「銀行員は真面目できっちり」といったステレオタイプなイメージはどうして生まれるのでしょう? また、有名人がダイエットプログラムを試してみたビフォアアフターの広告を見ると、どうして「自分もやせられそう」と思うのでしょう? こうした一見非合理的な行動を心理学で解き明かし、人の意思決定の仕組みなどを明らかにし、経済学に役立てるのが「行動経済学」です。

  • 行動経済学でわかる!? 銀行員は真面目? ステレオタイプのイメージはなぜ生まれるか / 東京大学教授・阿部誠

    人は典型的(代表的)なイメージを重視する傾向(代表性ヒューリスティック)がある

「行動経済学」は日々の生活や将来の自己実現にどう活用できるのか、東京大学教授の阿部誠さんに伺いました。

■日本人は自己主張が下手? 黒人は歌がうまい?

例えばあなたが女性だとして、マッチングアプリでたまたま相手の写真を見ないまま会う約束をしたとします。

あなたは事前に相手に関して「銀行員男性、30代、東北出身」といった情報を得ていました。約束の現場に行き待っていましたが、それらしい人がなかなか現れません。

と、突然肩を叩かれて「●●さん、私がお約束した●●です」と言う相手は、休日仕様で超チャラ男キャラ。「さっきからずっと待ってたんだけど」なんて展開は、いかにも考えられそうです。

このように人は「銀行員」など特定のグループを示されると、その特徴を単純化した典型的なイメージで捉えてしまうことがあります。いわゆる「ステレオタイプ」と言われるものです。

例えば「日本人=自己主張が少なく手先が器用」「アメリカ人=フレンドリーで自己主張が強い」「黒人=歌がうまくて運動神経がいい」などです。

「行動経済学」の研究によると、人は典型的(代表的)なイメージを重視する傾向(代表性ヒューリスティック)があります。これは人間が客観的な確率や統計を知らなかったり、理解できないためにしばしば見られます。

■「5人中4人がダイエットに成功!」で心が動く理由

「代表性ヒューリスティック」の他の例として、ダイエットプログラムの広告などがあります。「5人の人にこのダイエットプログラムを1カ月続けてもらったら、5人中4人の体重が減りました」とか、有名人のビフォアアフターの映像を比較して見せるケースです。

「5人中4人」といってもそれだけではサンプル数が少なすぎて、たまたま体重を減らせる体質の人が集まっただけかもしれません。本来は100人、1000人単位で実験すべきところを5人でやっているのに「80%も成功している」と思い込んでしまう。

人は普段からサンプルサイズを意識するトレーニングができていないので、こういう判断をしてしまいがちです。

  • サンプル数が少なくても人はその確率を信じてしまいがち

他には例えばテレビで連続殺人などの凶悪犯罪の報道があると、「日本の安全神話は崩壊した」といった意見が出たりしますが、実際のデータを検証してみると、ここ20年ほどは毎年凶悪犯罪は減り続けています。

こういった早とちりや先入観で判断することで、目論見と違う結果に陥ったり、表層的な人物と思われたりしないようにするには

・商品広告はとくに効能などの数字の条件設定に偏りがないかを疑ってみる

・普段からデータや事実をベースに判断する癖を付ける

・ネットの記事やSNSなどの言説を鵜吞みにせず、信頼に足るソースを探す

といったことが大切です。

■賢い人ほど、過去の成功体験や自説への執着に注意が必要

「代表性ヒューリスティック」に近いものとして、人は自分の考えを肯定する理由は積極的に探す(固着する)けれども、反対意見は安易に受け入れない傾向(固着性ヒューリスティック)があります。

例えば過去の成功体験に捉われた経営者が、自分の考え方と整合性のある意見は受け入れるが、自分に反する社員の改革の意見は無視する、といったケースです。

「固着性ヒューリスティック」は意外に研究者などにも少なくなく、かつて話題になった「スタップ細胞は絶対にあります」と主張した研究者の場合もその一例です。

一つのことを長年研究し続けると、自説への思い込みが激しいあまり、それに反するようなエビデンスが実験で出ても、「自分のミス」「手順を間違えた」「不純物が混じった」といった理由を付けて排除してしまったりすることがあります。

ですから「固着性ヒューリスティック」に関しては、むしろ賢い人のほうが思い入れが激しいぶん、気を付けたほうがいいかもしれません。

固着性ヒューリスティックのために頑固で偏屈な人にならないためには、

・「信念」を持つと同時に反対意見にも耳を貸す姿勢を持つ

・時には利害関係のない第三者の意見を聞いてみる

・一定の間隔をおいて自説をチェックしてみる

といったことをお勧めします。

■人はなぜパチンコで熱くなって、すってんてんになるのか

「固着性ヒューリスティック」に関連してもう一つ知っておきたいのが、「サンクコスト(埋設費用)効果」です。サンクスコストはすでに投入して回収できない費用のことで、投資したお金や労力、時間を「もったいない」と考え、損をすることがわかっていてもやめられない思考を「サンクコスト効果」といいます。

例えば、ギャンブルの世界が顕著で、パチンコにはまって「もうちょっとで当りが来るはず」と、際限なくお金を費やして最後に有り金全部使い果たすといった場合です。

また、一念発起してスポーツクラブに加入したものの、数カ月通って月に1回行くか行かないかという状況でも、「せっかく始めたんだから…」とダラダラ会員を続けるといったケースもこれにあたります。

自分が正しいと思ってきたことを肯定したい気持ちと、それまでにかかった労力・費用に固執してしまい、中止すべきことでも、なかなか実行できないのが人間の性なのです。

ここはやはり「自分はいまヒートアップしているかも…」と感じた時点で、「捨てる勇気」「撤退する勇気」を持つことが大事です。