2023年4月1日から、「5年前みなし繰下げ」制度が施行されます。年金の繰下げ受給を選択せずに、年金の一括受給を希望する人に関わってくる制度です。この制度によって、年金額がいくらになるのか、具体例をあげてわかりやすく解説します。

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■年金の繰下げ受給の仕組み

年金制度改正により、2022年4月から年金の受給開始年齢の上限が70歳から75歳まで引き上げられました。ひと月繰下げるごとに0.7%増額されるので、最大84%の増額が可能となりました。繰下げ受給の選択の幅が広がったことで、新たな問題も出てきています。順を追って説明していきます。

*繰下げ受給をする方法

65歳になり年金の受給権が発生しても、年金の請求をしないでおくと「繰下げ待機」という状態になります。たとえば、68歳になって繰下げた年金を受給したいと思えば、そこで請求をすれば、3年分の増額された年金を生涯受け取ることができます。

つまり、繰下げ受給は、始めから繰下げる期間を決めておく必要はなく、年金の手続きをしなければ自動的に繰下げているとみなされます。

この期間は繰下げ待機期間となります。そして、受給したいときに年金の請求をすれば、65歳の受給権発生時から請求があった期間までの繰下げによって増額された年金を、以後受け取ることができます。

※老齢基礎年金と老齢厚生年金を別々に繰下げる場合は、65歳に到達する3カ月前に送られてくる年金請求書で、繰下げに関する意思表示をする必要があります。

*本来受給の老齢年金を請求することもできる

受給権が発生しても手続きをしないでいる「繰下げ待機」の状態から、繰下げ受給を選択せずに、本来受給の老齢年金を請求することもできます。本来受給というのは受給権が発生した65歳での受給のことです。65歳に遡って受給したこととされ、65歳から、請求をした時点までの、増額なしの年金を一括で受給することができます。

"繰下げ受給をしようと年金の請求をしないでいたけれど、急にまとまったお金が必要になった"ケースでは、本来受給の請求による年金の一括受け取りは選択肢の一つになります。

*年金には時効がある

「年金を受ける権利(基本権)は、権利が発生してから5年を経過したときは、時効によって消滅します。(国民年金法第102条第1項・厚生年金保険法第92条第1項)」

改正前の繰下げ受給は70歳が上限だったため、70歳までに請求をすれば、時効の消滅はありませんでした。これが改正によって75歳になったことで、70歳以降に繰下げ受給を選択せずに、本来受給の請求をした場合は、5年以上前の老齢年金については、時効消滅によって、受給できなくなるケースが出てきました。そこで、「5年前みなし繰下げ」制度が導入されました。次項で詳しくみていきましょう。

■5年前みなし繰下げとは

「5年前みなし繰下げ」とは、70歳以降80歳未満の間に、本来受給の老齢年金を請求する場合に、5年前に繰下げをしたとみなす増額制度です。2023年4月1日から施行されます。

これまで、70歳以降になってから、繰下げ受給を選択せずに本来受給の年金の請求を行った場合は、5年以上前の年金については時効により受給できませんでした。「5年前みなし繰下げ」の導入によって、70歳以降80歳未満の間に、繰下げ受給を選択せずに本来受給の請求をした場合、請求の5年前に繰下げの申出があったものとみなして、5年以上前の年金については、繰下げ待機期間となり、その月数に応じた増額が行われるようになります。

  • 5年前みなし繰下げとは/日本年金機構「老齢年金ガイド 令和4年度版」をもとに筆者作成

「5年前みなし繰下げ」が適用されるのは、1952年4月2日以降に生まれた人(または2017年4月1日以降に受給権が発生した人)で、2023年4月1日以降に年金の請求を行う人が対象となります。つまり、2023年度以降に71歳になる人から適用されます

■具体例をみる

Aさんは2023年度以降に71歳になります。Aさんが65歳で受け取れる年金額(本来受給の額)は120万円です。Aさんが71歳時点で繰下げ受給をした場合と、本来受給を選択して一括受け取りをした場合を考えてみましょう。

●繰下げ受給をした場合

71歳で繰下げ受給をするので、0.7%×72カ月=50.4%の増額となります。180万4800円に増額された年金を生涯受け取ることができます。

●本来受給を選択した場合

本来受給を選択した場合は、5年前みなし繰下げが適用されます。この場合、71歳の5年前、66歳に繰下げ受給をしたとみなすので、0.7%×12カ月=8.4%増額となります。130万800円に増額された年金の5年分、 650万4000円を一括で受け取ることができます。その後は増額された130万800円の年金を生涯受け取ることができます。

Aさんが2022年に71歳になっていた場合も考えてみましょう。71歳で繰下げ受給を選択した場合は先程の例と同じですが、本来受給を選択した場合はどうなるでしょうか。

●本来受給を選択した場合

5年前みなし繰下げは適用されないため、71歳の5年前、66歳より前の年金(65歳から66歳までの1年分)は時効により消滅します。そのため受け取ることができるのは本来受給で計算された額の5年分となり、600万円が一括で支払われます。その後は増額なしの年金を生涯受け取ることになります。

■まとめ

このように本来受給を選択した場合の取り扱いがだいぶ変わることがわかります。5年前みなし繰下げが適用されない場合は、請求した時点での繰下げ受給を検討した方がいいかもしれません。

年金制度は今後も頻繁に改正されていくと思われます。受給開始時期の選択が増えることはいいことですが、一方で制度が複雑化していき、わかり難くなっていることは否めません。そうなると、無難に繰上げも繰下げもしない本来の受け取り方を選択することになり、選択肢が増えても意味をなさなくなります。自分にあった年金の受け取り方がわからなければ、年金事務所や年金相談センターで相談してみるとよいでしょう。