前回、職場のブラックレベルの見極め方を「残業削減強要」「サービス残業」「同調圧力」の3つの視点で解説しましたが、それでも「やっぱりもうこんな会社辞めてやる」と思い至ったとしても、ちょっと頭を冷やして冷静になって考えていただきたいことがあります。

  • ブラック企業を辞める前に必要なこと

ブラック企業は2つのタイプ

ブラック系の企業には2つのタイプがありますが、あなたの会社(職場)はどちらの側面が強いでしょうか(2つとも当てはまるならすぐに退職の準備が必要では)。

一つ目は「正当に働いた分の賃金を支払わない企業」で、かなりの長時間労働を強いられていても、モチベーション高く働いている人も沢山います。

労働時間が多くても、没頭できる仕事にアサインされ、励まし合う仲間がいる組織に身を置いているとブラックだとは思いませんが、そういう雰囲気になじめなかった人が、ふと客観的に所属組織を振り返ると「この長時間労働はブラックだな」となるのです。

これは価値観の問題なので、まずは自分がこの会社(組織)で働く意味を考えることをお勧めします。

転職前提か否かに関わらず、次のキャリア・アップのために今の経験が重要だと考えるなら、寝食を忘れて仕事に没頭するのは良いことだと思います。ですが「労力に対してもらえる報酬の少なさ」を重視するなら転職の方向で検討してよいのではないでしょうか。

ただし、ここでいう報酬は、労働時間の精算として支払われる賃金だけでなく、会社からの中長期的な期待(昇進昇格のチャンス)や経験値・ノウハウの蓄積、人脈の獲得などの非金銭的報酬が含まれていることを忘れてはなりません。

もう一つはハラスメントが横行している組織です。

さすがにセクハラの概念はかなり浸透しましたので、いまどきセクハラが横行している組織はほとんど見当たりませんが、絶対権力者のパワハラや同僚たちからのモラハラ、個性や個人主張を許さない過度な同調圧力は一人の抵抗での改善は難しく、人事部に相談しても積極的な介入は期待できないでしょう。

こういう組織に身を置いているのなら、早々に退職の準備をしておきましょう、

辞める前からお金の計算をしておく

退職すると決めたら、まず、やっておきたいのは会社などからもらえるお金の計算です。 「波風を立てたくない」「消えるように辞めていきたい」「上司や同僚にあれこれ言われるのはいやだから、退職代行サービスを使って、会社にはもう行かない」という方もいるかもしれませんが、退職間際に会社と揉めるケースの多くはお金と残業時間の問題です。 辞めると決めたときから以下の項目は確認・集計しておきましょう。

退職金などの支給要件

企業規模などにもよりますが、退職金制度が整備されている企業は多いでしょう(特に古い企業)。一般的に支給要件が「勤続●年以上」とか、「自己都合退職の場合は、勤続5年未満で減額率50%」などといったルールがありますので、いつ辞めるのかによって権利の有無やもらえる額が変わってきます。

また賞与については「支給日に在職していること」という条件になっている企業が多数派です。早まって退職日を賞与支給日前にしてしまうと一銭も貰えませんので注意しましょう。

有給休暇の残日数

退職前に残有給休暇は確認しておきたいところですが、ブラック企業ですと「引き継ぎができていない。責任果たせ」などと言ってなかなか休ませてもらえない可能性もあります。有給休暇残日数から退職日を確定し、余裕を持った引き継ぎ期間を設定しましょう。

失業給付で貰える手当日数

転職先が決まっておらず、しばらくゆっくりと身体を休めようと、失業給付を受給することを想定している場合もあると思いますが、雇用期間が何年あるかによって給付日数(金額)が変わりますので、こちらも確認しておきましょう。

キレて辞める決意! でも辞めるまでは冷静に

「もう無理! ブチ切れました」というのが退職を決意したきっかけかもしれませんが、実務的に退職日を迎えるまでに数ケ月、長くて半年ほどかかります(転職の段取りもありますし)。有給消化といっても多くて1ケ月程度ではないでしょうか。

まずは落ち着いていただきたいのですが、退職することを心から決意すると、あら不思議。これまで顔を見るのも嫌だった上司や陰湿なモラハラを仕掛けてくる同僚の言動にいちいち腹が立たなくなります。

そもそも腹が立ったり、残念に思ったりするのは、自分の気持ちを分かってもらえず、この職場での将来を悲観するからです。しかし働き続けることが前提でなくなったことで、相手にこびることも、恐れる必要もありません。過去最高の無敵状態になるのです。

モラハラを仕掛けてくる輩は「この組織で私に盾を突いたら、あなたの立場は厳しくなる」というスタンスで接してくるものなので、その脅しが通用しなくなるのです。

失うものがないあなたは、モラハラ同僚にこれまでの仕打ちをあからさまにすることさえ可能になります(もちろんやらないでください)。

そして改めてこれまで人間関係に翻弄されてきた自分に気が付き、もうそれに悩まされることがないと考えると、現状を客観視できるようになります。その境地に達するとあとは最終出社日までのカウントダウンですが、リスクヘッジのために次の確認をしておきましょう。

労働時間はきちんと記録しておく

あなたがブラックだと思う企業に勤めているなら、申請していないサービス残業があるのではないでしょうか。労働基準監督署に駆け込んで未払い残業を訴えるほど、「訴訟を起こすことも辞さない」という恨みがあるのなら、それもいいとは思います。

でも、あっせんや調停などに展開すると時間と労力が取られるだけでなく、それが転職先に知れると、理由はどうであれ心証はよくないので、そんな時間があるなら転職先のことを考えましょう。

ただ、会社側から理不尽なことを言われた際に、労働時間をカウントしていること(未払い残業の存在)をほのめかすとおとなしく引き下がってくれる可能性が高くなります。2020年4月から賃金債権の時効消滅が3年になり、未払い残業代を最大3年も遡って請求されたら企業は大変困るのです。

最初からそれを狙うのではなく、揉めそうになった時のカードとして、メモ書きでもいいのでエビデンスを残しておきましょう。ここで言いたいのはやめる会社から「少しでもお金をふんだくってやろう」ではなくて、後々のことを考えて、禍根を残さない辞め方を目指しましょうということです。

ハラスメントの証拠も温めておく

同様にハラスメントを受けていたなら何らかの証拠は持っておきたいところです。パワハラはセクハラと違い、被害者が感じた事がそのまま認められるものではありませんが、2020年の6月からパワハラ防止法が施行され、企業(人事部)はパワハラには敏感になっています。

こんなエピソードがあった程度の話でもネタとして持っておくのはいいでしょう。ただし、ちょっとしたことでパワハラ騒ぎを起こすと、逆パワハラのそしりを受けることになり兼ねないので、こそっと人事部に告げるくらいがよいのではないでしょうか。

いつかの時に備えてやっておくべきは人間関係の再構築

仮に転職を思い立ち6ケ月程度先のことを考えて上記のような準備を始めるとすれば、同時に進めておきたいのは、社内の人間関係の再構築です。

「もう辞めよう」というマインドになっているのに、社内の人間関係などどうでもいいと思い勝ちですが、ここはとても重要です。

辞めてすっきりしたい気持ちは分かるのですが、キャリアチェンジでない限り(いやキャリアチェンジでも)、どこかであなたの前職での噂が立つ可能性があります。

ネット環境が進化し、多くの人と直接的・間接的につながりやすくなっている現代では、ネガティブな個人情報は収集されやすくなっていると思っていて間違いないでしょう。

どこかの調査会社から「お宅の会社に勤めていた●●さんは、どういう方でしたか?」こういう照会の連絡が元職場に入った時、あなたを快く思っていなかった同僚はどんなことを言うでしょうか。ちょっと怖いですよね。

逆に、退職前に人間関係・信頼関係を構築した優良(優秀)な同僚がいれば、将来あなたが困ったときに助けになる可能性が高いのです。

ネット社会と言われて久しいですが、人は直接会って話し、五感を通じて同じ時間を過ごした人を信頼するものです。退職間際であっても出会った人との関係性を大切にするスタンスのあなたを多くの関係者は快く思うでしょう。そして「辞めないでほしい」と懇願されるのが最高の辞め方です。

「立つ鳥跡を濁さず」という諺は現代に生きる私たちにあてられた教訓ではないでしょうか。