2011年に亡くなった落語家・立川談志さん(享年75)が、家族の前で知られざる素顔をのぞかせる未公開映像が見つかった。フジテレビのドキュメンタリー番組『ザ・ノンフィクション』(毎週日曜14:00~ ※関東ローカル)で、『切なくて いじらしくて メチャクチャなパパ ~家族が映した最期の立川談志~』と題し、没後ちょうど10年にあたる21日に放送される。

12年にわたって撮ったテープは約750本、1,000時間におよぶこの映像は、マネージャーを務めた長男・慎太郎さんが撮影したもの。中には談志さん本人が1人になって“自撮り”してカメラに向かって語りかける様子も収められており、そこには自身に襲いかかる「老い」に不安やいら立ちを隠せないという、あの天才落語家からは想像しがたい姿があった。

今回の番組が実現した経緯や、長年密着してきた立場から見た驚きの光景、そして談志さんが10年の時を超えて今の時代に問いかけるメッセージとは。制作会社・スローハンドの茂原雄二プロデューサーと久保田暁ディレクターに話を聞いた――。

  • 上半身裸でそばを食べる“自撮り”の立川談志さん (C)フジテレビ

    上半身裸でそばを食べる“自撮り”の立川談志さん (C)フジテレビ

■面白い映像素材に“導かれた”

97年から談志さんのドキュメンタリーを制作し、「ずっと一緒にいました」という茂原P。その取材の様子を見て、談志さんと慎太郎さんもプライベートカメラを回し始め、それが膨大な量になっていた。

そうした中で、没後10年というタイミングでの企画を考えていると、慎太郎さんから撮影テープを番組化できないかという相談が。「でも、僕がやったら今まで作ってきたものと同じトーンになってしまうので、久保田に演出を頼んで、僕はプロデューサーに回ったんです」(茂原P)と、制作がスタートした。

「“立川談志の落語って何だ”というテーマだと何時間あっても足りなくなるので、そこは一切やめて、違う談志像を見せようと。ただ、病気の方が亡くなっていくドキュメンタリーだけにするというのではなく、談志師匠ってメチャクチャなところがあってのあの人なので、そこを立てようと相談しました」(茂原P)ということで、1,000時間という映像素材を1カ月弱かけてすべて視聴した久保田Dは、今回のテーマを「老い」と「家族」に設定。

膨大な素材量から1時間弱の番組に使う映像を選ぶのに「あまり迷うことはなかったです。ここが面白いというのが明確に分かる素材だったので、慎太郎さんや談志師匠の撮ったものに“導かれた”という感じですね」(久保田D)と、編集作業を進めていった。

  • クマのぬいぐるみを抱える談志さん (C)フジテレビ

■「これは絶対に世に出そうと思いました」

中でもこだわったのは、「談志師匠の自撮りは多く入れたいと思っていまして、そこは『カットしよう』と言われても、絶対『嫌だ』って言おうと思ってました(笑)。セルフ撮影であれだけしゃべっているというのを見たことがなくてすごいなと思ったので、これは絶対に世に出そうと思いました」(久保田D)。

そこに映っていたのは、「生きるというのはつらい」「死にたい」と語る談志さん。半世紀にわたって表舞台に立ち続けた男が、日々衰えていく肉体にうろたえ、ときに心が壊れそうになりながら、もがき、苦しむ姿だった。

長年、談志さんを見続けてきた茂原Pは「(あの自撮りの語りは)初めて見た感じでしたね。僕にもよく『死にたい』なんて言ってたんですけど、あんなに気が狂わんばかりに1人で自撮りしてるというのは知らなかったです。一番びっくりしたのは、自分の身体を嗅いで『臭い。死臭がする』って言ってたこと。談志師匠って匂いにうるさい人で、口臭を絶対させたくないから、朝起きて歯ブラシで舌を磨くんですけど、それで『オエ~』ってえずく音で弟子たちが朝起きたことを確認してたんですよ。だから、自分の匂いのことを言った瞬間、『あぁ、そこまで思ってたんだ』って」と、驚きを隠せない。

それでもカメラ目線で座り、とうとうと語り続ける姿を見ると、まるで落語の“枕”を聴いているようだが、「談志師匠の枕って、世の中のことを語る人というイメージに乗っかってやるんですけど、自撮りでは世の中のことを一切しゃべっていないので、いつもとは違って見えるんですよね」(茂原P)と、貴重な映像になっている。

また、茂原Pが「最高だな、この画」と思ったというのが、がんが進行して落語家にとって命ともいうべき声を失った談志さんと、妻・則子さんの思い出の場所での2ショット。「あるとき、談志師匠が『結婚を味わうとか、その人のことを好きになったっていうのは、死んで別れたときの喪失感だけが教えてくれるんじゃないか』というようなことを言っていたのを思い出したんです。あの人がそういうこと言うんだなと不思議に思ってたんですけど、この画を見たときに『そういうことなんだな』と思って」と、時を経て納得させられた場面だった。