10月1日、JR只見線の会津川口~只見間が復旧し、11年ぶりの全線運転再開となった。喜びの様子は新聞・テレビ等で大きく報道された。再開初日の下り始発列車が車両故障で運休したが、その日のうちに復旧し、記念列車も運行できた。故障もハプニングとして受け止められ、不満より開通の喜びが勝ったように思える。故障が復旧させた鉄橋のほうではなく、車両のほうで良かった。

  • 只見線が11年ぶりに再開。沿線は紅葉シーズンを迎える

その一方で、「復旧させても赤字」という厳しい論調の報道もあった。この鉄道をどう生かすか。再開までのドキュメンタリーと只見線の美しい風景を描いた映画『霧幻鉄道 只見線を300日撮る男』の「主人公」星賢孝氏は筆者とのインタビューで、「1日3往復、すべての列車を満席にしても赤字です。それでも私たちや自治体は残したいと思った。そこを考えてほしい」と語っていた。地域がローカル線の価値をどう評価するか。鉄道事業者はどう応えるべきか。これは試金石のひとつだ。

■新幹線に似た枠組みに

会津川口~只見間の運行本数は1日3往復。10月1日以降のダイヤを見ると、只見線全線直通列車のすべてが該当する。代行バスは定員が少ないとはいえ、6往復だった。便数としては半減している。復旧にあたって、もう少し列車を増やしてほしかったが、そうもいかない事情がある。列車を増やすほど、地元の負担が増える。

  • 10月1日からの只見線のダイヤ。緑色の点線は臨時快速列車。二重線部分は運行日によって時刻が異なるところ(列車ダイヤ描画ソフト「OuDia」で作成)

2011年に只見線が被災した後、JR東日本はバス転換を提案した。JR東日本にとって、もともと赤字路線であるし、株式公開企業としては、赤字事業(路線)に億単位の追加投資(鉄道復旧)はできない。株主の全員が鉄道事業に理解があるわけではなく、基本的に利益を求め、赤字事業からの撤退を求める。しかし、JR東日本には公共交通事業という社会的責任がある。その落とし所がバスによる交通サービス維持だった。

沿線自治体にも事情がある。奥会津は雪深いところで、積雪時に道路の一部は閉鎖される。閉鎖されなかったとしても、雪道の運転は危険が伴う。雪国で生活する人々の多くが雪道の運転に慣れているだろうが、できれば運転したくない。そうなると、通学、通勤、生活の移動手段として、鉄道のほうが安心できる。つまり、冬期の「非常口」として鉄道を残したい。

  • 代行バス時代の只見線のダイヤ。会津川口~只見間の青い点線が代行バス。列車の定員を補うためか、代行バスの運行本数が多かった。「バスならこのくらいの頻度で運行できます」というメッセージだったかも知れない(列車ダイヤ描画ソフト「OuDia」で作成)

そうかといって、鉄道事業者は「非常口」のために赤字を強いられる道理はない。そこで「鉄道を残したいなら沿線に費用を負担して欲しい」と申し出た。話し合いの結果、2017年に上下分離方式で復旧させると決まった。復旧費用は福島県が3分の2、JR東日本が3分の1。福島県の負担は約54億円となった。この区間の線路施設を福島県が保有し、JR東日本が線路使用料を支払う。ただし、収支が黒字になるまで線路使用料は払わなくても良い。

この条件だと、設定された線路使用料より運行赤字が大きければJR東日本の負担になるが、そうならないような線路使用料が設定されるだろう。つまり、列車の運行本数が増えるほど赤字も増えて、自治体の負担が大きくなる。

  • 2010年頃、被災前の只見線のダイヤ。現在のダイヤとほぼ同じ。つまり、復旧後は運行本数を元に戻すという約束が守られた。ちなみに、1980年代は急行列車が走っており、現在の臨時快速ダイヤに似ていた(列車ダイヤ描画ソフト「OuDia」で作成)

この枠組みは整備新幹線の着工条件に似ているところがある。「安定的な見通しの確保」は自治体の財源があり、「営業主体の収益採算性」も線路使用料免除でクリア、「営業主体としてのJRの同意」もある。違うところは「並行在来線問題」がないこと。ただし「自治体の同意」はある。不明確な部分は「投資効果」で、費用便益比が算定されていない。もしくは公開されていない。しかし、便益を「路線の存在による地域の利益」と考えるならば、沿線自治体は「便益あり」と判断したということになる。

■「乗客がいなくても地域に貢献できる」という考え方

自治体が「便益あり」とする根拠に、観光客など交流人口の増加に対する期待がある。星賢孝氏をはじめ沿線有志や自治体の活躍によって、コロナ禍以前は多数の外国人観光客が訪れた。景色も良く、列車撮影の名所である。NHKなどの報道によると、新潟県の亀山岳史氏が撮影した冬の只見線の写真が、世界最大規模の写真コンテスト「IPA(インターナショナル・フォトグラフィー・アワード)」で自然部門の最優秀賞(ネイチャー・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー)を獲得したという。日本人のIPA受賞は2019年の上野耕平氏(スポーツ・フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー)以来、3年ぶり2人目。これでまた「被写体」としての只見線が注目されるだろう。地域の人々の活動が実ったといえる。

写真家たちは列車に乗らないから、JR東日本の運賃収入はない。しかし、写真の撮影で訪れる人々は、レンタカー、バイク、マイカー、ツアーバスなど、なんらかの交通手段で奥会津を訪れ、燃料の購入や食事、宿泊、買い物をする。その結果、地域の経済が潤う。奥会津だけでなく、福島県・新潟県などの経路上でも、なんらかの消費行動を伴う。永住者が現れるかもしれない。そうした期待を「便益」とすれば、費用として只見線を維持してもいい。つまり「積雪時の非常口」の維持費を稼げる。そういう判断があった。

「鉄道は赤字でも地域に必要」という価値判断のできる自治体が鉄道を生かす。これは只見線だけでなく、地方鉄道が観光列車を走らせる理由でもある。地域のシンボル、動く広告看板であり、景色、特産品、食材など広く周知する効果がある。

たとえば、徳島県と高知県にまたがる阿佐海岸鉄道も、南海トラフ地震の発生に備え、「非常通路」として鉄道維持を決めた。コスト削減のためにDMVを導入し、観光に力を入れている。DMV車両は当初の予定より購入費が膨らんだ。事業費は16億円、地域の経済効果は年間2億円を見込む。結局のところ、鉄道単体では赤字のままだ。

異業種にも目を向けてみよう。2012年6月5日付の本誌記事「『ジェットコースター』の建設費はいくら? 何回乗れば元が取れる?」では、富士急ハイランドのジェットコースターの建設費について、「ええじゃないか」が総工費36億円、「FUJIYAMA」が総工費約30億円と紹介されていた。利用料金はどちらも2,000円となっている。

「ええじゃないか」は1時間あたり最大350人の利用を見込めるという。1日11時間稼働し、年間360日の運行として、年間27億円の売上になる。もちろん毎日、毎回、すべて満席ではないだろう。雨の日はほぼゼロだろうし、平日は客が減る。そもそも都心から遠い場所だ。ジェットコースターをポンと置いただけで人は来ない。なんとしてでも集客しなければならない。

そのために、富士急ハイランドは何をしているか。周辺のアトラクションや飲食店を増やし、イベントを開催し、土産品をそろえる。富士急ハイランドというエリア全体の魅力を高め、広告宣伝で広めていく。ジェットコースターが話題になれば、富士急ハイランドの集客全体を増やせる。

鉄道をジェットコースター、地域を富士急ハイランドになぞらえてみれば、鉄道があるだけでは駄目だとわかる。鉄道はジェットコースターよりずっと運行頻度が少ないから、売上は期待できない。それでも相乗効果を出し、動く広告看板に見合う便益を獲得する。これが鉄道を残すと決めた地域の使命だろう。集客のために地域の資源を総動員する覚悟が必要になる。

……という話はさておき、私たちは利用者として、只見線に乗り、撮りに行こう。紅葉も雪景色も、花咲く景色も、夏の川霧も素晴らしい。そんな「奥会津ハイランド」に出かけて、只見線を楽しもう。