11月25日、東京都は「都心部・臨海地域地下鉄構想」について事業計画案を発表した。JR東京駅の北東に隣接する地下駅を起点とし、中央区と江東区の東京湾埋立地を串刺しのように結ぶ。駅は「新銀座(仮称)」「新築地(仮称)」「勝どき(仮称)」「晴海(仮称)」「豊洲市場(仮称)」「有明・東京ビッグサイト(仮称)」に設置予定。総延長は約6.1km。

  • 赤い点線が東京都発表の「都心部・臨海区域地下鉄構想」。黄色の点線が有楽町線分岐延伸で、2030年半ばの開業予定。青い実線は現在の東京BRT(地理院地図を加工)

開業効果として、晴海地区の鉄道空白地域解消、東京駅~東京ビッグサイト間のアクセス改善、築地旧市場と豊洲新市場の直結による観光アクセス向上、銀座を経由した都内各地と臨海地区のアクセス改善が見込まれる。概算事業費は約4,200億~5,100億円。費用対効果は「1.0」以上。30年以内に累積資金収支を黒字転換できる見込み。地下高速鉄道整備事業費補助または都市鉄道利便増進事業費補助を活用するという。報道によると、開業目標は2040年頃とのことで、いまから18年も先の話ではある。

■晴海地区の発展を促す

最も大きな意義は晴海地区の鉄道空白地帯解消だろう。「月島4号地」と呼ばれた埋立地で、1959年から1996年まで設置された「東京国際見本市会場(晴海貿易センター)」は東京モーターショーやビジネスショー、コミックマーケットの開催地としてにぎわった。1964年に開設された晴海船客待合所は税関を備えた国際船受入施設で、1991年から晴海客船ターミナルに建て替えられ、2022年4月まで供用された。

それにもかかわらず、軌道系アクセスは整備されていなかった。近隣の月島(月島1号地)は1988年に営団地下鉄(現・東京メトロ)有楽町線の月島駅が開業し、勝どき(月島2号地および3号地)は2000年に都営大江戸線の勝どき駅ができた。豊洲は有楽町線のほか、2006年に新交通ゆりかもめが開業した。これらの駅は晴海にとっても最寄り駅になるが、隣の島へ橋を渡る必要がある。勝どき駅から晴海までは徒歩20分。公共交通機関は路線バスのみとなっている。

晴海は東京駅に近いものの、直行できる手段は路線バスしかなかった。2020年に運行開始した東京BRTが東京オリンピック・パラリンピック以降に晴海を経由している。

晴海にあった国際見本市会場の役割は東京ビッグサイトや千葉県の幕張メッセに移り、国際客船ターミナルの役割も客船の大型化によって横浜港や東京国際クルーズターミナルに移った。これらは規模だけの問題ではなく、晴海には軌道系アクセスがなく不便という事情もあった。

不人気な土地が見直されたきっかけは、東京オリンピックの招致活動だった。東京都は2005年に、2016年夏のオリンピックを招致する構想を立ち上げた。余地のあった晴海にメインスタジアムを建設する。軌道系アクセスとして、中央区が独自にLRTを計画した。しかし、オリンピック招致は失敗し、計画は白紙に戻る。再チャレンジして誘致に成功した2020年東京オリンピックでは、晴海地区に選手村としてマンション群を建設。開催後に分譲し、あわせて再開発に着手。「HARUMI FLAG」の名でまちづくりが行われている。

「HARUMI FLAG」は分譲・賃貸合わせて総戸数5,632戸の規模で、入居者数は約1万2,000人を想定する。通勤通学に大きな移動需要があり、鉄軌道が必要な規模になる。マイカーが橋に集中すれば渋滞し、路線バスでは容量が足りない。ゆりかもめを豊洲駅から晴海方面へ延伸する計画があるものの、晴海を終点にすると都心方面は遠回りになる。そこで東京BRT、LRT、地下鉄などが検討されてきた。

  • 「都心部・臨海地域地下鉄」と周辺の鉄軌道路線(地理院地図を加工)

これとは別に、江東区は2014年に汐留、築地、豊洲、有明(東京ビッグサイト)を結ぶロープウェイ構想を明らかにしていたが、進展していない。おもに観光需要を意図した構想のようで、大規模住宅地の通勤通学需要を満たさないだろう。しかし、これはこれで開通したら面白そうではある。2021年4月に横浜で都市型観光ロープウェイ「YOKOHAMA AIR CABIN」が開業しており、人気スポットになっているようだ。

■中央区「南北縦貫路線」の悲願成就へ

中央区にとって、臨海部の交通アクセスは懸案のひとつ。とくに晴海地区は鉄軌道アクセスがなく、この地域を含めた中央区南北交通軸が課題となっていた。しかし、事業コストが大きいため、区の取組みには限界がある。江東区の有楽町線延伸のように、東京都、国などに要望する一方で、自費で事業可能性を調査してきた。

その好機が東京オリンピック開催だった。前出の通り、2016年の東京オリンピック招致ではLRTの建設を検討していた。2013年に2020年東京オリンピック招致が決定すると、2014~2015年度にかけて独自に「地下鉄計画検討調査」を実施した。このときの調査は銀座付近と国際展示場駅を両端とし、「築地地区、勝どき地区、晴海地区、市場前地区にそれぞれ駅を設置して4駅とする場合」「勝どき地区、晴海地区を統合して3駅とする場合」を比較している。

ルートは3案あり、晴海通りと環状2号線の間を通るAルートと、晴海通り直下を通るBルート。Bルートは晴海大橋直下を大深度で進むB-1ルートと、晴海大橋を南側に避けるB-2ルート。所要時間は5駅設置で7.5分、6駅設置で8.5分。5両編成でピーク時は1時間あたり15本、オフピーク時は1時間あたり8本を運行する。運賃はりんかい線(東京臨海高速鉄道)並みとし、初乗り206円、全区間で267円とする。輸送密度は6万5,900~8万6,300人/日で見積もった。その結果、計算期間30年でAルートとB-2ルートの便益比は「1.0」。計算期間50年でB-2ルートの便益比は「1.2」となった。

国土交通省の交通政策審議会は、中央区の調査結果を「国際競争力の強化に資する鉄道ネットワークのプロジェクト」と評価。2016年の「東京圏における今後の都市鉄道のあり方について(第198号答申)」にて、「都心部・臨海地域地下鉄構想の新設及び同構想と常磐新線延伸の一体整備(臨海部~銀座~東京)」を位置づけた。ただし、「検討熟度が低く構想段階であるため、関係地方公共団体等において、事業主体を含めた事業計画について、十分な検討が行われることを期待」「常磐新線延伸を一体で整備し、常磐新線との直通運転化等を含めた事業計画について、検討が行われることを期待」と付記されている。

中央区はこれを受けて、2000年に「令和2年度地下鉄新線検討調査委託報告書」を作成した。ルートは前出の調査のB-1ルートに絞り、「新銀座~新国際展示場」「秋葉原~新国際展示場(秋葉原~東京はつくばエクスプレス乗り入れ)」で諸データを更新した結果、計算期間30年で前者は費用便益比「1.3」、後者は「1.9」となった。臨海部地下鉄は投資に値する。

■つくばエクスプレス直通に期待

さらに追い風が吹く。2021年に交通政策審議会は「東京圏における今後の地下鉄ネットワークのあり方等について(第371号答申)」をまとめた。この答申は東京メトロの完全民営化と、国が東日本大震災からの復興財源として東京メトロ株を売却するにあたり、その前に有楽町線分岐延伸と南北線延伸を推進するという意味合いがあった。そこに「都心部・臨海地域地下鉄構想」が再掲された。東京都の事業計画案はこれを踏まえたものだ。

検討区間は新銀座起点から東京駅起点に変更された。東京駅の八重洲側は中央区にある。ただし、東京駅自体は千代田区にある。中央区の調査では千代田区側に及ばなかったものの、東京都案に格上げしたため、東京駅直結案が導き出されたといえる。

ただし、つくばエクスプレス秋葉原駅への延伸・直通は先送りとした。つくばエクスプレスは構想の初期段階では東京駅起点だった。国鉄第二常磐線として構想され、1985年の運輸政策審議会答申第7号で東京駅を起点とした常磐新線と位置づけられた。しかし、国鉄が分割民営化されると、JR東日本は撤退。第三セクターの首都圏新都市鉄道による運営となった。筆頭株主は茨城県、次いで東京都、千葉県など沿線自治体が出資している。

つくばエクスプレスは建設にあたり、東京~秋葉原間の建設を見送った。建設資金を調達できたとしても、経営が安定するまでは資金を手元に置きたいという意向があったといわれている。2000年の運輸政策審議会答申18号で、東京~秋葉原間は「今後整備について検討すべき」に変更された。いまのところ、つくばエクスブレスによる事業計画はなく、事業主体も決まっていない。「都心部・臨海地域地下鉄」として秋葉原駅に延伸する可能性が高まってきた。

つくばエクスプレスと相互直通運転できれば、東京都足立区、埼玉県八潮市・三郷市、千葉県流山市・柏市、茨城県守谷市・つくば市と東京臨海地区が直結され、新たな交通需要も期待できそうに思える。晴海地区のニュータウンに住む人々にとっては、秋葉原直結がうれしいだろう。東京都は臨海部を「世界から人と投資を呼び込み、東京と日本の持続的成長を牽引する未来創造域」と位置づけており、つくば研究学園都市との相乗効果、国際的観光地になった浅草との直結も魅力になる。

■運営は都か第三セクターか

「都心部・臨海地域地下鉄」を東京都が主体的に整備するなら、東京都交通局の担当となるところだが、東京都の事業計画案には事業主体について明記されていない。事業の枠組みとして、「地下高速鉄道整備事業費補助」または「都市鉄道利便増進事業費補助」の利用を想定していることから類推できる。

「地下高速鉄道整備事業費補助」は鉄道・運輸機構の助成事業で、補助対象は公営事業者、東京地下鉄、大阪都市高速鉄道、関西高速鉄道となっている。こちらを利用する場合は東京都交通局あるいは東京メトロが事業主体となる。補助対象経費は35%。「都市鉄道利便増進事業費補助」は国土交通省の事業で、補助対象は第三セクター等公的主体となっている。補助対象経費は全体の3分の1。どちらも(ただし自治体が同額の出資すること)が条件になっている。

東京都交通局は臨海地区で都営大江戸線を運行しており、東京都が9割以上を出資する第三セクター、東京臨海高速鉄道がりんかい線も運行している。ゆりかもめは東京都が約85%を出資する「東京臨海ホールディングス」の傘下にある。筆者は鉄道路線の施設の類似性から、東京臨海高速鉄道がふさわしいと思う。新たに別の第三セクター会社を作ってしまうと、臨海部の移動に各社局の運賃が加わりすぎ、利用者の負担が増える。

東京都の計画では、羽田空港方面の接続も視野に入れているから、国際展示場駅でりんかい線に接続し、できれば大崎方面へ直通してほしい。その上で、JR東日本が建設中の羽田空港アクセス線に東京貨物ターミナル駅をつくり、りんかい線と乗換え可能にする。できればここも直通してくれると、臨海部の魅力は向上するだろう。

いっそのこと、東京都がJR東日本にりんかい線を売却し、その資金で「都心部・臨海地域地下鉄」を建設する案も検討してほしい。りんかい線がJR東日本の路線になれば、京葉線直通による運賃精算問題も解決し、千葉県方面から羽田空港直通もやりやすくなる。京葉線直通については、「都心部・臨海地域地下鉄」の完成を待たずに取り組んでほしい。「都心部・臨海地域地下鉄」は臨海部の公共交通再編のチャンスになるかもしれない。