10月19日、「亀有・金町の鉄道問題を考える会」という市民団体が、JR東日本、東京メトロ、国に損害賠償を求めて提訴した。賠償額は2万6,980円。亀有駅と金町駅はJR東日本の駅にもかかわらず、両駅から都心のJR駅へ向かう場合、初乗り運賃を3回払う必要がある。これが納得いかないという。

  • 常磐線各駅停車のE233系。東京メトロ千代田線に乗り入れ、代々木上原方面へ運行される

JR常磐線の起点は日暮里駅だが、同駅を経由するすべての列車が上野方面へ直通し、上野東京ラインとして品川駅まで乗り入れる列車もある。亀有駅と金町駅も常磐線の駅だが、両駅から都心に向かう電車はすべて東京メトロ千代田線へ直通するため、上野駅まで乗換えなしで行くことができない。

亀有駅でJR線の運賃を払って電車に乗ったら、千代田線に入った段階で東京メトロの運賃がかかる。西日暮里駅でJR線に乗り換えて上野駅へ行く場合、再びJR線の運賃がかかる。このとき、亀有駅から上野駅までの運賃(西日暮里駅経由)はIC乗車券で361円となる。

  • 亀有駅、金町駅に停車する常磐線各駅停車はすべて東京メトロ千代田線に直通する(地理院地図を加工)

亀有駅と金町駅から常磐線だけで行きたい場合、北千住駅で上野方面の列車に乗り換える方法がある。このときの運賃はIC乗車券で220円。西日暮里駅経由と比べて141円も安い。141円というと大したことないように見えるが、「約4割安い」といえば料金差を実感しやすいだろうか。

ただし、北千住駅での乗換えを面倒だと感じる人も多いだろう。亀有駅と金町駅に停車する電車は、地下2階の東京メトロ千代田線ホームに着くため、地下1階に上がって連絡通路を通り、地上2階のJR常磐線(快速)ホームに行く必要がある。そもそも常磐線に乗り続けるために、なぜこんなに苦労する必要があるのか、という気持ちはよくわかる。筆者も経験したが、北千住駅は利用者の多い駅だけに、実際にやってみると本当に面倒くさい。

  • 北千住駅で乗り換える場合と乗り換えない場合の運賃比較

まとめると、「亀有駅と金町駅から楽なルートを選ぶと運賃が高い」「北千住駅で乗り換えると安くなる。ただし乗換えが面倒」ということになる。

■約50年前の「遺恨」とは

この問題、もはや気にならない世代のほうが大多数かも知れない。山手線の内側にある駅に行くなら千代田線直通のほうが便利だし、山手線の駅のほとんどは東京メトロを乗り換えて到達できる。北千住駅で東武スカイツリーライン、つくばエクスプレスにも乗り換えられるし、東京メトロ日比谷線への乗換えで上野駅にも行ける。乗換検索アプリで調べても日比谷線経由が候補に出てくる。北千住駅でのJR線同士の乗換えは、数ある選択肢のひとつにすぎない。

市民団体が提訴するほど問題にした理由のひとつに、1971(昭和46)年まで両駅から上野方面へ直通していたにもかかわらず、同年以降に不便になったことが挙げられる。朝日新聞の報道によると、原告代表は74歳で、社会人になりたての頃、常磐線が不便になってしまったという。同感の世代も多いだろう。しかし、「昔は良かった」では片づけられない。北千住駅での地下2階から地上2階への乗換えは、とくに高齢者にとって負担が大きい。主張のスジは通っている。

発端は国鉄の実施した「通勤五方面作戦」だった。首都圏の人口集中による混雑を緩和するため、放射状の主要路線を大胆に改良した。東京~大船間で東海道線と横須賀線を分離して複々線並みの輸送力とし、中央線は中野~三鷹間を複々線化して中央線快速と中央・総武線各駅停車に分けた。東北本線は赤羽~大宮間で京浜東北線を分離独立させ、総武本線は東京~錦糸町~千葉間に快速線を増設して東京駅へ乗り入れ、横須賀線との直通運転を開始した。中央線と総武線については、営団地下鉄(現・東京メトロ)東西線と相互直通運転を行うことで、都心区間の旅客分散を図った。

常磐線も北千住~取手間を複々線化し、各駅停車と快速・中距離電車を分離した。このときに日暮里駅や上野駅まで複々線化したいところだったが、ここに入り込む余地はないし、国鉄に地下新線をつくる余裕もなかった。そこで、1962(昭和37)年に都市交通審議会が示した「東京8号線」(現・千代田線)の延伸部である北千住~松戸間を組み入れた。常磐線は各駅停車用の線路で地下鉄千代田線と相互直通運転を行うことになった。常磐線各駅停車の利用者が山手線など国鉄の路線に乗り換えられるように、山手線に西日暮里駅をつくった。

こうして、国鉄と営団地下鉄の境界駅は北千住駅に……と言いたいところだが、実際には綾瀬駅が境界駅になっている。営団地下鉄は北綾瀬に車両基地を建設する計画があり、分岐に適した駅が綾瀬駅だった。国鉄としても、予算を削減したかったから好都合だろう。結果として、北千住~綾瀬間は営団地下鉄の所属になった。だから運賃計算についても、本来の境界駅は綾瀬駅になるはず。しかし、これだと亀有駅と金町駅の利用者が北千住駅まで利用する場合、強制的に営団地下鉄の運賃も加算されてしまう。

そこで特例として、北千住~綾瀬間は営団地下鉄の保有だが、国鉄の運賃も適用可能とした。そうなると営団地下鉄の料金と二重体系になってしまうので、この区間の地下鉄運賃は国鉄と同額とした。このしくみが東京メトロとJR東日本となった現在も継続している。今回の提訴で綾瀬駅が問題になっていない理由は、綾瀬駅が東京メトロの駅だからである。

1971年4月20日に線路が切り替えられた後、松戸駅や北千住駅で常磐線各駅停車から常磐線快速・中距離電車へ乗り換える人の混雑問題が起きた。これが「迷惑乗り入れ」と報じられた。本来は利用者にとって便利になるはずの都心乗入れが「迷惑」だという、衝撃的な話である。6日後、葛飾区議会議員全員が連名して、「松戸~上野間の各駅停車も運行すること」「西日暮里経由でも料金は従来通りとすること」という要望書を国鉄総裁、営団総裁などに渡している。

運賃に関する訴訟では、やはり都心へ向かう高額運賃を問題視した「北総線値下げ裁判」や、古くは東海道新幹線が実キロより長い営業キロで算定した運賃を不服とする「新幹線運賃差額返還訴訟」、特急料金値上げを不服とする「近鉄特急料金訴訟」などがある。詳細は割愛して結果だけ挙げれば、「北総線値下げ裁判」と「近鉄特急料金訴訟」は「原告不適格」、「新幹線運賃差額返還訴訟」は国鉄(当時)の裁量の範囲で許容されるべきとなった。どれも話題になった案件だが、いずれも原告の敗訴であった。

常磐線の「迷惑乗り入れ」運賃問題は、ここで挙げた中の「北総線値下げ裁判」に似ている。しかし、北総線運賃のように大きな問題にならず、むしろ沈静化している。筆者も「運賃を安くするトリヒア」という認識だった。地下鉄網の発達で千代田線が便利になり、JR線に乗り換える必要が薄まったからではないかと考える。

■解決策は「運賃特例」「第二種鉄道事業化」

市民団体の提訴先は東京簡易裁判所で、提訴の理由は「特定の旅客への不当な差別的取り扱いを禁じた鉄道事業法に違反する」とのこと。この条文は第16条(旅客の運賃及び料金)の5「国土交通大臣は、第三項の旅客運賃等又は前項の旅客の料金が次の各号のいずれかに該当すると認めるときは、当該鉄道運送事業者に対し、期限を定めてその旅客運賃等又は旅客の料金を変更すべきことを命ずることができる」の2号「特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをするものであるとき」が該当する。

市民団体は「北千住駅で乗り換えを強いられる旅客」を「特定の旅客」と解釈しているようで、この解釈が認められるか否かが争点となりそうだ。認められない場合は「原告不適格」として退けられるだろう。運賃設定としても、北千住駅乗換えでJRルートが担保されているとして、「鉄道事業者の裁量の範囲」と判定されそうな気がする。

賠償請求額は2万6,980円で、少額訴訟の「60万円以下の金銭の支払を求める場合」に当てはまり、原則1回の審理となる。ただし、「新幹線運賃差額返還訴訟」は社会に重大な影響を持つ事案として、簡易裁判所から地方裁判所に移管され、最終的には最高裁まで争った。

ちなみに、2万6,980円は原告団の16人が1年間、西日暮里経由で余計にかかった差額だという。訴訟を発案してから実際に乗車し、領収書を集めるなど、証拠をそろえたらしい。平均で1人1,686円。仮に亀有駅から上野駅までの区間として、前出のように差額は141円。1,686円を141で割ると約11.9になるため、原告1人あたり年間12回、往復なら6日となる。かなり小さい事例になってしまった。原告団の目的は金銭ではなく、運賃制度そのものについて、裁判所の判断を求めているようだ。

ただし、原告側が勝訴して賠償金が支払われると、この金額では済まなくなる。JR東日本が公開している金町駅の利用者数(2021年度)は1日平均4万1,352人。JR東日本の駅で第92位。亀有駅の利用者数(2021年度)は1日平均3万5,011人。JR東日本の駅で第102位となっている。このうちどれだけの人々が、「JR線を乗り継ぐ場合に不便な北千住乗り換えを強いられる」ことになるのか。原告側が勝訴すると、今後は141円の差額返還を求める利用者が続出するだろう。過去1年間の差額を求める人も増えるだろうし、今後のきっぷ販売にも影響が出ると思われる。

たとえ原告側が敗訴したとしても、判決文で運賃設定の不備が認められた場合は是正すべきと勧告されるかもしれない。落としどころとしては、北千住駅で乗り換えやすくするため、乗換え動線を改良することだろうか。

もうひとつの落としどころは運賃制度の見直しだろう。2021年の葛飾区長選挙で、候補の1人が「西日暮里~綾瀬間について、JR東日本が第二種鉄道事業者として運行し、2回の初乗り運賃を廃止する」と提案した。さらに「常磐線快速の金町駅停車」も掲げたが、落選してしまった。

第二種鉄道事業としなくても、現在の北千住~綾瀬間のような特例を西日暮里~綾瀬間に拡大すれば解決できそうにも思える。あるいは、「常磐線快速の金町駅停車ではなく、綾瀬駅に停めて乗り換えやすくする」でもいい。

原告と被告、双方にとって納得できる落としどころが見つかることを願う。判決とその後の施策に注目したい。