「世紀の一戦」那須川天心vs.武尊が、目前に迫っている。 キックボクシング最高峰の闘いは、如何なる展開になるのか? そして、勝利するのは果たしてどっちだ?

  • 那須川天心vs.武尊は、こうなる!【独自予想/スポーツジャーナリスト近藤隆夫】

    昨年のクリスマスイブ、東京ドームホテルで開かれた「世紀の一戦」対戦発表記者会見。両雄は互いに、目を合わせようとしなかった(写真:SLAM JAM)

昭和の時代からキックボクシングをはじめ格闘技を現場で取材、『ゴング格闘技』誌の編集長も務めた気鋭のスポーツジャーナリスト・近藤隆夫は言う。「セオリー通りの闘いにはならない」と。「世紀の一戦」、独自予想をお届けする─。

■採点をラウンドごとに公開

6・19東京ドーム『THE MATCH 2022』まで、あと2日─。
那須川天心、武尊両選手はすでにトレーニングを打ち上げ、あとは計量とヘルスチェックを残すのみ。闘いの刻を静かに待っている。決戦が近づく中、緊張感が徐々に高まる。

試合のレギュレーションは、以下の通り。
・「3分×3ラウンド(決着がつかない場合は延長1ラウンド)、ヒジ打ち無し、ワンキャッチワンアタック(瞬間的に相手を掴んでからの攻撃は1度のみ有効)のキックボクシングルール。
・延長ラウンドの判定はマストシステム。よって、いずれかが勝者となり引き分けはない。
・契約体重、前日58キロ以下(当日の試合3時間前に再計量し62キロ以下)。

これに加え、今週に入ってから細かなルールも主催者からリリースされている。
・ジャッジは5者(通常は3者)で10点法。3ラウンド終了時点でジャッジ3者以上から支持された選手が勝者となる。
・判定の基準(優先順位)は、1.ダウン数、2.相手に与えたダメージ、3.クリーンヒット数、4.積極性。
・スリーノックダウン制(ラウンド中に3度ダウンを奪った側がTKO勝利となる)。
・オープンスコアリング方式(各ラウンド終了後にジャッジ5者の採点を公表する)。

ジャッジ5者、そしてオープンスコアリング方式の採用は、これまでのキックボクシングの試合と異なる。両選手が互いに納得できるように、また観る側に対して分かりやすくするための工夫もうかがえる。

  • 4月7日に開かれた2度目の記者会見にも多くのメディアが集まり、注目度の高さがうかがえた。この日は、ツーショット撮影は行われず(写真:SLAM JAM)

■セオリー通りなら「天心優位」

さて、細かなルールも決まったところで勝敗予想をしたい。
両選手の過去の試合映像を幾度も観返し、また試合のレギュレーションを考慮すると、一つの結論に至る。
「那須川天心優位」だ。

ふたりのタイプは大きく異なる。
那須川は、自分の打撃は当て、相手の攻撃は受けずに闘おうとする「ヒット・アンド・アウェー」タイプ。だから、これまでの試合でも相手の攻撃をまともに喰らうことはほとんどなかった。
対して武尊は、生粋のファイターである。相手の打撃を浴びることを覚悟の上で凄絶な打ち合いに持ち込もうとする。そのうえで持ち前の打撃力を発揮し、これまで勝ち続けてきた。

つまりは、スピードとテクニックで那須川が上回り、一撃の威力と打たれ強さでは武尊が優る。この特性を今回のレギュレーション(試合形式)に当てはめて考えると、ラウンド支配能力に長ける那須川が判定で勝つ可能性が高い。

那須川は、この試合を最後にキックボクサーのキャリアを終え、プロボクサーへの転向を決めている。「キックボクシング無敗」の肩書きを引っ提げてボクシングのリングに向かいたい。 そのためにも、絶対に負けられないのだ。ならば、確実に勝てる闘い方を選択するだろう。試合を盛り上げるために打ち合いに応じるようなことはしない。那須川は勝負にシビアで、「試合が盛り上がればいい」との考えに毒されるような甘い男ではない。どんな試合内容であれ勝ちに徹するはずだ。

■「武尊が勝つ」と予想する

だが、勝負とは面白いものでセオリー通りにならないことが多々ある。それは、場に醸される空気感が勝敗に影響をもたらすからだ。もし、格闘技の勝敗予想にAIを用いたならば、当たる確率はそれほど高くないだろう。生身の闘いとは、そういうものだ。

この試合、私は「武尊が勝つ」と予想する。
理由は、風が吹いているからだ。場に醸される空気感は無視できない。
少し振り返ってみよう。
昨年のクリスマスイブに、この試合の決定が正式発表される前までは、「武尊は天心から逃げている」「K-1も、エースの武尊が天心に負けるのを恐れて逃げている」と思われていた。だから「闘えば勝つのは天心」との声が圧倒的に多かった。

だが、試合が決まり蓋を開けてみると、「世紀の一戦」を実現させるために必死になって動いていたのは武尊サイドだったとわかる。すでに武尊以上に知名度を上げ、「プロボクシング世界チャンピオン」を新たな目標に据えていた那須川は「やってもやらなくてもいい」とのスタンスだったのだ。
これにより、試合ルール等の交渉も那須川サイド優位で進められていた。
契約体重に異例の「当日の戻し制限」が設けられたこと、K-1ルールにはないワンキャッチワンアタックの採用、さらには武尊が記者会見で求めた完全決着のための「無制限ラウンド」も却下されている。もう少し言えば、「武尊vs.那須川天心」ではなく「那須川天心vs.武尊」が正式表記なのだ。
試合を実現させるために武尊は、かなりの譲歩をした。

もちろん水面下の交渉過程は公にされていないが、その状況は透けて見える。だから、観る側の意識も大きく変わった。そして、風が武尊の背中を押し始めた。
テクニックではなく気持ちの闘い。それを制すのは、パニック障害に苛まれながらも最終的に「世紀の一戦」実現にこだわり抜いた武尊ではないか。
セオリー通りでも、理詰めの結論でもないが、最終の3ラウンドKO、もしくは延長判定で武尊が勝利すると私は見ている。

最後にひとつ。
この試合には、引き分けがない。
延長ラウンドに持ち込まれ、それでもイーブンの展開のまま終了のゴングが鳴り響くこともある。試合内容は実質ドローでも、ジャッジ5者はいずれかを支持せねばならなくなる。そうなった時は、観る私たち一人ひとりがジャッジになろうではないか。
公式記録にとらわれることなく、自分にとっての勝者を決めればいい。ドローと判定してもいい。私は、そうするつもりだ。

文/近藤隆夫