アガサ・クリスティー原作、三谷幸喜脚本、野村萬斎主演のフジテレビ系スペシャルドラマ『死との約束』が、きょう6日(21:00~23:40)に放送される。

この作品は、『オリエント急行殺人事件』(2015年)、『黒井戸殺し』(18年)に続く、名探偵・勝呂武尊(すぐろたける)が活躍するシリーズ第3弾。原作は1938年に発表されたイギリスの同名推理小説だが、舞台を昭和30年の日本で、世界遺産にも登録された熊野古道へ移し、三谷作品らしい海外映画を見るようなシャレた世界観の中に、日本的な怪しさもミックスさせたミステリードラマとなっている。

シリーズではおなじみの超個性的なキャラクター・勝呂が主人公という点では共通だが、過去2作のどれとも異なる“個性”を放ったエンタテインメント作品に仕上がった。

  • 鈴木京香(左)と野村萬斎 (C)フジテレビ

■100年以上前の原作から“新しさ”を感じる

今作は探偵である勝呂武尊(萬斎)が、休暇中に訪れた熊野古道で一風変わった「本堂家」と出会い、そこで起こる事件を持ち前の推理力で解決していくという物語。過去2作は、密室の豪華寝台列車で起こった殺人事件を“通常のミステリー”と“その舞台裏(=犯人の視点)”の二部構成で描いた『オリエント急行殺人事件』。そして、探偵1人が活躍する前作からバディものへと発展させたのかと思いきや、それすら真相の鍵を握る仕掛けで衝撃的なラストを迎える『黒井戸殺し』と、それぞれが通常の“犯人捜し”の面白さだけではない、見せ方にもこだわった“個性”が光る作品だったが、今作もそれは健在している。

序盤にある「登場人物紹介」、中盤訪れる「事件発生」、容疑者たちの「事情聴取」、そしてクライマックスの関係者全員を集めた「解決編」……と、今回はよりオーソドックスな推理劇の構成だが、その“いつも通り”を見せながら、実はところどころに“違和感”が潜み、驚きのラストを迎えるのだ。

そしてその構成の中には、ミスリードさせるためだけの匂わせや、熊野古道が舞台だからといってそれを紹介するための旅情的な映像は一切なく、「登場人物紹介」「事件発生」「事情聴取」「解決編」、そのどれにも濃厚な物語を紡いでいく。

中盤で「?」と感じるシーンにもしっかりと意味があり、ラストの真相解明へとつながっていく展開は見事だった。今作に対し、脚本の三谷は「原作のテイストを損なわないように脚色しました」と語っていることから、100年近く前の原作でありながら、今見ても引き込まれ、“新しさ”まで感じられる物語の力強さを思い知らされる。

  • (C)フジテレビ

■幾重にも意味を持たせた伏線

やはり見逃せないのは、三谷幸喜の筆致だろう。今作はこれまでのシリーズ同様、多くの登場人物=容疑者が登場する。女医でありドラマの第三者的存在も担う沙羅(比嘉愛未)や、事件が起こる本堂家からは夫人(松坂慶子)、次男の主水(市原隼人)、長女の鏡子(堀田真由)、次女の絢奈(原菜乃華)、長男の礼一郎(山本耕史)、その妻の凪子(シルビア・グラブ)、そして関係性が後に明かされる謎の男・十文字(坪倉由幸)と、序盤にあるホテルのシーンだけで8人の主要人物が集まる。それでも、登場した瞬間からどんなキャラクターであるのかを明確に提示することで、これだけの人物を一気に登場させても視聴者を全く混乱させない見事な書き分けに成功している。

それは演じているのが豪華キャストというだけではなく、“いつ登場させるか?”にも計算がなされた三谷幸喜だからこその技。その後も、勝呂の“かつての知り合い”である穂波(鈴木京香)や、その付き添い編集者のハナ(長野里美)、地元の警察署長・川張(阿南健治)も登場し、総勢11人のオールスターキャストがそろうことになる。

そのオールスターキャストを、2時間強の時間で1人残らず魅力的に仕上げ、見せ場も与えるというキャラクター愛にあふれる脚本は、まさに三谷作品の真骨頂と言っていいだろう。

何気ないセリフやシーンにも隠された伏線が見事で、中でも三谷作品らしいコメディを演出しているだけなのか?と思わせる、ある人物の“お茶目な言動”にまで、真相へとつながる伏線だったことには驚かされた。なんてお茶目なんだろう…と笑って見ていたシーンがまさかの伏線で、ラストの衝撃にもつながっている……という幾重にも意味を持たせたものだったのだ。

それだけ細かな描写にまで計算され、意味を持たせているのだから、場面の端々、誰かの一挙手一投足まで、すべてにおいて見逃せない。さらに、「解決編」における、それぞれの証言を時系列に並べ、ロジカルに真相をつまびらかにしていく気持ちよさは、三谷作品の『12人の優しい日本人』に通じるような展開。ある意味、視聴者への「説明シーン」であるにもかかわらず、爽快に“見せる”シーンに仕上げる手腕はさすがの一言だった。

  • (上段左から)山本耕史、松坂慶子、シルビア・グラブ (下段左から)堀田真由、市原隼人、原菜乃華 (C)フジテレビ

■テレビの底力を感じさせるゴージャスな作り

アガサ・クリスティーの力強い原作、三谷幸喜の見事な筆致に負けていないのは、ゴージャスな演出を施した制作陣だ。熊野古道の神秘的で幻想的な風景を美しく切り取った映像が堪能でき、豪華キャストが一堂に会すクラシカルで豪華なホテルを大がかりなセットを組み、“日本版アガサ・クリスティー”の世界を見事に表現した。

また、ちょっとした回想シーンも、時代背景を考慮した大掛かりなセットの中で再現するなど、原作と脚本を大きく盛り上げるゴージャスな作りを施している。この規模の作品を映画ではなく、テレビドラマとして見ることができる贅沢は、まだまだテレビの底力を感じさせる。

そして、事件は起こるが残虐なシーンは一切出て来ないため、外出自粛が叫ばれる今、子供から大人まで家族そろって見ることができる安心感があり、「犯人が誰なのか?」「犯人であるならばなぜなのか?」と、推理し合える団らんのひと時となるに違いない。

この作品はこれまでの2作同様、真犯人がわかった上でもう一度視聴できる面白さが十分にある。序盤からちりばめられた伏線の数々を再確認したり、事件発生パートの詳細を見てウソを見破ったり、登場人物たちの演技や表情の巧みさを認識したり……2度見ることでより深みを持った作品として感じられるはずだ。

リアルタイム視聴はもちろん、ぜひ録画もセットして、2回目の視聴に備えてほしい。これだけ見応えのある脚本と規模感のドラマを堪能できる喜びをかみしめながら視聴していただきたい。

  • 三谷幸喜