2016年にいち早くVisaプリペイド機能付き学生証をスタートさせた近畿大学。近年はQRコード決済や非接触型決済への対応も進めており、学内の食堂や店舗、大学祭でキャッシュレス決済サービスを実現している。同校がキャッシュレス化を推進する目的について、話を伺った。

  • 近畿大学が発行している、Visaプリペイド機能付き学生証

Visaプリペイド機能付き学生証を導入した近大

先進的な取り組みが評価され、2020度一般入試志願者数が7年連続日本一となった近畿大学。同校がこれほどまでに注目されている理由は、実学教育に重きを置く建学の精神にあるだろう。近大マグロをはじめとした先進的な取り組みは高く評価されている。

2016年に三井住友カードと提携して発行された「Visaプリペイド機能付き学生証」も、近大の先進性を裏付ける取り組みのひとつといえる。近畿大学の国際学部では、1年間の留学プログラムが必修であり、留学先での単位修得が卒業要件となっている。実際の留学先は、ほとんどがアメリカだ。

だがアメリカはクレジットカード社会であり、現金だけでは生活が難しい。その一方で、保護者視点ではクレジットカードを使わせることに不安が残る。このような背景から、プリペイド型で使いすぎの心配がないVisaプリペイド機能付き学生証が発行されることになった。

導入に当たっては、クレジットカードサイズに学生証として必要な情報とVisaプリペイドとして必要な情報の両方を入れ込むのに苦労したそうだ。導入当初は使用前に本人が自分で利用者登録をしなければならず、思ったよりも利用者が増えなかったそうだが、翌年からは入学手続きと同時に利用者登録が完了するようにしたことにより、利用者は増加したという。

学生からは「クレジットカードを作らなくてもネットでの買い物などができて便利」という声が多く寄せられたそうだ。また海外留学をしている国際学部の学生からは、使用履歴が残るので留学先での生活費の管理に便利という声もあった。保護者からは「使用履歴がわかるので、離れて暮らす子供の生活がある程度わかる」という感想が多いという。

このVisaプリペイド機能付き学生証はもちろん学内の食堂やカフェ、売店でも利用可能で、近大が取り組むキャッシュレス化のひとつといえるだろう。

さらに近年は、交通系電子マネーやiD、WAONなどの非接触型決済サービス、メルペイやLINE Pay、楽天 PayなどのQR決済サービスにも対応。2019年9月にオープンした新食堂「DNS POWER CAFE」「THE CHARGING PIT&DINER」においてはキャッシュレス決済専用の食券販売機を導入するなど、キャッシュレス決済への取り組みをさらに加速させている。

近大がこのようにキャッシュレス決済を推進するのはなぜだろうか。学内キャッシュレス推進担当である経営戦略本部企画室主任の上原隆明氏にお話を伺った

  • 近畿大学 学内キャッシュレス推進担当 上原隆明氏

学生にキャッシュレスを体験させるには?

──上原さんは学内のQRコード決済を推進したと伺っています。クレジットカードだけでなく、QRコード決済に対応した経緯について教えてください

日本ではキャッシュレスを進める必要はありつつも、クレジットカード以外の決済方法はあまり使用されていない状況でした。ただ、これから先、キャッシュレス決済が当たり前になるという考えは皆さん持っていたはずです。

そのような中、2014年12月にLINE PayがQRコード決済を始めました。これからどうなるのかわからない情勢でしたが、Visaプリペイド機能付き学生証と同じように、大学として新しいことにチャレンジしてみようと考えたのです。

こうして2018年12月、まずLINE Payを導入しました。これは検討を進める中で、LINE Payが普及に当たって学内キャンペーンなどの色々なサポートをしてくれるなどの環境が整ったためです。社会的にまだそんなに実装されていないものを、まず学内で導入し、学生に触れていただきたいと思いました。

100円でもいいから実際にチャージし、店舗で使ってみる。そういう体験をしてもらうためにこのような環境を作ったのです。

実際、興味をもって体験しに来た学生からは非常に前向きな感想を貰いました。ですが、そういう学生は感覚としては全体の1割程度で、当時は9割ほどがQRコード決済そのものを知らないという状態が続きました。

──現在の大学内のキャッシュレス化状況についてお聞かせください

LINE Payに続いて接点を持てたのがメルペイです。同じように学内でキャンペーンを行い、メルペイを使える店舗を増やしていきました。これは、学生がさまざまな決済方法の中から、サービスを選択できる状態にしていきたかったからです。

こうして支払方法をどんどん増やしていき、現在はLINE Pay、メルペイ、PayPay、楽天Pay、そして非接触型決済など、日本で普及しているキャッシュレス決済がほとんど使えるようになりました。それに伴い、利用者も増加しています。

2019年には、キャッシュレスで決済しやすい食堂をオープンしました。2019年12月の時点のデータにはなりますが、この店舗でのキャッシュレス決済利用率は、48.7%というデータがあります。

LINE Payを導入した当時、学内の他の店舗で調査した利用率は10%前後でした。しかしこの新しい食堂ができてから利用率は大きく向上しています。従来の食堂では現金を入れる食券販売機しかなかったのですが、現金用のレーンを減らし、キャッシュレス専用のレーンを多めに作る試みを行いました。また、事前のキャッシュレス決済、時間指定の予約ができる新食堂専用のアプリも作りました。できるだけ新しいものに触れ、それがどのようなメリットをもたらすか、学生に体験してもらいたかったのです。

  • キャッシュレス専用の食券販売機が導入された新食堂

大学祭で"使う側"から"使わせる側"の体験も

──キャッシュレス決済を導入した事業者の反応はいかがですか?

事業者側からは、正直なところ「大変な面も多い」という声を聞いています。いずれも、大学側から事業者に協力を依頼して実現した取り組みです。

理由としては、結局、まだ現金決済も残っているという点にあるでしょう。食券販売機からお金を出して金庫に入れる、という作業は変わらず必要ですし、現金とキャッシュレスそれぞれの売り上げを集計し、機械のオペレーションやメンテナンスという作業も新たに発生しました。完全にキャッシュレス専用にすれば楽になるかもしれませんが、現金という選択肢を完全には削れませんでした。

加えて、各決済サービスごとの手続きもありますし、なによりも手数料が求められるというデメリットがあります。大学の食堂は価格を抑えているので、手数料が大きな負担になるのです。

──大学祭でキャッシュレス決済を導入したそうですが、その狙いは?

2019年の大学祭では、学生が運営する約200の屋台にLINE Payとメルペイを導入しました。大学祭には学生の家族や近所の小さいお子さんなど様々な方が来場するのですが、100円、200円をチャージしてもらい、実際にキャッシュレス決済をしてもらいました。学生は"使う側"としてキャッシュレスに慣れてきていますが、"使わせる側"も体験してもらいたいと思ったのです。

屋台を運営するのはみな一般の学生ですので、やはりなかなか難しかったようで、事前に2回ほど事業者から使い方の講習を受けてもらいました。これは耳に流れてきた程度の話ですが、「なんて面倒くさいことをさせんねん!」みたいな声もあったようです。これまで現金で貰えばよかったのに、機器やアプリの使い方を覚えないといけないし、売り上げは決済サービスを経由して時差をつけて返ってくるしで、正直面倒と感じられたようです(笑)。

ですが、この試みで学生のリテラシー自体は大きく向上した印象がありますし、大学が新しいことにチャレンジしているアピールにはつながったのかなと思います。

  • 大学祭の屋台でもLINE Payとメルペイによる決済が行われた

キャッシュレス決済がインフラになることの意味

──金融やキャッシュレスなどの面での今後の取り組みについてお聞かせください

金融リテラシーのさらなる向上を目指すのであれば、この先は仮想通貨などの話になってくると思うのですが、まだ社会情勢はそこまで進んでいないという印象です。次に考えているのは、Visaプリペイド機能付き学生証のスマートフォンへの統合です。ハッキリとした将来像が見えているわけではないのですが、プラスチックのカードがなくとも支払いできる環境を模索しています。

また、現在行っている実証実験として、電動キックボードの学内シェアリングがあります。公道は走れませんが、学内の移動には使えるものです。電動キックボードを利用する際、キャッシュレス決済を導入しています。

この実験における狙いは、「キャッシュレス決済が、サービスを提供する際のインフラになっていく」ということを体験してもらうという点にあります。現金を介するとできないサービスが、キャッシュレス決済では可能になるのです。

このように金融がインフラになるサービスはすでにいくつか存在しています。例えば、キャッシュレス決済で利用できるロッカーなどがありますね。キャッシュレス決済が、こういった従来の現金決済では実現できないサービスのインフラになる、ということを学生に学んでほしいと思います。