「オリンピックの緊張なんて、斉藤(仁)先生からのプレッシャーに比べれば屁の突っ張りにもなりません」2008年北京五輪・柔道男子100キロ超級で金メダルを獲得した直後のインタビューでそう話した石井慧は、一躍、時の人となった。

  • 北京五輪・柔道「金」の石井慧がK-1に電撃参戦! 勝機はあるのか? 何を見せる?

    柔道家から総合格闘家に転身した石井慧が、9月20日・K-1のリングに電撃参戦!多くのファンの注目を集める。(写真:日刊スポーツ/アフロ)

13年前のことである。直後に石井は柔道界を離れ総合格闘家に転向、国内外で地道に活動を続けてきた。そんな彼が突如K-1参戦を表明。9・20横浜アリーナ大会のリングで、如何なるファイトを見せてくれるのか?

■クロアチア国籍を取得

「K-1ルール。百聞は一見に如かず。百聞は一触に如かず。以前からK-1ルールでの試合を体験してみたかった。いや、体験するだけではなく絶対に勝ちたい。毎日、死に物狂いで練習して結果を出します」

9月20日、横浜アリーナで開催される『K-1 WORLD GP2021 JAPAN~よこはまつり~』に参戦することが決定した石井慧は、クロアチアからのビデオメッセージで、そう話していた。
対戦相手は、愛鷹亮(K-1GYM 相模大野KREST)。契約ウェイトはスーパーヘビー級で、石井の方が約20キロ重くなる模様。

  • (提供:K-1)

まさかの展開だ。
柔道出身の総合格闘技選手である石井が、K-1に挑戦するとは─。 打撃の練習に積極的に取り組んでいたが、得意なのは組み技。キックボクシングのリングに上がるとは思わなかった。

石井が柔道で金メダルを獲得したのは2008年の北京五輪だから、あれからもう13年が経つ。総合格闘家に転向して以降の彼の足跡を少し振り返ってみよう。

プロデビューは2009年大晦日、『Dynamite!!』(さいたまスーパーアリーナ)のリング。ここで、<柔道→総合格闘技>の先輩にあたる吉田秀彦と対戦した。
全国にテレビ中継されたこの一戦は、「世代交代マッチ」との見方が強く、大方のファンが石井の勝利を予想したが、まさかの敗北。これにより、ファンの彼に対する期待感は一気に萎んでしまった。

それでも石井は、総合格闘技のトレーニングを続け、翌2010年5月にニュージーランドで開催された『Xplosion』に出場し初勝利。以後も国内外のさまざまな大会で闘い続けた。ミノワマン、柴田勝頼、藤田和之、ジェロム・レ・バンナ(フランス)らには勝利を収めるも、エメリヤーエンコ・ヒョードル(ロシア)、ミルコ・クロコップ(クロアチア)、イリー・プロハースカ(チェコ)といったトップファイターとの対戦では、いずれもKO負けを喫している。

これまでの総合格闘技戦績は、35戦23勝(13KO&一本)11敗1分け。
また、2018年には『QUINTET』(桜庭和志が創設したグラップリングイベント)にも出場、1勝2分けの戦績を残している。近年、世間からの注目度は低下した石井だが、地道に総合格闘家としてのキャリアを重ねてきた。

そして彼は、数年前からクロアチアで暮らしている。練習拠点はミルコが主宰する「チーム・クロコップ」。すでにクロアチア国籍も取得しているのだ。

■「K-1ヘビー級」復活なるか

今回のK-1参戦は、主催者からのオファーではない。石井側からの打診によるものだ。 これを受けたK-1サイドも、対戦相手の選定には苦慮したと思われる。日本国内のヘビー級キックボクサーの数は少なく、海外からの選手招聘もコロナ禍で難しい。
そんな中で、対戦相手は愛鷹亮と決まった

「オファーを頂いた時にはびっくりしました。私も以前は柔道をやっていましたから石井選手は雲の上の存在。そんな人と闘えることを嬉しく思います。
ただ、K-1ファイターとしては自分が先輩なので、もちろん勝ちに行きますし、その準備もできています。拳がぶっ壊れる勢いでぶん殴ります」(愛鷹)

  • 石井慧と対戦する愛鷹亮。AKB48、SKE48の元メンバー佐藤すみれの夫としても知られる。 (写真:K-1)

愛鷹は石井より3歳年下の32歳。高校まで柔道場で汗を流し、静岡県警に5年間勤務した後、キックボクサーに転身している。Bigbang、Krush、K-1などのリングで活躍、この間にBigbang初代ヘビー級王座に就いている。戦績は22勝(10KO)9敗。
期待値の高い選手だが、直近の試合では3連敗中。上り調子とは言い難い。

さて、この試合の勝敗予想は難しい。
なぜならば、現時点での石井のキックボクサーとしての実力がベールに包まれているからだ。
展開を占うなら、先に仕掛けるのは愛鷹だろう。互いのネームバリューを考えれば、この試合は愛鷹にとってのチャンスファイト。いきなり突進し、豪快な初回KO勝利を狙うのではないか。これに石井が、どう対応するかが最初のポイントだ。

もし、石井が完敗を喫したならK-1での2戦目はないだろう。総合格闘技の世界に戻ることになると思う。しかし、観る者を驚かせる圧勝劇を演じたなら、K-1の歴史を変えることになるかもしれない。「K-1ヘビー級」本格復活の予感が漂う。
かつて1990年代、2000年代、K-1はヘビー級ファイターたちのド迫力ファイトで人気を博した。あの興奮を蘇らせる入り口を石井が示せるなら面白い。

果たしてキックボクサー石井慧の実力は、どれほどのものなのか? 
また、彼にとってK-1のリングとは何なのか? 総合格闘家としての完成形を目指す上での通過点なのか、それとも…。9・20横浜で一つの答えが導き出される。

文/近藤隆夫