「I love you」! そう言って海外の友人が目を輝かせ喜ぶお酒が「獺祭」だった。世界でも人気を博す銘酒は、2020年11月香港のオークションで80万円を超える値で落札。さらに、「獺祭」を造る旭酒造の2021年9月期売上は、140億円を超え過去最高を記録。コロナ禍であってもその勢いはとどまる所を知らない。

  • 獺祭獺祭唎酒セット

では、なぜこれほどまでに成長を続けることができるのか。そのヒントは、2年前に出会った旭酒造社員竹田拳人さんのその後を追っていく中で見えてきた。今回は竹田さんのお話しとともに同社の成長の理由をひも解いていきたい。

高みを目指し続けたチャレンジ

取材をした2019年当時(今、なぜ若者たちが酒蔵で働くのか? - 「獺祭」旭酒造の働き方に迫る)、竹田さんは洗米工程を担当。洗米部門はいわば酒質の番人で、お酒の基準を決める場所でもある。雑味の元となる米ぬかを洗い落とし、精米で失った米の水分を水に浸けて取り戻す吸水作業を行う。その洗米部門でリーダー的な役割を担っていた竹田さんは、そのころから酒造りへの熱意を語ってくれていた。

  • 社員のだれでもテイスティングができる。お酒の質を理解できるようにと工場長がはじめた取り組み

そこで、当時から変化したことや取り組みについてまずは尋ねてみた。すると、現工場長と一緒にチャレンジした酒質改善のエピソードを話してくれた。

「洗米はお酒の基準を決める場所なんです。米に水を吸わせるんですが、実は米ごとに吸水率は異なっています。一定の酒質を保つため米の含水率を毎朝チェックし、その数値に合わせて洗米時間などを決めているんです」

わずかな数値ズレが酒の品質に違いを生むそうで、適正数値を見出すまでに約1年半という長い時間を要した。結果、洗米の評価工程を増やしこれまで以上に手間暇かけ、酒質を安定させたという。

「変えれるところは、変えるチャレンジをしていきたいですね。失敗するときは失敗しますけど、成功したらいい方向に進む。それに気づけたんです。だから、洗米時代は本当に楽しんかったんですよ」と笑みをこぼした。

誰にでも気軽に聞ける環境が成長のきっかけになる

  • 38~40度に保たれた部屋で種つけ(麹菌の散布)を行っている様子。一日5回着替えを必要とするほど蒸し暑い場所

そんな経験を経て竹田さんは、約1年前に製麹部門の主任として洗米部門から異動をしてきた。麹造りの工程は「一麹、二酛、三造り」の言葉が表すように、酒造りの中では重要な役割を果たす。

竹田さんが働く麹室は、38~40度に設定された非常に蒸し暑い場所。筆者も撮影のため入らせてもらったが、わずか5分でシャツが背中に張り付いた。竹田さんの「1日5回着替えをするんです」という言葉にも納得だ。さらに二昼夜半の製麹期間は4人の担当者が交代で作業をするそう。過酷な場所での繊細な作業を取材するうち、お酒を飲めることのありがたみをしみじみ感じた。

そんな製麹部門でチームを率いる竹田さんだが、実は現在入社6年目の28歳。取材時から2年経っているとはいえ、未だ若手社員と言ってもおかしくない世代だ。ただ、話を聞いてみると竹田さんが異例というわけではない。竹田さんの同期も現在、洗米の主任を務めるなど、年齢や学歴は関係なく責任を任せられるのが旭酒造だという。では、どのようにして竹田さんはこのポジションまで成長してきたのか、その理由を尋ねてみた。

「わからないことは工場長・副工場長たちに気軽に聞きに行けます。1人ではなく3人の意見を知ることで、違った見方や新しいことを吸収できるんです。気兼ねなく話せるこの環境がステップアップにつながっていると思います」

そう語る竹田さんだが、決して受動的なわけではない。上司や先輩がもつ経験・知恵を積極的に借りるものの、答えまでのプロセスは常々自身で考えているという。なんでも聞けるという同社のメリットを生かしながら、自分の考えや行動に昇華する。そんな前のめりの姿勢を持つ彼だからこそ、現在の重要な役割を担えているのだろう。

また、前述の通りコミュニケーションの取り方が他とは少し異なる同社。竹田さんと工場長がフランクに言葉を交わすのはもちろん、会社をけん引する桜井会長も「社員の顔や特徴はわかりますよ。社長は名前もきちんと覚えています」というから驚きだ。以前の取材時よりも会社規模は大きくなったが、社員同士の活発なコミュニケーションは変わらない。

聞ける環境に甘んじず、主体性を持つ大切さ

  • 手作業でまんべんなく麹菌を米にまぶす種付けの様子

そんな風通しの良い職場ということもあり、「部下にもわからないことは尋ねてきてというスタンスなんですか」と竹田さんに尋ねてみた。すると、「それは少し違います」と意外な返答があった。

「自分はあまりこれをしなさいよとは言いたくないんです。こんな意見もあるんだよと伝えて、そのあとは自身で考えてもらいます。たとえ失敗したとしても考えてさえいれば、どこが失敗したのか、次はどうすればいいのか、その話ができると思っています」

後輩たちには、主体性を持ってもらいたいと考える竹田さん。自身も先輩たちの知恵を取り入れつつ、最後は自分で決断をしてきたそう。マニュアルや気軽に聞ける環境は整っているが、他人が正解を教えるわけではない。そんな環境だからこそ、受け身ではなく主体性をもつ社員が育っていくのだろう。

"人"が製品と品質を押し上げる

  • 仕事への想いを話す竹田さん

特別お酒好きというわけではなかったという竹田さんだが、大学時代の先生から「こんな世界もあるよ」との助言を受け、酒造りの世界に飛び込んだ。そのスタートから約6年、仕事だけでなくプライベートにも変化が。

実は2年ほど前にお子さんが誕生したのだ。以前は帰宅後も仕事が頭を離れない日々を過ごしていたそうだが、お子さんが生まれてからはプライベートと仕事の時間を区切れるようになったという。そう話す竹田さんからは守る存在が出来たからなのか、穏やかでありながらもどこか力強さを感じた。

そして、最後に今後のビジョンを尋ねてみた。「これまでとは違う部門も経験したいです。とにかく、とことんやってみたいですね」とまっすぐ目を見て答えてくれた。

今や世界に名を轟かせる「獺祭」。だが、その地位にあぐらをかくことなく、仲間とただひたすらに美味さを追求し続ける造り手たちがそこにいた。桜井会長は言う「人が製品と品質をおしあげていくんです」。その言葉通り高みを目指す人がいる限り、旭酒造の成長は止まらないだろう。