同社があえて別のテクノロジーを採用したシューズを出すのは、ごく自然なことなのだろう。