「好きなことを仕事にしているというよりも、全部が好きになっちゃうライフスタイルを送っています」――そう話すのは、書道家でアーティストの武田双雲さん。

「楽しむこと」を最優先事項に掲げる武田さんは、どんなに辛いことでも楽しむ方法を模索し、身の回りのすべてを好きになれるよう約20年間も"修行"を続けています。結果、「武田双雲」の名前は最注目の日本人アーティストのひとりとして世界中に轟き、常に世間の注目を集めてやみません。

書道家・武田双雲が誕生するまでの前日譚をお聞きした前編に続き、後編となる今回は、プロ書道家としてのモットーやルーティンワークなどについてお話を伺います。

■書道家・武田双雲が誕生するまでの前日譚 前編はこちら

100人に誹謗中傷されても、1人が感動してくれるなら

――今の仕事で一番嬉しかったエピソードを教えてください。

一時期は、とにかく僕に対する批判がすごかったんですよ。「あんなのは書道じゃない」「胡散臭い」「キモい」……大量に誹謗中傷を受けましたが、そういうときに限って、感動の声もたくさん届くんです。

もう12〜13年前くらいですかね。「ここまで誹謗中傷がくるなら、もう辞めようかな」と思ったことがあったんです。そのせいで家族や周りにも迷惑を掛けていたし。でも、そんなときに一通の手紙が来たんですよ。

「自殺しようと思って自殺の方法を検索していたら、武田さんの『生と死』というタイトルの作品の画像が出てきて、涙が止まらなくなりました。三日三晩泣きじゃくって、それからは光が射し、今は幸せに暮らしています」っていう内容だったんです。

それを読んでハッとして。100人に誹謗中傷されても、1人でも感動してくれる人がいるなら別にいいやって思えたんです。あのときは嬉しかったですね。

――武田さんが仕事をするうえで大事にされているモットーのようなものはありますか?

それはもう「楽」に尽きます。楽しむこと、そして楽をすること。20年前くらい前、独立するタイミングで「自分の人生を、一文字だけこだわろう」と決めたんですよ。いろいろ迷った末に、「楽」にしました。

人類で一番「楽しむ」と「楽」を極めた男になろう! と決めました。『ワンピース』のルフィが海賊王を目指しているように、俺は楽王になる! と。そこだけはこだわって、それ以外の思想は全部どうでもいいや、って捨てました(笑)。

武田双雲はどうやって「楽」を実践している?

――武田さんは「楽」をどう体現しているんですか?

すべての瞬間も楽しんでいます。もともとシャンプーのときに力を入れて洗ったり、ドライヤーでも早く髪を乾かそうとしたりしていましたが、「楽を極めよう」と決めてからは、一体何をあんなに急いでいたんだろうって、不思議になってきました。どんどんネガティブがあぶり出されて、生活のほとんどを楽しめていなかったことに気付くんです。

それからはもう修行僧みたいなもんですよ。未来を捨てた感じですかね。目標を目的もゼロにして、一個一個、この瞬間瞬間に生きようと考えるようにしたんです。瞬間瞬間を楽しむことに焦点を絞ってからは、いろんなことが上手くいくようになったと思います。

  • 「楽」の文字をアートに落とし込んだ作品

――でも、人の前で字を書くときなどは緊張されないんですか?

緊張したら負けですよ(笑)。緊張って、楽やリラックスと真逆の概念ですから。それに、生放送で緊張したら字なんて書けないんですよ。「では、武田双雲さんに字を書いてもらいましょう~!」って言われて、目の前に100円ショップで買ってきたような筆が置かれているんですよ(笑)。それでも書かないといけないし、やり直しも効きません。緊張している場合じゃないんです。

いつでも「楽」が再優先順位だから、ずっとリラックスとエンジョイに体をチューニングしている感じですよね。これが面白いもので、物理現象と同じように、とにかく僕は「楽」になるよう設計しているので、磁石のように楽しい人、楽しいことばかりが引き寄せられてくるんですよ。まさにマインドセットが功を奏しましたね。

「どれだけ好きなことでも嫌いな作業はある。だから楽しむ」

――なるほど。では、仕事をするうえで心掛けている習慣なはありますか?

所作、ですね。ただし、姿勢や筆の持ち方が正しいかどうかではないですよ。楽しいかどうかです。例えば、ドライヤーを使うときも、「聖なる風よ、いでよ!」ってマジで口にして言っていますからね。歯ブラシを使うときは、「伝説の剣、いでよ!」って言っています。

そもそも書道は硯を愛で、書くことに感謝するものです。そこで大事にされる所作を日常に落とし込んでいるイメージですね。車のキーもなぜかピッ! ピッ! ピッ! って連打する人がいますが、僕はちゃんと「フウッ〜」ってやりますよ(笑)。でも、やっぱり油断するとダメなので、「今のは違うな」と気付いたら、ひとつひとつ矯正するようにしています。

――仕事が辛く感じることはないのでしょうか?

例えばNTT時代は、通勤が辛かったですね。「やべぇ、この俺が楽しめないとはなんぞや……」と思ったので、これは楽しまなきゃイカンと。電車のなかでひとりで半目になってみたり、あえて始発で会社に行ってみたり、近くのカプセルホテルに泊まって通勤自体を省いてみたり、いろいろ楽しむ工夫をしてみました。

――仕事を好きでい続けるためのコツはありますか?

逆に、僕には好きな仕事というものもないんです。どれだけ好きなことをしていても、中には好きじゃない作業って出てくるじゃないですか? 音楽が好きでも、服を着替えたり、練習をしたり、CDを売らないといけなかったり、会いたくもない人に会わないといけなかったり。なので、どうせやらないといけないんだったら、やらなきゃいけないことを好きになっちゃったほうが早いんですよ。

――それはどの職業にも同じことが言えそうですね。

何の仕事でもそうだし、新人でも、ベテランでも、職人でも、サラリーマンでも、営業でも、事務でも、どんな業界でも関係なく同じですね。先にこっちが「楽しみマインド」に入っちゃえば、好きだと思える仕事が回ってきたり、嫌な上司が別の人に変わったり、不必要な社風が変わったり、時代が変わったりしますから。ぜひ、安心して何かを好きになってほしいと思います。

よく「好きなことが見つからない」という悩みを耳にしますが、好きなことなんてすぐに変わったり飽きたりします。探している時間ももったいないから、目の前のことを好きになって、楽しんじゃえばいいんですよ。歯磨きもドライヤーも楽しんでいると、次第に感謝が芽生えます。「今日もドライヤーが動いてくれている! ありがとう!」って(笑)。

目標や夢はなし。「ただこの瞬間を楽しむだけ」

――興味本位で聞きますが、嫌いな食べ物はありますか?

ニッキ……でしたっけ? あのシナモンみたいなやつ。あれは無理です。

――さすがに楽しめないんですね? その場合は?

速攻で逃げるに限ります(笑)。生理的に好きになれないものもありますからね。その場合は、一秒でも早く逃げます。それこそ海老のように、ピューン! って。

――最後に、今後の目標や直近の活動について教えてもらえますか?

個展やイベントにはいくつか決まっていますよ。スイスでも開かれるのかな。目標とかは……ないですね。仕事はもちろんするし、納期も守るけど、目標や夢はすべて捨てたので。ただこの瞬間を楽しむだけです。そうすると、僕を楽しませてくれるようなことが向こうからやってくるし、想像もしていなかった人が現れてくれます。

アートもイメージ通りにはいかないものですが、無計画で行きあたりばったりでいいんです。そうすると「何これ、マジか!」っていうものができたりするし、生みの苦しみもありません。つまり、理想がないから、現実とのギャップもないんですよ。

――スランプのような苦しみもないですか?

絶対にないですね(笑)。苦しみながら仕事することが美徳とされていたし、今もこの苦悩システムに生きている人は多いですよね。

でも、頑張り過ぎたら疲れるし、仮に何かで1位を取っても苦しいわけじゃないですか。1位が苦しいなら、2位や3位はもっと苦しいはずですよ。タイガー・ウッズもジャスティン・ビーバーも、大成功者なのに心の病気で苦しんでいます。

僕は競争しないし、ノルマもない。義務感もない。ふざけて生きていたらみんなが喜んでくれる、そんな赤ちゃんみたいな生き方でやっています(笑)。

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