俳優の田中邦衛さんが、3月24日に亡くなった。代表作である国民的ドラマ『北の国から』(81~02年、フジテレビ)で田中さんが演じた主人公の黒板五郎は、北海道・富良野を舞台に、物質文明にあえて背を向け、不器用ながらも子供たちを育て懸命に人間らしく生きていく。その姿は、誰もが“田中邦衛”と“黒板五郎”を自然と重ね合わせてしまうほど一体化したキャラクターになっていた。

そんな世代を超えて視聴者を魅了してきた『北の国から』の演出を担当した杉田成道監督(日本映画放送代表取締役社長)に、『北の国から』の撮影秘話や今だからこそ見えてきたという作品の魅力を聞いた――。

(左から)吉岡秀隆、田中邦衛さん、中嶋朋子=『北の国から’89帰郷』より (C)フジテレビジョン

(左から)吉岡秀隆、田中邦衛さん、中嶋朋子=『北の国から’89帰郷』より (C)フジテレビジョン

■1つのシーンを1週間毎日撮影

『北の国から』と言えば、北海道の雄大で美しく、時に厳しい自然を丹念に切り取った映像世界と、そこで繰り広げられる濃密な人間ドラマが想起される。リアリティをとことん追求した作品作りは有名で、先日、田中邦衛さんの追悼特番として放送された『’87初恋』では、物語終盤にある“れいちゃん(横山めぐみ)が雪原に残した足跡”を、彼女が登場しない場面でありながら本人に付けてもらったという逸話がある。

そのほかにも、「放送されていたのを見てふと思い出したんだけど、れいちゃんが札幌で純(吉岡秀隆)と久しぶりに会うシーン。あれに1週間かかったんですよ(笑)。毎日そこへ行って、その時間になるとやるんだけども、何となく違うんですよね。だからあれには雪編もあるし曇り編もあるし、雨編も晴れ編もあるんです。そんな中で最後、なんか微妙な表情が出てね。一番最後のやつがOKになったんです」(杉田監督、以下同)と、リアリズムについてのこだわりが伺える。

その「執念」とも思えるこだわりの理由は、何なのだろう。

「こういう表情を撮りたいなというのがまずあるんです。久しぶりに純と会って、自分は家出しなきゃいけないような状況になって、だけど何も言えない、言葉では言えないような微妙な感じが欲しかったんですね。そういう狙いのカットっていうのがあったからずっとしつこく何回もやるんです」

  • 緒形直人(左)と中嶋朋子=『北の国から’89帰郷』より (C)フジテレビジョン

この“1週間撮り続けた”という粘り強い撮影秘話は、枚挙にいとまがない。

「(『’89帰郷』で)勇次(緒形直人)と螢(中嶋朋子)が別れる列車のシーンがあるんだけど、それも1週間毎日その時間になると撮ってましたね」

「列車は2時間に1本ぐらいで、夕日を狙うにはそこしかなかったので、その時間になると必ずそこへ行って撮るっていう(笑)。しかも、螢を列車側から撮るパターンと、全体を撮るパターンとがあって、走ってる途中に偶然マフラーが落ちちゃうんですけど、そうすると次もマフラーを落とさきゃいけないし、それで雪が降っていたら雪でつなげなきゃいけないし、1週間毎日撮ったので、それもそのうち雪編とか晴れ編とか全部できちゃうんです(笑)」

  • 『北の国から’89帰郷』より (C)フジテレビジョン

視聴者の心に刺さるシーン、しかも何度見ても心に刺さるためには、それだけの“こだわり”がないとできないということだ。それを知ると、1つ1つのシーンをもう一度じっくり見直したくなるに違いない。