コロナ禍を経て、コミュニケーションのあり方が大きく変わろうとしている。さまざまなソリューションが登場するなか、これらをどのように使い、どういったマインドで運用すべきなのか。IT全盛の時代に求められるコミュニケーションについて、有識者に伺っていきたい。

今回は、元日本マイクロソフト 業務執行役員であり、現在はクロスリバーの代表取締役CEOとして働き方改革のコンサルティングを行っている越川慎司氏にインタビューを行った。「AI分析でわかった トップ5%社員の習慣」などの著書でも知られ、多くの企業のテレワークを見てきた同氏に、ポストコロナ時代の働き方について聞いてみよう。

■【後編はこちら】「これからは共感共創の時代」越川氏が考えるコミュニケーションのコツ

  • クロスリバー 代表取締役CEO 越川慎司氏

ポストコロナを生き抜くためには?

新型コロナウイルス感染症の流行を受けて発令された緊急事態宣言。そして始まった企業のテレワークは、多くの人の働き方を変えることになった。テレワークの普及に向けて大きく前進したかのように思える状況だが、これに対し越川氏は次のように自説を述べる。

「人々のマインドは変わっていません。みなさんを変えたのは意識ではなく行動です。コロナ禍を理由にテレワークを始めた企業は、緊急事態宣言が解除されると再びオフィスに回帰するでしょう。テレワークを行う意義や目的が明確でないと意識は変化しない。『意識は変わらないものだ』という前提で、行動を変えていく仕組みを作った方が良いと考えます」

越川氏は「変化が激しく不確実な状況のなかで取るべき戦略は、『多様な行動の選択肢を持つ』ということ」と説き、"選択肢をいかに多く自分のものにするか"がこれからのポイントになると語る。

「今後、ずっとテレワークしかやらない企業も、逆にずっと出社させ続ける企業もないと考えています。出勤、在宅勤務、モバイルワーク、ワーケーション、週休2日、週休3日といった選択肢をたくさん用意した企業が生き残ることになるでしょう。その選択肢を獲得するには『行動実験』しかありません」

行動実験とは、災害時の避難訓練のようなものだという。仮説を元にまず動き出し、そして振り返ることが重要で、この訓練をした人だけが安全に避難できる。

「成功することを目指すのではなく、"テレワークという選択肢を持ち続けること"が重要です。そして、選択肢を持ち続けるためにいま何をすべきかを考えて行動実験を行いましょう。うまくいったものはそのまま進めていけば良いですし、うまくいかなかったものは修正するなり元に戻すなりすれば良いのです。そういった行動実験を繰り返すことで、働き方の選択肢が増えてくるはずです」

腹を割って話せる関係性を作ることが第一

また越川氏は、テレワークでのコミュニケーションについても触れた。クロスリバーの調査によると、テレワークでコミュニケーションがうまく取れない企業の9割以上は、実は出社していてもコミュニケーションがうまく取れていないのだという。

「農耕民族であり島国で育っている日本人は、DNAに過剰な気遣いのメカニズムが備わっているんですね。テレワークではその過剰な気遣いが大きな忖度につながっていく傾向があります。これを防ぐためには、腹を割って話せる関係性を作ることが第一に必要です」

もちろん、腹を割って話せる関係性、つまり心理的安全性が確保された状態は、テレワークよりも対面の方が圧倒的に作りやすい。場の空気を読み、相手の顔色を窺いながら対応できるからだ。

「しかし、今後は全員が一同に出勤し続ける確率は下がっていきます。ですから『目の前に上司や同僚がいなくても腹を割って話せる関係性を作るにはどうしたいいか』を考える必要があります」

そのための手段として、越川氏は2つのやり方を伝える。ひとつ目は「対面の時こそ腹を割って話す」こと、2つ目は「対面の時こそ会話を増やす」こと。テレワークが増え、多くの人が「会議はオンラインでもできる」という事実に気づいた。しかし会議が増えると会話が減りがちなため、対面したときには意識的に会話を増やすと良いそうだ。

「例えば、昨年新卒で入社した方たちの多くは不安を抱えていて、離職率も高い傾向があります。彼ら彼女らは内定式から入社式まで全部オンラインなので、心理的安全性を作りにくく、『ちょっといいですか?』と先輩に声をかけづらい状況にあるのです。そのため新入社員が出社したときには、笑顔や挨拶などがとても重要な行動と言えます。これによって、心理的安全性を確保することができからです」

雑談を入れると会議は早く終わる

越川氏はさらに、「過剰な気遣いが生まれやすいテレワークにおいては、むしろ雑談をした方が良い」と続ける。

「当社では、クライアント企業に対して『社内会議の冒頭2分間は雑談をしてください』というルールでオンライン会議を行ってもらっています。その結果を調査したところ、会議が予定時間より早く終わる確率は、雑談がない場合よりある方が45%も高かったのです。そして、発言者数は1.9倍、発言数は1.7倍に増えていました。部下と腹を割って話せないという方は、ぜひ冒頭2分間だけ、共通点を探る雑談を仕掛けてほしいですね」

あわせて。雑談の際には映像をオンにすることを勧める。日本においてテレワーク会議で映像をオンにする人は約18%しかいないという。表情が見えないと相手の考えが推測しにくく、性悪説で会議が始まってしまう。それでは腹を割って話せない。

「音声や映像を出してカジュアルな雑談をした方が、堅苦しい会議も結果的にうまくいくのです。ひいてはそれが生産性の向上につながります」

エンジニアはどのように働くべき?

コロナ禍において、ITエンジニアはより重要性を増した。もともとテレワークへの適性が高いと思われるエンジニアだが、ポストコロナ時代にはどのように働いていくべきなのだろうか。

「エンジニアの方は、周りから口出しされず、突き詰めて仕事ができるテレワークのほうが快適だ、と考える方は多いでしょう。ただ一方で、労働時間が増えています。すると睡眠時間も減っていくため、精神疾患を患う可能性も増します。『限られた時間のなかで成果を出すルールに変わった』という心構えを持ってほしいと思います」

エンジニアの苦しい点は、仕事のやめ時が見つからないことだという。凝った方が精神的に楽で、時間外に終わらせる方がストレスが溜まる人が多いのだそうだ。だからこそ作業をすることに充実感を持たず、目標を達成させることに充実感を持ってほしいと越川氏は話す。

「エンジニアのトップの5%は、目的達成感を重視しています。成果の出ていない方は、作業の充実感にハマってしまっているんです。成果を出すために何が必要で、どこでアクセルを踏むべきかを見極めることが、とくにテレワークでは重要になってくるでしょう」

■【後編はこちら】「これからは共感共創の時代」越川氏が考えるコミュニケーションのコツ