昨夏の東京五輪準決勝で、日本は延長戦の末にスペインに屈した。スコアこそ0-1ながらボール支配率で大差をつけられ、防戦一方で疲弊した日本は反撃に出る力をも削がれてしまった。

そして、システムと基本的な戦い方はそのままに、W杯での戦いではスペインのメンバーがスケールアップしていた。昨夏の借りがある東京五輪世代の攻撃陣は前線から連動してプレスをかけ続けたいと望み、ボランチから後ろの選手たちはリスクが大きすぎると難色を示した。

1人でも意見の相違があれば、戦い方の瓦解につながる。結果として守備のブロックをしっかりと形成して、両チームともに無得点の時間をできるだけ長くするプランが共有された。ただ、こうもつけ加えられていた。吉田は言う。「負けていたら前からはめにいく」と。

開始早々に隙を突かれてスペインに先制され、青写真が崩壊しかけた状況で必死に踏ん張り、0-1のままで戻ったハーフタイムのロッカールーム。誰からともなく声があがった。 「前からどんどんプレスをかけていこう」

異を唱える声は上がらなかった。スペインに負けた時点で、同時間帯に行われているドイツ対コスタリカの結果に関係なく敗退が決まる。虎穴に入らずんば虎子を得ず。リスクを背負い、鬼気迫る表情で前線から仕掛け続けたプレスが、スペイン守備陣をパニックに陥れた。

後半のキックオフから3分。バックパスを受けた相手キーパーとの距離を、FW前田大然(セルティック)が猛然と詰める。そして、キーパーからパスを受けた左サイドバックへ、待っていましたとばかりに右ウイングバックの伊東純也(スタッド・ランス)がプレスをかけてボールを奪う。

こぼれ球を拾ったのは後半から投入されたMF堂安律(フライブルク)。相手のマークが甘いなかを前へ持ち運んで強烈なミドルシュートを一閃。殊勲の同点ゴールを不敵に振り返った。

「あの位置でフリーにさせると、堂安律という選手は危ないんですけどね」

3分後には逆転ゴールが生まれる。右サイドから堂安が送ったクロスが合わず、反対側のゴールラインを割りかけた直後だった。前田、その外側を同じく後半から投入されていたMF三笘薫(ブライトン)が必死に追う。そして、三笘がぎりぎりでゴール中央へ折り返した。

ボールが来ると信じて詰めてきていた、ボランチの田中碧(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)が体で押し込んだ。三笘が折り返す前にゴールラインを割ったとして、主審はゴールを認めなかった。しかし、直後にVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が介入する。

判定を待つこと約2分。ボールのほんの一部がゴールライン上に残っていたと判定され、田中のゴールが正式に認められた。歓喜の瞬間に抱いた心境を、三笘はこう語っている。

「1ミリでも(ゴールラインに)かかっていればいいな、と思っていました。(ゴールが)認められた後は(自分の)足がちょっと長くてよかったと思いました」

戦法を変えて後半へ臨む前に、吉田は「10分ぐらいまで前からプレスをかけにいこう」と声をかけている。前線からの連動したプレスは、自分たちの体力をも奪う諸刃の剣でもある。時間限定で乾坤一擲の勝負をかけ、東京五輪の悔しさを知る選手たちが数分の間に結果を出した。