長野県佐久市と長野県水産試験場佐久支場、NTT東日本は協働で、水田養殖される小鮒の安定生産を目的に、IoTを活用した圃場環境のデータ蓄積を6月から開始した。佐久市役所農政課 課長補佐 兼 農業生産振興係長の青柳孝行氏と農業生産振興係主事の北原裕理氏、JA佐久浅間 佐久平ふな部会 部会長の臼田和好氏、NTT東日本長野支店で地方創生に関する支援業務を行う岩月滝男氏に今回の取り組みの背景などを紹介してもらった。

  • (左から)佐久市役所農政課 課長補佐 兼 農業生産振興係長の青柳孝行氏、JA佐久浅間 佐久平ふな部会 部会長の臼田和好氏、佐久市役所農政課 農業生産振興係主事の北原裕理氏、NTT東日本長野支店 第一ビジネスイノベーション部 課長の岩月滝男氏

長野県・佐久地域の鮒養殖とは?

「鮒の食文化は全国各地にありますが、佐久市は水田での鮒の養殖を大規模に行っている珍しい地域になります。かつて、佐久市は鯉と水稲を一緒に水田で育てる『稲田養鯉』が盛んでしたが、時代とともに生産量は減少していきました。その後、養鯉の副産物として収穫されていた鮒が鯉の養殖技術を継承し、『水田鮒養殖』が行われるようになりました。特に、1970年代からは、水田のまま転作できることから、水田転作品目とし注目され養殖生産が盛んになりました」と語るのは北原氏。

もともと水田で鯉の養殖を行っていたため、水田鮒は長野県佐久市の地域の食文化として根付き、佐久市の秋の風物詩に。最盛期は年間60トンの小鮒を生産していた。

その数は徐々に減少している。JA佐久浅間の生産者組合「佐久平ふな部会」の生産者と生産量は2006年に147名15トン、2020年には47名4.3トンまでに落ち込んだ。近年は生産者の高齢化が進み、生産者の減少や原因不明のへい死などにより、生産量が不安定となる課題が顕在化している。

  • 水田で養殖されている出荷約1.5カ月前の鮒(約2cm)。出荷時には5〜6cmまで育つ

「現在は徐々に生産者の数も、生産量も減少してしまっている状況です。特に令和2年は生産者47名で鮒のへい死も重なって、生産量は4.3トンまで落ち込みました。鮒は温帯の魚で基本的に暖かさには強く、35℃くらいまでは問題なく生育するんですが、近年は35℃を超えるような水温が何日も続くようなときもあります」(北原氏)

そこで佐久市、長野県水産試験場佐久支場、NTT東日本の3者は協働で外気温・湿度、水温、溶存酸素のデータを蓄積・分析。へい死の原因を特定し、データを活用した生産マニュアルを作成する取り組みを開始した。今回、NTT東日本は複数拠点のデータ取得システムを構築している。

「ちょうど1年ほど前に佐久市さんのほうからご相談をいただきました。鮒は5月下旬に卵の産み付けが始まり、8月下旬から9月上旬にかけて出荷されます。今年は、6月上旬にセンサーを設置し、センシングを開始しました」(岩月氏)

水田でのデータを測定する方法とは

圃場環境データの収集は今年8月末までの予定。LPWA(Low Power Wide Area Networkの略で消費電力を抑えて遠距離通信を実現する通信方式) というネットワークを活用し、省電力で無線通信できるセンシング機材を2箇所の圃場に導入した。このセンシング機材を使い、水温・気温・湿度・溶存酸素量(水に溶け込んでいる酸素量)を計測する。

  • 2箇所の圃場に導入されたセンシング機材について説明するNTT東日本の岩月氏

「ソーラーパネルで給電を行い、センシングしたデータをLPWAの無線通信を活用し、15分毎にクラウドに蓄積しています」(岩月氏)

現場調査をした後も特に大きな支障なく、順調に設置や運用を進められているという。

データ測定の課題は?

「ただ、溶存酸素量のセンサーは水の中に入れており、藻などの掃除をするのがけっこう大変ですね。汚れなどによって正確なデータが取れなくなる可能性があり、センサー導入後の維持・管理は少し人手が掛かるので、今後まだ改良の余地があるかなと思います」(岩月氏)

臼田氏によれば、水田での鮒の養殖は、水の管理が重要であるという。用水路からの注水停止という予期せぬアクシデントや水深が浅いために暑い日には田んぼの水温は40℃にもなることもあるという。

「常に田んぼに水を流し入れ続けて水温や溶存酸素量の調整を行っている。特に夜には光合成を行っている植物も酸素を消費するようになり、酸素不足になりやすいため、水の取り込みはかかせない。水田への流入量は決まっているため、三反歩くらいの比較的大きな規模の田んぼになると、なかなか難しい面もあります」(臼田部会長)

生産者は水車で水を撹拌したり、鮒の退避する場所として水田の一部に稲を植えて、水温の上昇を防ぐなどの対策をしているそうだ。

ICTにより生産性向上を図る

もっとも、溶存酸素量や水温の上昇は鮒の突然死や大量死の要因として推測されているが、複数の要因が重なっている可能性もあり、昨年起きた鮒の突然死や大量死の明確な要因はわかっていない。蓄積したデータの分析は、長野県水産試験場佐久支場が主導するかたちだ。

  • 採用されているセンシング機材は、LPWA(Low Power Wide Area Networkの略で消費電力を抑えて遠距離通信を実現する通信方式) というネットワークを活用し、省電力で無線通信できる

収集データは生産者のスマホなどからもリアルタイムで確認でき、将来的にはICTによって小鮒養殖の生産性向上につながる可能性もある。

「もちろんコストをかければ、様々な生産性向上ソリューションを提供できる可能性はありますが、生産者の方々に持続的にご利用いただくために、費用対効果をご納得いただけるサービスを提供することが必要だと考えております。リモートで水温や溶存酸素をコントロールする仕組みをご提供できれば理想的ですが、現段階ではあくまで突然死の起きる要因を分析するデータの蓄積を行っている状況です」(岩月氏)

今回の取り組みを複数年継続し、生産量の拡大・安定化を目的に匠の生産者の経験および蓄積したデータを盛り込んだマニュアルを作成。3者は小鮒養殖の生産性向上と生産者の省力化による伝統文化の継承を目指していくという。

「佐久の秋の風物詩である小鮒の食文化を次世代につなぎ、小鮒のブランド化や流通を含めたフードバリューチェーンによる地域活性化に取り組んでいきたいです」(岩月氏)