報道によると、札幌市はかねてより検討していた札幌市電の延伸構想について、「極めて困難」とする調査結果をまとめたという。建設費が高く、開業後も赤字となるためだ。

  • 存廃問題もあった札幌市電、ループ化後、コロナ禍前まで黒字だったが…

現在の市電は、札幌駅から最も近い西4丁目停留場でも約1km離れている。北海道新幹線の札幌延伸に合わせて開業すれば、新幹線から直接乗り換えることで、市内観光のルートとして便利になるはず。しかし、すでに昨年3月の時点で赤字が判明していた。その後の調査で出した結論だろう。

札幌市電は札幌市中央区を走る路面電車。すすきの停留場周辺は全国的に知られる繁華街、途中のロープウェイ入口停留場は観光地・藻岩山への最寄り停留場、行啓通停留場や中島公園通停留場は札幌市立中島公園への最寄り停留場で、観光客の利用が多い。2015年12月20日にすすきの~西4丁目間(約450m)が開業し、環状運転を行う路線となった。運行頻度も高く、朝の通勤時間帯は約3分間隔、日中時間帯は7~8分間隔で運行される。

環状化の効果は大きく、1日あたりの利用者数は11%の増加となった。経常収支も2016年度から上向きになり、2017年、2018年と黒字化を達成。札幌市はその次の段階として、札幌駅、苗穂駅、桑園駅への延伸を構想していた。

  • 札幌市電の現路線図(緑)と延伸構想(赤)。延伸ルートはそれぞれにつき3案を検討したという(地理院地図を加工)

日本の路面電車は現在、17都市で活躍しており、2023年8月に宇都宮ライトレールが開業すると18都市になる。その中で、札幌市電は「JR駅に隣接していない」という特徴がある。同じ特徴を持つ路線として東急世田谷線と嵐電(京福電気鉄道)があるものの、この2つは大手私鉄の駅と連絡している。札幌市電も札幌市営地下鉄の駅と連絡しているから不便ではないとはいえ、JR駅のすぐそばにありながら、駅と停留場が離れていることは少し残念に思える。

たとえば富山駅(富山地方鉄道富山軌道線・富山港線)や高岡駅(万葉線)はJR線の駅舎内に停留場があるし、とさでん交通と福井鉄道は再開発事業でJR線の駅近くまで延伸した。広島電鉄、岡山電気軌道、伊予鉄道も停留場をJR線の駅に近づける計画がある。そうなると、札幌市電も札幌駅に隣接してほしい。旅行者にとって、路面電車というだけで魅力的だし、市内の要所を周遊できる便利な乗り物だけに、新幹線や特急列車からすぐに乗り換えたい。

歴史をさかのぼれば、札幌市電は国鉄時代の札幌駅前に乗り入れていた。札幌駅前から西へ進み、中央市場通停留場に至る北5条線があり、新琴似方面の鉄北線、苗穂駅へ向かう苗穂線、すすきのに至る西4丁目線、豊平駅前(定山渓鉄道廃止後は豊平8丁目)に至る豊平線、市街地を横断して円山公園に至る一条線など、9路線があった。

  • 1970年代の札幌市電路線図(地理院地図を加工)

1960年代になるとマイカーが普及し、交通渋滞が問題になった。1964年頃から路面電車の利用者が減少する。そして地下鉄建設が衰退にとどめを刺した。1972年の札幌オリンピック開催を契機として、1971年に地下鉄南北線が開業して以降、路面電車は次々に廃止され、地下鉄とバスが市民のおもな交通手段になった。

路面電車は1973年に全廃の方針だった。しかし、オイルショックでマイカーの使用を控える状況があり、市民の廃止反対運動もあった。一条線の一部と山鼻線、山鼻西線は市民からの存続要望を受け、廃止を回避できた。これが現在の札幌市電の基礎となった。2015年、すすきの~西4丁目間が都心線として開通したが、このルートはかつての西4丁目線の復活ともいえる。

1970年代以降、札幌市電は存続となったものの、利用者の減少が続く。1990年代、老朽化した施設や車両の手当で赤字になった年があり、翌年に運賃を値上げして黒字化するという状況が続いた。一方で、熊本市交通局は1990年代に超低床電車(LRV)の導入を検討し、日本とドイツの車両メーカーが提携。建設省(現・国土交通省)も路面電車の改善事業を予算化するなどの動きがあった。札幌市も、1998年に「路面電車活用方策調査検討委員会」を設置し、路面電車の活性化を検討した。札幌市電の延伸・ループ化の議論はここから始まる。2001年4月の「札幌市総合交通対策調査審議会答申」で、延伸・ループ化について盛り込まれた。

しかし、ほぼ同時期に札幌市電の存廃論議も始まる。2000年以降、車体の修繕費が1990年代より50%の増加となり、車両や設備の老朽化を看過できない状況となった。中でも車両に関して、ほとんどが製造後40年を超えているにもかかわらず、車体更新にとどまっていた。このままでは修繕費が経営を圧迫する。利用者の減少傾向も続き、2002年に経常収支で赤字に転落している。大規模な補填によって設備を更新し、バリアフリー新法に即した新車を導入すべきか。

2001年11月、「札幌市営企業調査審議会」が「(路面電車は)このままでは事業として成立しない」と意見書を提出した。ループ化によって経営難を打開できるか、それともバス転換か。札幌市は「交通事業改革プラン」に着手し、2003年度までに存廃を検討することになった。市民アンケート等で広く意見を募集したところ、存続希望が廃止容認を上回った。そこで札幌市は結論を先延ばしし、存続の場合の投資額、財政支援、経営の枠組みなどの課題を整理した。

2004年度になると、市民フォーラムが2回開催されるなど、「経営問題を解決しつつ、市電を存続させよう」という気運が盛り上がる。2005年2月1日、札幌市長は正式に市電の存続を発表。路面電車の延伸・ループ化の議論が再開された。

■新幹線開業、五輪招致など前向きな材料もあるが…

札幌市の路面電車を生かしたまちづくりについて、追い風が2つある。ひとつは2030年に開催されるオリンピック冬季競技大会の招致活動。2023年初夏のIOC総会で正式決定する予定となっており、立候補都市は札幌のほか、バンクーバー(カナダ)、ソルトレイクシティ(米国)、リヴィウ(ウクライナ)、アルマトイ(カザフスタン)、サラエボ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)、シュマルカルデン(ドイツ)、サヴォイ(フランス)。札幌を含めて開催経験都市が多く、ライバルが多い。都市の魅力を高めるためにも、市電の延伸は重要になりうる。1972年の札幌五輪では地下鉄を整備し、今回は路面電車を復活させる。

もうひとつは北海道新幹線の札幌延伸。当初は2035年の完成目標だったが、5年間の前倒しで2030年開業をめざしている。オリンピック招致は当初、2026年開催をめざしていたが、北海道胆振東部地震の対応と、新幹線の進捗を加味し、2030年開催に延期した経緯がある。新幹線と路面電車の組み合わせは富山駅の評判が良く、広島駅や岡山駅も利便性の向上を期待できる。札幌駅前も新幹線を契機に再開発を計画している。駅前広場に路面電車が発着すれば、札幌市電の魅力、そして札幌市街の魅力も高まるはずだ。

しかし、札幌市の結論は厳しい。北海道新聞電子版の8月27日付「札幌市電延伸『極めて困難』 市、大幅な収支悪化予想」によると、札幌市は延伸3方面につき3ルートについて採算性を試算したところ、札幌駅延伸費用は76億~106億円、札幌駅と苗穂駅の同時延伸は142億~160億円、桑園駅延伸は81億~84億円になったという。30年間の累積赤字はそれぞれ18億~48億円、34億~73億円、29億~39億円。道路に延伸するとはいえ、初期費用では車線の拡幅等による用地買収費用、運営費ではロードヒーティングの光熱費が大きい。

「開業初年度から赤字」については、2021年3月23日に札幌市が発表しており、日本経済新聞が報じていた。その中で、「軌道導入による交通輸送量への影響も考慮し、22年度までに延伸の適否を決める」とある。つまり、北海道新聞による今年8月27日の報道は、赤字という前提で1年半の影響、費用対効果など検証した上で、「延伸は否」だったとみられる。

ネット上の意見を検索してみると、期待する声もある一方で、「地下鉄の延伸が先」という意見や、「北海道日本ハムファイターズ転出後の札幌ドームの施策」「オリンピック招致費用」に対する市政への不安の声もある。財政負担という意味では、国の補助を得る可能性も精査されたか気になるところ。1年半も検討しているなら、すでに織込み済みかもしれない。

旅行者、鉄道ファンとしては、新幹線から路面電車への乗換えは実現してほしいところ。逆転のチャンスがあるとすれば、2023年初夏のIOC総会で札幌オリンピックが決定したタイミングだろうか。招致が実現すれば、雪に強い交通網の整備が必要になるはず。そこに一縷の望みを託したい。