木月:テレ朝さんのあのカッコいいロゴも、横井さんがやられたんですよね。

横井:2003年に本社が六本木ヒルズに移転するのに向けて、CI(コーポレート・アイデンティティ)を開発したんですけど、「tomato」っていうイギリスのクリエイティブ集団と一緒に作りました。もともと、個人的に「tomato」のワークショップに参加していて、当時では珍しいインタラクティブなアート的表現をしていたので、リアクティブな表現自体が企業ロゴになったら面白いなと思って会社に提案しました。社内横断チームで2年くらいかけて開発したという感じですね。

木月:そのあたりから、会社の中心で仕事をしていくようになった感じですか?

横井:そうですかね? 入社したときはCGオタクで、人と話さなくてもいいじゃんみたいな人間だったんですけど(笑)、このCIを手がけたことで、いろんな人と話をしないと進まないし、全社を巻き込んでみんなが自分の仕事としてやってくれたら広がるというのが分かったので、入社して比較的すぐにCIをやれたのは結構大きかったですね。

木月:基本の文字があって動き出す、しかもそれが何パターンもあるっていうのがすごいですよね。

横井:開発プロセスも結構特殊で、普通はロゴを作ろうとすると固まった完成形のロゴを一生懸命デザインするんですけど、僕がCGをやってきた人間というのが大きくて、映像でどう動かすのかというのが最初の発想だったんです。その作業をずっとやってたら、「早くロゴ作れ」って言われたり(笑)

鈴木:今から20年前のあの時代に、会社のロゴが静止画じゃない、見るときの条件によって変わっていくというアイデアを飲み込んだテレ朝さんと、それをプレゼンしきった横井というのがすごいなと思います。

木月:本当にそう思います。それを理解してくれる雰囲気が社内にあったのですか?

横井:当時は視聴率も万年4位という状態で、どこかストリート集団的なところがあったと思うんですけど、新しく六本木ヒルズに移転となって、会社が大きく変わろうという空気があったと思います。それを他の社員も面白がってくれたのがありますね。

■フジからテレ朝セットデザインに参加「奇跡的な条件がそろった」

木月:そういうお仕事をされつつ、『マシューTV』もやられて。

横井:これは賢太と一緒にやった仕事ですね。今のテレビ業界だと、なかなかあり得ないことだったんですよ。

木月:賢太さんもやってたんですか!?

鈴木:かねてから彼と交流があって、一緒に何かやれたら面白いねっていう話から本当にやっちゃったのが、『マシューTV』です。

横井:深夜放送の『BEST HIT TV』時にキャラクターデザインを担当してたのですが、2002年に『Matthew's Best Hit TV』へ昇格する際に、セットデザイナーとして賢太を招へいしました(笑)

木月:えーすごい!

鈴木:この時は結構奇跡的な条件がそろっていて、『マシューTV』がものすごく個性とアートセンスが必要な番組であるということと、横井が「フジテレビに面白いヤツがいる」と言ったら当時プロデューサーだった西村(裕明)さんや高橋(正輝)さんが「いいじゃん」と言ってくれたことが大きかったんです。でも、さすがにマズいかなと思って、僕もうちの会社に相談したら、「同じ枠でそれ以上の数字をうちが獲ってれば別にいいよ」と当時の港(浩一・制作センター)部長に快く送り出してもらいました(笑)。なんだか社風がすごく自由ですね。

  • 鈴木賢太氏による『Matthew's Best Hit TV』セットイメージ画

横井:『マシューTV』はもともと(フジテレビグループの)フジアールさんが前提として美術で入ってたので、「それならフジテレビも一緒かなと思って、面白い賢太呼ぼうよ」みたいな感じになって。

――ちゃんとスタッフロールにも「鈴木賢太」と入ってたんですか?

鈴木:はい、入ってました。最初は「フジの美術がテレ朝に殴り込んできたぞー」みたいな状態だったんですけど、横井が僕の入れる状態を作ってくれたのもあったし、僕としても自分のデザインの示すもので納得してもらった感じですね。それにしても、あの当時にファッションとグラフィックと映像とスタジオセットを完全にリンクさせて1個のブランドを作るっていうことができたのは、これが唯一の番組だったと思います。

横井:当時は、ロゴはロゴ、CGはCG、セットはセット、キャラクターデザインはキャラクターデザインっていうふうに担当が分かれていたんですけど、あの番組に関しては賢太を含め僕らアートチームと番組演出の制作チームが一体となって作ってる感じが面白かったですね。「トータルデザイン」というものを番組でとことんやり切ることができたのは、自分にとって初めてだったと思います。

鈴木:それで横井は「ニューヨークADC賞」でyoung gun賞を獲りましたから。

横井:賢太も入ってくれたおかげで、「ニューヨークADC賞」という世界最高レベルの賞を頂いたことで、日本の番組が世界にも通用するんだなと思いましたね。

鈴木:そこから、ソフィア・コッポラ監督の『ロスト・イン・トランスレーション』という映画の中に、『Matthew's Best Hit TV』がそのまま登場するんですよ。

木月:そこからの流れなんですね。

横井:ニューヨークに行ったとき、現地のホテルの人と話したら「マシューTV、知ってる知ってる!」っていう感じで、テンションがめちゃくちゃ上がったのを覚えてます。結構、ヒップな人たちに認知されていましたね。

鈴木:それで僕は味をしめて、「『ミュージックステーション』もやらせてほしい」って言ったんですけど、「それはダメ」って言われました(笑)

(一同笑い)

木月:『Mステ』はテレ朝さんの中でも、やっぱり位置付けが違うんですか?

横井:生放送というのは、収録番組といろいろと規律の問題が変わってくるんですよね。特に『Mステ』は生放送でセット展開もありますし、絶対に放送事故を起こせないという…。

鈴木:テレビ業界の美術ゾーンの鉄則がありまして。日テレの番組だけどフジアールがやってたり、TBSだけどテレビ朝日クリエイトがやってたりというのは、実はすごくあるんです。でも唯一守らなきゃいけないのは、生放送に触れてはいけないということ。

木月:そうなんですか!?

鈴木:生放送というのはリアルタイムで自分の局から送出するものなので、平たく言うと本丸に入ってはいけないということなんですね。だから、『マシューTV』を生でやるってなったときは、どうするんだみたいな話になりましたね。

次回予告…~美術クリエイター編~<2> 感動の“ホワイトボード芸”と“奥行き”の重要性

  • (左から)横井勝氏、木月洋介氏、鈴木賢太氏

●横井勝
1973年生まれ、京都府出身。デジタルハリウッド卒業後、97年に全国朝日放送(現・テレビ朝日)入社。『ミュージックステーション』『アメトーーク!』などの番組のアートディレクションのほか、『ABEMA NEWS』クリエイティブ統括、テレビ朝日のCIデザインや「テレビ朝日・六本木ヒルズ 夏祭り」から「バーチャル六本木」の展開、『世界体操・世界新体操』の国際大会演出など、最新テクノロジー企画、リアル空間、商品開発も多数手がける。

●鈴木賢太
1974年生まれ、埼玉県出身。武蔵野美術大学卒業後、97年にフジテレビジョン入社。主な担当番組は『ENGEIグランドスラム』『ネタパレ』『人志松本のすべらない話』『IPPONグランプリ』『ジャンクSPORTS』『ワイドナショー』『人志松本の酒のツマミになる話』『VS嵐』『MUSIC FAIR』『FNS歌謡祭』『全力!脱力タイムズ』ほか。14年には『VS嵐』正月特番のセットで第41回伊藤熹朔賞協会賞を受賞。

●木月洋介
1979年生まれ、神奈川県出身。東京大学卒業後、04年にフジテレビジョン入社。『笑っていいとも!』『ピカルの定理』『ヨルタモリ』『AKB48選抜総選挙』などを経て、現在は『新しいカギ』『痛快TV スカッとジャパン』『あしたの内村!!』『今夜はナゾトレ』『キスマイ超BUSAIKU!?』『ネタパレ』『久保みねヒャダこじらせナイト』『バチくるオードリー』などを担当する。