マニュアルトランスミッション(MT)車で運転免許を取得して、気づけば20年が経過しようとしている。ペーパードライバーとして暮らしてきたため免許証は金色に輝いているが、肝心の腕前はといえば、MT車に触れる機会が全くなかったこともあり、すっかり錆び付いてしまった。もっといえば、MTの操作方法などすっかり忘れてしまったというのが正直なところだ。

こんな自分でも、MT車を再び運転することはできるのだろうか。軽自動車「N-ONE」の新型に6速MT仕様が追加となったと聞いたので、ホンダに「教習」をお願いすることにした。教官役を務めてくれたのは同社の達人級ドライバーだ。

  • ホンダの新型「N-ONE」

    11月20日に発売となった新型「N-ONE」。「RS」というグレードで6速MT仕様が選べる

エンストからの解放で気が楽に

MT車の操作を教えてくれたのは、ホンダ 広報部 技術訴求企画課 チーフエンジニアの木立純一さん。本田技術研究所時代は「NSX」や「S2000」などの開発に携わり、現在は本社の広報部に籍を置きつつ、ホンダ車全体のインターフェース(例えばエアコンの温度を調整するダイヤルや各種スイッチ類など、クルマを操作する際に人が直接触れたり視界に入れたりする部分)を企画段階から評価し、意見を出したり助言を与えたりする役目を担っている。

すごいのは、ドライバーとしての腕前だ。ホンダのテストドライバーには「C」「B」「A」「S」という4段階のクラス分けがあるそうなのだが、Sクラス検定をする検定員は現在、木立さんを含め同社に3人しかいないという。ドイツの有名なサーキット「ニュルブルクリンク」は何度も走っているどころか、ホンダのテストドライバーのうち誰がニュルを走れるのか、また走るべきなのかを評価することも木立さんの仕事なのだそう。テストドライバーの親玉のような人だと考えていいだろう。

贅沢な話ではあるが、そんな凄腕ドライバーに新型N-ONEのMT仕様を運転してもらい、まずは特徴を解説してもらった。

  • ホンダの新型「N-ONE」

    新型「N-ONE」のMT仕様。まずは木立さんに運転してもらいながら、新型N-ONEのMTについて特徴を教えてもらうことに(ちなみに、公道は走っていません)

木立さんが最初に挙げた特徴は、「エンストを防止する(エンストから直ちに復帰する)機能」だ。まずいタイミングでクラッチペダルから足を離してしまうと、クルマが「ガクン!」となってエンジンが止まってしまう恐怖の現象「エンスト」だが、新型N-ONEでは、エンストするはずの状態に陥ったとしても、クラッチペダルをすばやく踏み直せばエンジンが切れてしまうことはない。例えば交差点の真ん中で、慌ててキーを回す(実際のところ、N-ONEではボタンを押してエンジンを始動させるのだが)ようなことになる心配が少ないのだ。

実際にN-ONEのMT車に乗り込み、ブレーキとクラッチを踏んでからシフトを「1速」に入れて「いざ発進!」という場面になっても、エンスト防止機能のことを聞いていたので、だいぶ気が楽だった。

もうひとつ、発進時には「半クラ」(クラッチペダルから足を離しつつ、アクセルペダルを踏みこんでいく操作。左右の足がうまくシンクロしてくれないと、クルマがガックンガックンしてしまう)を行うということはかろうじて覚えていたので、この操作がうまくいくかどうかも気がかりだったのだが、木立さんによれば、半クラをしなくてもクルマは動くとのこと。目から鱗の思いだ。

「クラッチからジワーッと足を離せば、クルマは自然に動き出しますよ」という木立さんの言葉に従ってみると、確かにクルマはゆっくりと前進を始めた。クラッチからゆっくりと足を離して、クルマが進み始めてから落ち着いてアクセルを踏み始めると、N-ONEは普通に加速していくのだ。こんなことは常識だと多くの方に思われたとしても、「MT車など1mmたりとも動かせない」と思い込んでいた自分にとって、これは福音だった。

  • ホンダの新型「N-ONE」

    FF(前輪駆動)ターボに6速MTを組み合わせるのは新型「N-ONE」が初めてだそう

坂道発進。重力にあらがえず、ずるずると後退していくクルマ。これも、自分にとってMT車を忌避させる悪夢のひとつなのだが、新型N-ONEはそんな不安にも対処しているというのが木立さんの解説だ。生徒(筆者)のクルマに対する理解が追い付かず、技術的な仕組みはよく分からなかったのだが、新型N-ONEは「電子制御パーキングブレーキ」(サイドブレーキのような機能なのだが、レバーをギーッと引くのではなく、指で軽く引けば作動する電気式の装置)を採用していて、これを活用することにより、坂道発進のときでもクルマを後退させないようにしているのだという。

ほかにも場面に応じて適切な助言をいただいた結果、20年ぶりにMT車に乗ったペーパードライバー(筆者)は、少しカクつきながらではあるものの、ちょっとしたスペースをUターンしながら行ったり来たりできるまでに成長できた。凄腕ドライバーでありながら初歩から操作を教えてくれた木立さんには感謝しかなく、その含蓄ある言葉をぜひとも記事化して残したかったのだが、運転に集中しすぎて記憶の方が少しおろそかになっていたため、一言一句そのままに書き出せないのが残念だ。

  • ホンダの新型「N-ONE」

    新型「N-ONE」のMTは、ワインディングロードの乗用域である時速30~60キロを2速だけでもカバーできるようにし、軽快な走りを実現しているとのこと。シフトを切り替えたときの「しっかり感」と「スムーズさ」にこだわった快適なクラッチフィールも見どころだそうだ

  • ホンダの新型「N-ONE」

    シフトノブはドライバーの左斜め前に配置。手元に一瞥もくれず左下のほうでガチャガチャやる昔のイメージとは場所が違うが、この配置はハンドルから近いので操作しやすいし、とっさのときに視認もしやすいのでありがたかった

新型「N-ONE」の発売直後の状況を聞くと、購入者のうち約3割がMT仕様を選んでいるとのこと。N-ONEは軽自動車の中では趣味性の高いクルマで、「たくさん積める」ことや「スライドドア」などではなく、「個性的な見た目」や「運転の楽しさ」を売りにしている。そんなN-ONEのキャラクターに、MT仕様の設定はぴったりはまっていると思うし、販売状況からはMTの登場を待ち望んでいたユーザーの存在も感じられる。

クルマとしては安くて維持費も抑えられる軽のMT。普段は家族のためにミニバンやSUVを運転している人が、運転を楽しむために2台目として持つのも一興だろう。実際に、ミニバンとN-ONEの2台持ちという顧客は多いとホンダの営業担当も話していた。自分のようなMT再デビュー組にはもちろん、マニュアル免許を取りたての人にも勧めたくなる1台だ。特に後者の皆さまには、「MTの運転は、乗らないと本当に忘れてしまう(かも)」ということをお伝えしておきたい。

クルマの電動化と自動化が進む世界で、ますます希少な存在になっていくかもしれないMT車だが、クルマを自分で操作する感覚を存分に味わいたいという人は、これからも一定数は存在するはず。MTの魅力について木立さんは以下のように語っていた。

「走る道に合わせてドライバー自身がギアを選択することで、よりクルマとヒトとの関係が強くなります。操る楽しさと爽快な加速を体験すると、クルマの価値観が変わると思います。昔のMTと比べると、坂道発進やクラッチミートミスによるエンストに対するアシスト機能が充実していて、MT初心者や久しぶりにMTを運転する方でもクルマが優しくサポートしますので、安心してMTドライブを堪能して頂けると思います」

N-ONEにMTを導入した意義については、「N-ONEのエクステリアデザインからイメージされる軽快な走りを実現しました。特に、スポーティーなルックスのRSにとってMTは不可欠な仕様です。大排気量のハイパワー車に比べれば動力性能は劣りますが、軽自動車の手の内感(パワー)は、思わずシフト操作を繰り返してしまうほど相性がいいです」とのことだった。