みなさんは自分自身とうまくつき合えているでしょうか。「自分のトリセツ」をつくることをすすめるのは、著書『何もしない習慣』(KADOKAWA)を上梓した栄養士・健康管理アドバイザーの笠井奈津子さん。
疲れやすいといわれるこの時代に、「自分のトリセツ」が疲労回復のため、ひいては自分の幸せをしっかり摑むためにも大きな力を発揮すると語ります。
■自分を最大限に活用するための「自分のトリセツ」
——「多くの人が疲れている」といわれる昨今ですが、職業柄、笠井さんも疲労に関する相談を受けることは多いですか?
笠井 増えています。わたしは栄養士ですから、そういう人には当然ながら食事を見直すことを提案します。ただし、相談する相手がパーソナルトレーナーだったら身体を鍛えることをすすめるでしょうし、人によってはマインドフルネスをすすめるかもしれません。
——どういうことでしょう?
笠井 疲労回復のためのアプローチはひとつではないということです。多くの選択肢のなかから自分に合ったものを選べなければ、疲労をなくすことは難しいでしょう。
大切なのは、自分の疲れの原因を見定め、その軽減のための適切な対処法を探ることです。そうするためにも、わたしが「自分のトリセツ」と呼ぶものをつくってほしいと思います。「自分のトリセツ」とは、「自分の取扱説明書」のことで、「疲れているときにはこうすれば自分は回復する」「こうしたらやる気スイッチが入る」といった自分の特性を認識し、自分という人間を最大限に活用するためのものです。
——ベストセラーとなった書籍のタイトルなど、近年、「○○のトリセツ」という言葉はよく聞きます。
笠井 世の中には「妻の~」「上司の~」「部下の~」といった“他人”のトリセツがあふれています。それだけまわりには目を向けているわけです。でも、自分に対してはどうですか? 多くの人が自分自身に目を向けられていないようにわたしは感じています。
いくらまわりと良好な関係を築くための方法を知ったところで、自分が疲れていてはその方法を実践することも難しくなります。自分が疲れ切っている状態では、ちょっとしたことでイライラしてしまうこともありますし、忙しい同僚の仕事を手伝ってあげようなんて思う余裕もないでしょう。
■「1日の行動の見える化」がベースになる
——では、「自分のトリセツ」をつくる方法を具体的に教えてください。
笠井 ベースとなるのが、1日のタイムラインに沿って自分の行動を書き込む「1日の行動の見える化」です。自分の行動を記録して見える化すると、常態化した自分の時間の使い方があぶり出され、いい点も問題点もはっきりと認識できます。これは、テレワークをしている30代男性の例です。
——書き込むときにもっとも意識すべきことはなんでしょう?
笠井 食事の内容とその時間、睡眠時間については必ず書き込んでください。なぜなら、食事と睡眠は、人間にとってもっとも重要な「充電」だからです。これを続けていくことで、「こういう食事をしていると疲れることが多い」「○時間寝るとパフォーマンスが上がる」といったふうに、疲労やパフォーマンスを左右する食事と睡眠の基準が見えてきます。
在宅ワークをしている人の場合、出社していた頃の生活と比べて食事時間の乱れが目につきます。業務開始直前に起きて、仕事をしながら朝食ともいえないような食事をとり、そのずれによって夕食が深夜にずれ込むようなことが起こります。つまり、本来充電すべき時間と実際の食事の時間がずれてしまっているわけです。
——「ずれ」ることに問題がある。
笠井 仕事をはじめるまえにしっかりと朝食をとって充電すべきなのに、そうできていない。逆に、充電する必要のない就寝直前に食事をしてしまい、睡眠の質まで低下させてしまうというようなことです。
■「充電」と「消費」のバランスを調整する
——タイムラインのなかにアンダーラインを引いた部分があります。
笠井 これは、食事や睡眠ほどではないにしても、「充電」につながるような行動をチェックしたもので、例に挙げたものでは"オンラインゲーム"がそれに該当します。
そして、右側にはそのことが自分にとってどんなふうに充電となったのか、できるだけ詳しく書き込んでください。そうすることで、「こういうときはこうすると充電できる」というトリセツがたまり、「充電ポイントのリスト」が増えていきます。
疲れているときは、多くの人が思考停止している状態にあります。そうすると、「自分はなにをすれば回復できる?」「どうすれば気分転換できる?」という考えにまで至らず、安易にお酒を飲んだり甘いものを食べたりといった不健康な選択をしがちです。
——男性ならお酒を飲み、女性なら甘いものを食べる…。そういったことは、かなりやりがちかもしれません。
笠井 自分だけの「充電ポイントのリスト」があったならどうでしょうか? たとえ疲れていて思考停止してしまっても、「こういうときはこうすればいいんだ」とよりよい選択をしやすくなります。
——タイムラインのなかにチェックマークがついているものもあります。
笠井 これらは、充電とは対照的に自分を疲れさせてしまう「消費」につながる行動や「し過ぎ」だと感じる行動です。この例ならオンラインでのミーティングがそのひとつです。
——それをチェックすることにどういう意義がありますか?
笠井 こうして振り返ると、これまで休んでいるつもりでいた行動、たとえば「ソファでダラダラ過ごす」「好きな海外ドラマの一気見」といったことが、意外に回復につながっていないというようなことに気づくことがあるのです。
それは、1日の行動を俯瞰することで、「それがきっかけで間食が増えている」とか「神経が昂って寝つきが悪くなっている」といった、これまで顧みることがなかった新たな発見があるからです。
こうして自分の時間の使い方や生活全体を広く見渡しながら、充電と消費のバランスに気づいて調整していくことが、「1日の行動の見える化」の目的でありメリットです。
■充実した日々の積み重ねの先に、「幸せ」はある
——持っておくべき「意識」といったものはありますか?
笠井 なにより「自分に問いかける意識」をつねに持っておくことが、疲労回復のためにもっとも重要なことです。
それなりに寝ているし、きちんと食事をしているのに疲れている…。そんなとき、ソファでダラダラと過ごしながらも、「どうしてこんなに疲れているんだろう?」「どうすれば元気になれるのかな?」と自分に問いかけてください。もっと大きな視点からいえば、「自分はどうなれば幸せなんだろう?」とも問いかけてほしいと思います。
——ミクロなことからマクロなことへと視点を変えていく。
笠井 わたしたちは、たとえば社会的に大きな成功を収めるといった、いわば特別なことに気を取られ、ふだんの生活をないがしろにしがちです。でも、人生や幸せにもっとも大きな影響を与えるものこそふだんの生活であり、日々の積み重ねです。
疲れ切って自分がやりたいことを思うようにやれない日々を積み重ねたところで、目指す社会的な成功を収めることなどできませんし、幸せになることもできないでしょう。日々をより充実させ、自分の目標を叶えて幸せを得るために、自分に問いかける意識を持って「自分のトリセツ」をつくってみてほしいと思います。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/櫻井健司