少子化傾向が続く昨今、「若年層の性欲の低下」が社会問題として取り上げられることが増えています。自分の身体の異変に気づきながらも、忙しさなどから向き合えないという人も多いかもしれませんが、誰だって本音をいえば、年齢に合った性欲を取り戻したいはず。

  • いま、若い人にも増えている「性欲低下」。これって食生活で解決できる? /管理栄養士、分子栄養学カウンセラー・篠塚明日香

そんな悩みを抱える人に向けて、管理栄養士で分子栄養学を専門とする篠塚明日香さんが、エネルギッシュな自分を取り戻す方法を紹介します。

■「性欲低下」は栄養上のバランスの欠如、不調のサイン

あるヘルスケア企業が、「39歳以下の男性」を対象に性欲についての調査を行ったところ、約半数となる47%の男性が、性欲低下になにかしらの悩みを持っているという結果が出たそうです。

欧米などと比べると、性の悩みがオープンに語られにくい日本では、実態が見えにくいですが、想像以上に多くの人たちのあいだで性欲低下は起きているのかもしれません。

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性欲の問題は日常生活に支障をおよぼさないケースもありますから、それほど切迫したものではないと感じる人もいるかもしれません。でも、わたしのところに身体の不調を訴えて相談にきてくださる人を見ていると、性欲も弱まっていることがほとんどです。そのなかには若い人も多く、とても気になっています。

メンタルの領域などの問題も含め、原因は様々あると思いますが、栄養学的視点から見ると、性欲の低下は栄養上のバランスを欠いていることを教えてくれる不調のサインと考えることができます。

まず、性欲――つまり、生殖活動に対する欲求はどこからくるのか、という話からはじめましょう。欲求は、身体からの「脳への指令」によって起こります。身体が疲れているときには、「休もう」「眠ろう」、おなかが空いたら「食べよう」、喉が渇いたら「水分を摂ろう」といった指令が出ます。性欲も同じで、身体が生殖に適したものになってくると、「子孫を残そう」という指令が出るようになるわけです。

では、この指令はどのようにして出されているのでしょうか? これは、体内でつくられた物質が、脳に働きかけることで出されています。つまり、欲求にはそれぞれ指令用の物質があり、それが脳のある部位に染み渡ることで発動しているのです。

脳に届くことで、性欲を高めているのはテストステロンという物質です。これは、筋肉を大きくし、たくましい身体づくりにも作用する男性を象徴する物質なので「男性ホルモン」とも呼ばれますが、女性の体内でも合成されています。このテストステロンの不足が、性欲の低下に大きく影響していると考えられます。

このテストステロンの材料は脂質です。正確には、肝臓で合成された「コレステロール」という物質になります。これが精巣や副腎のなかに移動し、複雑な変化を経てテストステロンとなるのです。

つまり、テストステロンの不足を補うには、その材料であるコレステロールを体内で大量につくれればいいと思うかもしれませんが、人間の身体の仕組みは複雑でそう簡単にはいきません。コレステロールは、テストステロン以外の物質の材料にもなっているので、体内では優先順位の高い場所から先に配分されます。

どんなにコレステロールをつくっても、他の場所での需要が高いと、テストステロンまでまわってきてくれないのです。

たとえば、コルチゾールというホルモン。これは脂肪や筋肉などからエネルギー(糖質)をつくるときや体の炎症を抑えるときに働くホルモンですが、人がストレスを受けたときにも合成されます。

ストレスに対抗することは人間の生命維持にとって優先順位が高いため、コレステロールは優先的にコルチゾールの合成にまわされてしまいます。これを「コルチゾール・スティール」(=steel盗む)症候群といいます。

女性のなかには、ストレスフルな激務の日々が続いて「生理が止まった」という経験がある人もいるでしょう。また、強いストレスが生じると、異性を求める気持ちになれなくなるのは男女を問わず理解できるのではないでしょうか。ビジネスパーソンとして仕事が増えてくる30代くらいから性欲が低下するケースは、ストレスによってコレステロールが奪われ、テストステロンの合成が追いつかなくなった結果によるものも多そうです。

また、コレステロールは動脈硬化などにつながるイメージから「健康に悪いもの」という認識が広がっていることも性欲低下の遠因となっている可能性があります。世界的に見てもコレステロールの基準値が低く設定されている日本では、検査で基準値以上の数字が出ると慌ててコレステロールを高める脂質を控えようとしがちです。

実際にはそこまでシビアになる必要がないにもかかわらず……です。最近はコレステロールの身体への好影響も伝えられるようになりましたが、まだまだ忌避されることは多いように思います。

■ストレスの増加で激減するビタミンCをしっかり摂る

さて、そのような性質を持つテストステロンをしっかり合成するために、できることはなんでしょうか? まず、コレステロールを含む動物性脂質は、ベジタリアンでもない限り普通の食生活でまかなえます。無理に抑えるようなことさえしなければ、あまり気にしなくてもいいでしょう。タンパク質は意識的に摂らないと不足しがちですが、動物性脂質についてはそこまででもありません。

大事なのは、コレステロールをテストステロンに変えるために必要となるビタミンやミネラルをしっかり摂取すること。意識的に摂取したいのは、ビタミンEとビタミンC、そして亜鉛などです。とくにビタミンCは、ストレスが高まったときに増加するコルチゾールの合成に大量に使われるので、ストレスが原因で性欲低下が起きていると見られるときには、間違いなく足りていません。

本来はそもそものストレスを減らしたいところですが、それはなかなか難しい。そんなときにはビタミンCの積極的な補給を心がけましょう。ビタミンCは水溶性で、尿として体外に出ていきやすいので、こまめな補給をしたいところです。おすすめしたい具体的な食材としては、コレステロールを含む「ゆで卵」や「海老」、ビタミンEを多く含む「アボカド」、ビタミンCを多く含む「レモン」などが挙げられます。

■栄養補給は「シャンパンタワー」。足りなければ下のグラスは満たされない

人間の身体のなかで、栄養素は生命維持に必要な機能から順に使われていくと考えられています。これは「シャンパンタワー」をイメージするとわかりやすいのですが、頂点に近いグラスにあたるのが生命維持における優先順位の高い、心臓や脳、肝臓などの臓器です。

性欲を高めるホルモンの合成や髪の毛や肌を美しく保つ仕組みなどには、生命維持の点からみると優先順位が低いので、タワーの下のほうのグラス。頂点から十分なシャンパンが注がれ、あふれ続けない限りは下のほうのグラスは満たされないのと同じで、栄養素は十分な量がないと全身には行き渡りません。

たとえば、ビタミンCには髪の毛や肌を美しく保つといった効果もありますが、ストレスが高まっているときには、優先的にコルチゾール合成に使われてしまうため、肌を美しくしたりするところまでまわらないかもしれません。そのため、性欲が失われている人は、髪の毛や肌もいい状態ではないということがよくあります。

「恋愛をしていると肌つやがよくなり、きれいになる」という言説は、あながち迷信でもないのかもしれませんね。ストレスから解放され、健全な性欲を維持し、健全なビタミン摂取ができているということの表れといっていいでしょう。

◆食生活の見直しで性欲を取り戻すためのフロー

[1]必要以上の動物性脂質のカットをやめる
[2]ストレスが強い場合は、特にビタミンC不足に敏感に
[3]ビタミンCを積極的に摂取する
[4]ビタミンEや亜鉛も摂取しテストステロン合成を促進
[5]十分なテストステロンが、健全な性欲をもたらす

最後に、不妊に悩んでいる夫婦のなどにとっては、性欲の低下はシリアスな問題でしょう。十分なテストステロンが合成されない栄養状態は、不妊の原因にもなります。テストステロンの合成メカニズムを知り、ここで紹介したような食生活の改善を通じた健全な性欲の回復に、ぜひ取り組んでいただきたいと思います。

<性欲回復レシピ:海老と卵のアボカドレモン和え>

むきエビ:80g
アボカド:1/2個
ゆで卵:1個
レモン汁:大さじ1
塩コショウ:適量
オリーブオイル:小さじ2
にんにくおろし:適量

エビ(冷凍も可)をゆでて皮を剥き、一口大にしたゆで卵とアボカドと混ぜ調味料で味付け。アボカドにはビタミンEが、ゆで卵やエビにはコレステロールが含まれています。レモン汁やにんにくにはビタミンCなどが入っています。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/秋山健一郎 写真/櫻井健司