電動化で参入障壁が下がったのか、ここ最近、自動車開発に異業種から参入する企業が増えている。アップルの動向に注目が集まったことは記憶に新しいが、すでに実物のコンセプトカー「VISION-S」を開発し、欧州で試験走行を実施しているソニーは、クルマの未来に何を提示するつもりなのか。同プロジェクトの事業責任者を務めるソニー執行役員の川西泉さんに話を聞いた。

  • ソニーのコンセプトカー「VISION-S」

    ソニーが開発したコンセプトカー「VISION-S」

なぜクルマを作ったのか

マイナビニュース編集部:もう聞かれ飽きた質問かもしれないのですが、なぜソニーがクルマを作ったんですか?

川西さん:自動車を「モビリティ」という側面から捉えた場合、それが新しい社会インフラの中で大きな役割を果たすだろうと以前から考えていました。そこに対して、ソニーの持っている技術をどういうふうに活用できるのか。そんな考えが出発点でした。

マイナビニュース編集部:クルマは移動手段であり、ある人にとっては趣味だったりもするわけですが、社会インフラの中で大きな役割を果たすというのは、どういった姿なんでしょうか?

川西さん:これまでクルマというのは、運転する楽しみであるとか、クルマそのものを活用すること自体にフォーカスが当たっていましたし、その部分は引き継がれていくと思います。ただ、将来的に自動運転の技術などが進んでいくと、バスのような公共交通を含め、クルマで移動している時間の過ごし方が変わるのではないでしょうか。その時間を、どういう風に楽しめるのか。クルマそのものの要求というよりは楽しみ方として、どんな体験をできるのかが問われてくると思います。そこに、ソニーの強みであるエンターテインメント事業などが、いかせるのではないか。技術とエンタメの両面で、モビリティの進化を考えていけないかということです。

ソニーの川西泉執行役員

オンラインで話を聞いたソニーの川西泉さん。AIロボティクスビジネス担当の執行役員で、「VISION-S」プロジェクトの事業責任者を務める。クルマが好きかどうか聞いてみると、「スーパーカー世代でもあるので、もちろん好きですよ」とのことだった

マイナビニュース編集部:クルマのユーザーインターフェース(UI)を考えますと、ハンドルやペダルのような仕組みは歴史もあり慣れもあって使いやすいんですが、右ハンドルのクルマに乗った時に左手で操作する部分、例えばセンターコンソールやインパネ、ディスプレイ回りの操作性や楽しさ・面白さは、もう少し洗練されてもよさそうな気がします。そのあたりにソニーの知見がいかせそうですし、また活用の余地も大きいのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?

川西さん:アイデアベースではいろいろと出てくるのですが、一番の前提となるのは安全性です。そこを度外視したことはやれないし、やるべきではない。安全をどう担保するのかということを自分たちの中ではっきりさせたうえでなければ、モノは作れません。

操作性についてはもうひとつの側面がありまして、日本では、教習所へ行って免許を取ると、ある一定の知識を持ってさえいれば、悩まずにクルマを運転できますよね? つまり、誰もが普通に使える操作性じゃないといけないんですが、その部分では、新しいものを提案するのがなかなか難しいんです。完全にハンドルがなくなって、自動運転になってしまえば話は別ですが、ハンドルの動きとか切り方については、ある程度は安心して使えるものが望まれます。

エンターテインメントの部分についていうと、これは全く違う話です。進化したものをいくらでも提供できると思っています。ただ、安全性は十分に考慮して作っておかないといけません。

マイナビニュース編集部:だからこそ、クルマの形で作ったわけですね。

川西さん:「なぜ、そうなっているのか」を理解するためには、作ってみることは非常に重要でした。見て想像しているだけでも何となくは理解できますが、「なぜなのか」を実感すること、体験することは非常に大事なので、作ってみることにしたんです。

  • ソニーのコンセプトカー「VISION-S」

    前後に計2基のモーター(各200kW)を搭載する四輪駆動の「VISION-S」。最高速度は時速240キロで、ゼロヒャク加速(停止状態から時速100キロへの加速に要する時間)は4.8秒とのこと。現在は欧州で公道走行テストを実施している。フル充電で何キロ走れるかは非公表。ボディサイズは全長4,895mm、全幅1,900mm、全高1,450mm、ホイールベース3,030mm。車両重量は2,350キロだ

プレステのコントローラーでも運転できる?

マイナビニュース編集部:免許を取ってしまえば、ほとんど悩まずに運転できるのはクルマのいいところで、基本的な操作の部分に新しい提案がしづらいのは理解できるんですけど、何か、ソニーからの新しい提案も見てみたい気がします。私は初代からプレイステーションを遊んでいて、特にプレステ3あたりからは、UIがとても使いやすくて操作性がいいと感じていましたので、その知見をクルマに落とし込むようなことはできないでしょうか。

川西さん:クルマは各国に安全基準がありますから、それは守らなければなりません。例えば、技術的には可能なんですけど、ハンドルをプレステのコントローラーにしたら怒られますからね(笑)。クルマの中でゲームができるかといえばできますし、VISION-Sでもリモートプレイは可能なんですけど、それと安全性の折り合いを付けるのは、そんなに単純な話ではありません。

  • ソニーのコンセプトカー「VISION-S」

    技術的にはプレステのコトンローラーでクルマを運転することも可能だそうだが、安全基準の問題で実装するのは無理らしい

マイナビニュース編集部:「折り合い」といえば、自動車の世界では、奇抜なコンセプトカーが登場しても、その後は現実との折り合いをつける必要があるのか、市販車になるころには丸くなってしまうケースが多く見受けられるような気がします。そういう意味で、ソニーやアップルからは、何か斬新なクルマが登場しそうで期待してしまうんです。安全性は大前提ですが、何か新しいクルマの形は提示できそうでしょうか。

川西さん:その可能性は感じています。

もちろん、一定の安全性を積み上げることは簡単ではありませんし、これまで、新しい自動車メーカーがたくさん出てこなかったのも、それが理由だと思います。ほかにも理由があって、エンジンとトランスミッションという複雑なメカを積んだクルマを内燃機関で走らせることは、並大抵の努力ではできないことなんです。ただ、それが電動化することによって、作りやすくなっていることも事実です。車両の開発そのもので、きちんと安全性を担保できるところまで乗り越えられれば、その上にいろんな世界が広がってくると考えていますし、できると思うからチャレンジしているんです。

マイナビニュース編集部:ソニーが自動車メーカーになるかどうかは別にしても、これまでは安全性や複雑なメカに関する知見の兼ね合いで入りづらかったクルマの世界に、ある程度は手出しができるようになり、アイデアも出しやすくなったということなんでしょうか?

川西さん:そこのハードルが、少しは下がってきたのかなと思います。単にクルマを組み立てることができたとしても、乗り心地やドライブフィールなどを自動車メーカーのように追い込んでいくのは、長年の経験や知見の積み上げですから、時間がかかります。そういうものをいかに実現するかは、もう少し検討する必要があります。

コネクティッドカーで高まるソフトウェアの重要性

マイナビニュース編集部:今後のクルマにはコネクティッドカーとしての進化も期待されます。VISION-Sでは5G走行試験も実施されていますが、クルマと高速通信の融合で、何ができるようになるんでしょうか。車内で動画を快適にストリーミングできるようになることくらいは、想像がつくのですが……。

川西さん:安全性が高まる面はあると思います。これまではクルマ単体で、自分自身で守らなければならなかったのが、ネットワークにつながるようになれば、ほかのクルマとの相対距離を検知したり、信号のような社会インフラと連携したりすることで、安全性を保つための情報量が増します。それにより、クルマ単体というよりも、交通インフラそのものとしての安全性が高まるでしょう。これはインフラ的な話ですが、ドライバー視点で考えるとリモート運転、遠隔操作が可能になるかもしれません。単に動画が見られるようになるといった話ではなく、クルマの使い方そのものが変わるのではないでしょうか。

マイナビニュース編集部:この部分の進化も、ソニーに期待したいところです。

川西さん:私たちも、ネットワークは前提として考えています。

マイナビニュース編集部:VISION-Sが欲しいという声もあると思いますが、ソニーとしては、クルマを売るつもりはないんでしょうか?

川西さん:そういったお声をいただいているので感謝はしていますが、そんなに簡単ではないですね。ある程度、自分たちが大丈夫だといえるレベルに持っていかないと、そういう話はすべきじゃないと思っています。

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    2021年3月に初の一般公開を行った「VISION-S」。周囲には人だかりができていて、注目度の高さがうかがえた

マイナビニュース編集部:クルマに活用できるソニーのアセットは、エンターテインメント、センサー、オーディオ、カメラなどいろいろと思い浮かびますが、ほかにも何かありますか?

川西さん:クルマをコントロールするためのソフトウェアの比重が今、高まっていると思います。電動化が進むにしたがって、ソフトでコントロールする比重が高くなっている。そうなると、例えばソフトで機能を拡張したりもできますよね。クルマは「買って終わり」ではなく、買った後でも機能を拡張していくことが可能になります。スマホのように、絶えずアップデートしていく感じです。クルマが買って終わりの世界ではなくなって、サービスの方にバリューがシフトしていくと期待しています。

マイナビニュース編集部:OTA(Over The Air)で、クルマのソフトを更新するというやり方ですね。OTAそのものの技術ではなくて、それを使って何をするか、という話ですよね?

川西さん:OTAは単なる仕組みでしかないので、何を提供するかの方が大事です。例えば、個人個人で趣味が違ったり好みが違ったりするので、OTAでクルマをパーソナライズするとか、あるいはAIを使って、それをもっと高度化するとか、いろんなことができます。クラウドでできることもどんどん増えてきて、クルマとの融合は進んでいくと思います。

マイナビニュース編集部:車載AIの進化も楽しみです。クラウドで集合知につながって、みたいな。

川西さん:そこは当然、狙っていきたいです。そのためにも、高速のネットワークが欲しいんですよね。

アップルの動きは気になる?

マイナビニュース編集部:いろいろとヒントが聞けました。最後に、VISION-Sはなぜ、クーペの形にしたんでしょうか。流行りのSUVにするとか、超小型モビリティにする方法もあったと思うんですが。

川西さん:デザインについてはいろいろな検討をしてまして、ほかの形にもできるようなEVにしてあるんですけど、最初は見た目で、皆さんに関心を持ってもらいたいということで、単純にカッコいい方がいいかなというところに帰着しました。ビジネスのことを考えれば、例えば今ならSUVにしたほうがいいとか、考え方はいろいろありますが、ソニーとして初めてチャレンジするコンセプトカーでもあったので、ソニーのデザインというものを見ていただきたかったですし、関心を持ってもらえるようなデザインの方がいいだろうと思ったんです。

マイナビニュース編集部:スーパーカー世代だとうかがったので、その考え方は納得できますね(笑)。

川西さん:SUVは体積が大きいので、比較的、作るのが楽なんです。バッテリーが下に入るのでEVは車高が高くなりがちですが、SUVだともともと車高が高いので、そこを意識しなくても済みます。セダンやクーペでスポーティーな形にすると車高は低くなるんですが、そういった厳しい条件の中でデザインすることにもトライしてみたかったんです。ソニーはやっぱり、小さなものを作るのが得意な会社なので。

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    全高が低く、ルーフが車体後部にかけて傾斜していくクーペスタイルでクルマを作ったのは、小さな商品を得意とするソニーならではの挑戦だった

マイナビニュース編集部:クルマの形で作ってみて、難しさや可能性など、お気づきになった点は。

川西さん:可能性も難しさも両面ありましたが、そういう意味ではいい学びでした。

マイナビニュース編集部:例えば、ポルシェにも引けを取らないような走行性能を獲得したいとか、そういった方向性でクルマにチャレンジしていくわけではないですよね?

川西さん:ポルシェという企業の歴史を、今から追い抜こうというのはちょっと難しいですね(笑)。比較するものではないと思いますが、うちはうちなりの価値を見つけていければいいと考えています。

マイナビニュース編集部:ただ、テスラやアップルなどの動きは、横目で見ている感じですか?

川西さん:そういった新しいトレンドが起きる可能性はあると感じています。その中で、ソニーがどういう手を打っていくのかは、よく考えていかなければなりません。

マイナビニュース編集部:ソニーにとってクルマ関連のビジネスというのは、重要性が高まっていきそうですか?

川西さん:新しい場だという風に捉えています。ソニーの商品はこれまで、自分が手に持ったり、家の中で楽しんだりといったものが多かったと思うんですけど、クルマという新しい移動空間の場で、乗る人が過ごす時間の中での楽しみ方を検討していきたいと思います。

マイナビニュース編集部:ソニーの商品とは自宅で触れ合って、「ウォークマン」もありましたが外でも触れ合ってきて、ただでさえソニー商品とユーザーがタッチしている時間は長いですが、それがクルマの中でもということになれば、ソニーとユーザーのつながりは時間も伸びますし、関係性もより密になるでしょうね。

川西さん:そうですね。ヒトとの接点をいかに多くするかというのは、とても大事なことです。移動時間に対しても、できることを考えていきたいです。