7月5日、愛知県知事の大村秀章氏は記者会見で、自身が会長を務める「リニア中央新幹線建設促進期成同盟会」に静岡県の加盟を決めたと語った。正式な決定には、同盟会の規約変更などの手続きが必要になる。同盟会は愛知県知事が会長、東京都、神奈川県、山梨県、長野県、岐阜県、三重県、奈良県、大阪府の8都府県知事が副会長を務める。静岡県知事の申請について、会長は同意の意向を示しており、8都府県知事からも「異議なし」と回答があったという。

  • 山梨県で試験走行中のリニア試験車両(L0系950番台)

リニア中央新幹線建設促進期成同盟会は、1979年に「中央新幹線建設促進期成同盟会」として発足した。参加自治体は現在と同じ9都府県。国鉄分割民営化の翌年にあたる1988年、「リニア中央エクスプレス建設促進期成同盟会」と改称した。2007年にJR東海が東京・名古屋間を全額自己負担で建設すると発表した後、2009年に現在の「リニア中央新幹線建設促進期成同盟会」となった。大阪までの早期開業をめざした動きだ。

同盟会は国会の議員連盟と連携し、早期実現を求めて調査、広報、国やJR東海に対する要望活動を実施。沿線自治体とJR東海、国の窓口ともいえる組織となっている。静岡県にとって、県内に駅はできないが、大井川の水源をリニア中央新幹線のトンネルが貫くため、水利問題、環境問題が発生する。静岡県のねらいとして、「建設推進のためにも、問題を解決してもらいたい」と国やJR東海に働きかけたい。

静岡県は2019年にも、同じ意図でリニア中央新幹線建設促進期成同盟会に加盟申請し、受け入れられなかった。2019年6月5日、中部圏知事会議の視察先から会場に向かうバスの中で、静岡県知事の川勝平太氏は、隣の席に座る愛知県の大村知事に加盟申請書を手渡した。まるで不意打ちのような仕草は3年後も繰り返された。2022年6月2日、三重県で開かれた中部圏知事会議で、静岡県の川勝知事が愛知県の大村知事に加盟申請書を手渡したという。

静岡朝日テレビは、大村知事の「あの場でいきなり紙を持ってくるとは思わなかった。常識的には事前にこういうことをしますよって話がある」という趣旨の発言を報じた。川勝知事は今回も3年前も、「事前に連絡したら取り合ってもらえないかもしれない」と怖れたかもしれない。

筆者も営業職でこういう場面は経験したし、印象を強くするテクニックでもある。さりとて、相手に不快感を与える手法は同じ相手に1回だけだと思う。2回もやったらテクニックではなく、性格だろう。ともあれ、大村知事は申請書を受け取り、会長として同盟会の構成都府県の意見をとりまとめた。そして今回は加盟を認めた。

■3年前の加盟条件は「静岡工区着工」だった

2019年の川勝知事による同盟会加盟申請は保留されたままだった。川勝知事が大村知事に加盟申請書を手渡した日は6月5日。同盟会の総会は翌日の6月6日。川勝知事としては緊急採択を期待したかもしれない。しかし、静岡新聞2019年6月7日朝刊によると、大村知事は「入っていただいた方がいい」と考えを示しつつ、「急な要請だったため、関係都府県の意向を確認できなかった」と語ったという。

また、大村知事は川勝知事に対し、「静岡工区が工事に取りかかれず、2027年の開業目標が遅れることは受け入れがたい」と伝えている。同盟会総会には、当時、静岡県の知事戦略監を務めた篠原清志氏が来訪したが、「加盟自治体ではない」という理由で出席できなかった。同日、静岡県は「中央新幹線建設工事における大井川水系の水資源の確保及び水質の保全等に関する中間意見書」を公開。「JR東海の対応の誠実さを疑わざるを得ない」と記している。同盟会総会で発表するつもりだったかもしれない。

その同盟会総会にJR東海代表取締役社長の金子慎氏が出席し、「(静岡県が着工を認めない)状態が続けば開業時期に影響を与えかねない」と発言した。加盟する9都府県も静岡県に困惑し、政府の介入を求める声も上がった。

JR東海社長の発言に対して、静岡県の川勝知事は6月11日の定例会見で、「静岡県が遅らせているような発言はフェアじゃない、自分の会社の事業計画の年次を金科玉条のごとく相手に押しつけるのは無礼千万」とJR東海を強く批判した。この「無礼千万発言」から、静岡県とJR東海の関係が悪化する。売り言葉に買い言葉という構図だった。

「JR東海と静岡県の対立」とする報道が多かったが、実際は「JR東海はご説明とお願いする立場、静岡県は反発」という状況だった。少なくともJR東海に対立、対決という考えはなかった。筆者が当時、関係者に聞いたところ、この直前まで、JR東海と静岡県の担当者レベルでは工事基本協定に向けた作業が進んでいたという。

  • 今年から一般向け体験乗車会が再開されている

川勝知事の姿勢に対して、三重県知事の鈴木英敬氏(当時)が6月25日の定例記者会見で厳しく批判した。「同盟会は早期開通を実現するための会であり、着工に待ったをかけて、主旨に賛同できないなら入会は認められない」と反発する。愛知県の大村知事は7月29日の定例記者会見で、「静岡県の中間意見書は、工事を止めたいから止めるとしか受け止められない」とし、保留していた静岡県の期成同盟会加盟申請は「静岡工区の着工まで認めない」と表明した。これは同盟会の会長として、承認の判断を他の都府県から任された上での発言だった。

■静岡県知事の真意がわかりにくい

川勝知事の「無礼千万発言」から約3年。JR東海の金子社長との公開対談、水問題、生態環境問題に関する国の有識者議の設置などがあった。しかし、川勝知事の発言、静岡県の反発姿勢は収まらなかったように見える。大井川の水利問題については、2021年12月19日に行われた国の有識者会議で、「トンネル湧水量の全量を戻せば中下流域の水量は維持できる」「トンネル掘削による中下流域の地下水量の影響は極めて小さい」という結論が出た。これに対し、川勝知事は「JR東海が約束した全量戻しではなく、具体的な方法も示さない」と反発。「約束できないなら静岡県を通らないルートを検討すべきだ」とも語った。

さらに、JR東海の「トンネル工事中に湧水が山梨県に放出される」にも反発。一滴たりとも流出はまかりならぬという姿勢を見せた。トンネル工事中の湧水とは、トンネルを標高の低い山梨県部分から標高の高い静岡県へ向けて掘削する際に流れ出す水だ。静岡県側は、この流出を避けるため、静岡県側から掘削して、都度湧水を戻せという。しかし、標高の高い側から低い側へ向けて掘ると、突発的な大量湧水が発生したときに、低いほうに溜まり、工事の尖端で作業員ごと水没する。トンネルの工事手順として、低いほうから掘って水を逃がし、安全を確保する。

JR東海は次善策として、田代ダムから静岡県側に水を取り戻す案を示した。田代ダムは大井川上流にあり、東京電力系の会社が水力発電のために取水し、山梨県側に放出している。田代ダムで大井川水系の水が奪われる問題は、流域自治体にとって不本意な放流量で妥結した経緯がある。リニア問題以前から静岡県側で問題視され、「水返せ運動」としても知られている。

JR東海は東京電力に根回しした上で、田代ダムの水量を確保するつもりだった。流域自治体にとってこれは朗報のはず。しかし、川勝知事は「関係ない水利権に首を突っ込んだ」と批判の種にした。「水を返せるならリニアとは関係なく返すべきだ」との発言もあった。静岡県が成し遂げられなかった交渉について、リニアをきっかけにJR東海が代行してくれたことは評価に値しないらしい。

こういう考え方だと、JR東海の金子社長が「リニア開通後は東海道新幹線の静岡県内停車駅を増やす」と明確に約束しない理由もわかる。「できるならリニアと関係なくやるべき」となってしまう。リニアありきの利点だという認識がない。

川勝知事は過去に、大井川の流量減少問題の解決を前提としつつ、「静岡には駅がなく経済的なメリットがない」「他県で地元の要求に応じて駅を作った費用の平均ぐらいが額としては目安になる」と補償問題に触れた。また、川勝知事はJR東海に東海道新幹線の新駅設置を要望していたが、JR東海は否定している。過去には前知事の石川嘉延氏が「のぞみを静岡駅に停めなければ通行税を課す」と発言した。

こうした経緯から、従来のJR東海と静岡県の関係を懸念し、リニア問題で駆け引きをしているのではないかとの見方もある。その結果、「静岡県がリニアに反対している」という認識が広まった。とくに一部の地元紙のJR東海に対する批判は強硬で、「リニア問題で静岡県民が誹謗中傷されている」などと静岡県民を煽った。リニア建設関係者も、私たち未来の利用者も、静岡県民の犠牲を望むはずがない。批判のほとんどは静岡県知事と静岡県庁に対するもので、その矛先を静岡県民へすり替えた内容だった。

  • L0系初期型(900番台) 後方に改良型試験車(950番台)が連結されている

静岡県がリニア建設を阻害している。このような疑念を払拭するためか、川勝知事は現在、「私は本来はリニア推進派だ」と述べ、論点を水や生態系の環境問題に集中する姿勢を見せている。

■静岡県知事の再申請は「環境問題解決の新たな窓口」が狙いか

2022年5月26日に行われた「自民党政務調査会 超伝導リニア鉄道に関する特別委員会」では、自民党PT、同盟会加盟都府県のほか、川勝知事もオンラインで参加した。ここで委員長を務める衆議院議員の古屋圭司氏が、静岡県に対し、推進派なら同盟会に参加するように促した。これが再び川勝知事から同盟会加盟申請が出された経緯である。

同盟会に対して、静岡県側は「現行ルートでの整備を前提に、スピード感をもって静岡県内の課題解決に向けて国と協力して取り組む」「東京・品川~名古屋間の2027年開業、大阪までの全線開業2037年を目指すとの立場を共有する」と回答があったという。川勝知事も、「ルート変更について自分が先頭に立つことはない」と表明している。

水問題で有識者会議から「影響なし」との結論が出て、静岡県が反対する理由のひとつが収まりつつある。次は生態環境問題に取り組む有識者会議が始まる。同盟会は実質的に国とJR東海に対する窓口になっている。リニア現行ルート開業推進の立場を表明すれば、他の都府県と連携して、問題解決へ向けて国とJR東海に要望できる。

静岡県の川勝知事が「現行ルートで建設推進」の立場を表明したため、双方が歩み寄り、川勝知事は「ルート変更」を取り下げ、同盟会は「静岡区間着工の条件」を取り下げた。静岡区間着工は同盟会の課題になった。着工に向けて一歩前進と期待したい。くれぐれも話がこじれて、静岡県が同盟会を脱退するような事態にならないことを願う。