「銃を使わせるな。この場で死者が出たら、俺はお前たちを殺す!」ヒクソン・グレイシーは決死の形相で怒声を発した。リオ・デ・ジャネイロにおけるヒクソンにとって最後のストリートファイト…それは、命懸けの闘いだった。「常在戦場」。死を覚悟し仲間を想い生き抜く中で、最強の男の「強靭なメンタル」は育まれたのだ。

  • ヒクソンにとってリング上での試合は、闘いの一部に過ぎなかった。生死をかけたストリートファイト、チャレンジマッチにおいて多くの伝説を残している。

■銃を持った男たちが道場に

ウゴとのビーチファイトから1週間が経った。
傷めた拳も癒され、平静な日々を取り戻していた頃のことだった。
ヒクソンは、午前中のトレーニングを終えて、仲間の家で昼寝をしている。そんな時、切迫した声で誰かが自分の名前を呼んでいるのが聞こえた。
「ヒクソン、ヒクソン」
目をこすりながら起き上がり窓を開けて下を見ると、バイクに跨った仲間がいた。

「大変だ! ウゴの奴が大勢の仲間と一緒に道場に来ている。『ヒクソンと闘わせろ』と言っているんだ」
ヒクソンはパンツ一丁のまま部屋を飛び出した。髪の毛もぼさぼさのままだった。仲間が運転するバイクに跳び跨って、急いでグレイシー・ウマイタ(グレイシー柔術の本部道場)に向かった。

ヒクソンが着くと道場の周りには500人ほどの人だかりができていた。尋常な雰囲気ではない。そのうち40、50人はファイターたちだったが、それ以外はギャングと野次馬である。スカーフを顔に巻き、目の部分だけを切り開けている者も大勢いた。銃を持っている者も何人もいる。

人ごみをかき分けるようにして、ヒクソンは道場に入っていく。門を潜り階段を昇りかけたところでウゴと鉢合わせた。
ウゴは上から睨みつけるようにしてヒクソンに言った。
「待ってたぞ。お前と闘いに来たんだ。今日こそ俺が勝って決着をつけてやる」

ヒクソンは鋭い視線を向けてウゴに言った。
「来い!」
そして、道場の外にある広い駐車場に連れていく。
異常な雰囲気をヒクソンは警戒した。
ウゴと闘うのはいい。だがこれだけの人数がいて、その中には銃を持っている者もいるとなれば死者が出るような事態にもなりかねない、と思ったのだ。

■修羅場におけるヒクソンの非情な攻め

駐車場の隅にウゴを連れていったヒクソンは、彼と一緒に来ていたデニューソン(ルタ・リーブリのコーチ)とエウジーニョ・タデウ(ルタ・リーブリの選手)を呼び寄せると、そこに父エリオと弟ホイラーが加わる。
そこでヒクソンはルタ・リーブリの3人に向かって強い口調で言った。
「ウゴが闘いたいというのなら、この場で挑戦を受けよう。だがもし、この現場がコントロールできない状態になったら、その時は、俺はお前たちを殺す。いいな、必ず探し出して殺すぞ。俺とウゴの闘いに誰にも手を出させるな! そして、誰にも銃を使わせるな!」

「わかった」
ウゴたちは、そう答えた。

群衆が取り囲む中、駐車場でヒクソンとウゴは闘った。
晴れていて、とても暑い日だった。両者ともに額に薄っすらと汗を浮かべている。
先に動いたのはウゴだった。いきなり殴りかかるが、その動きにヒクソンは瞬時に反応しカウンターでタックルを決める。一発でテイクダウンに成功したヒクソンは、そのままマウントポジションを得ていた。

一週間前のビーチでの闘いと同じようにヒクソンは拳を顔面に落としていく。ウゴはパンチを防ごうとしてヒクソンの胴体に抱きついた。
周囲から叫び声が響きわたっていたが、手を出す者はいない。エリオとデニューソンは、静かに二人の闘いを見守っていた。

胴体に抱きつかれたヒクソンだが、すぐさま攻撃に出る。それは非情なものだった。ウゴの頭部を持ち上げて、そのまま後頭部を地面に叩きつけたのである。リングなら下はマットだが、ストリートではコンクリートだ。多大なダメージを負ったウゴは胴体から手を放す。
するとヒクソンは、間髪を入れず顔面に拳を叩き込んだ。2発、3発、4発、5発と見舞っていく。ウゴはタップをして負けを認めた。

  • ラストファイト(2000年5月26日、東京ドームでの船木誠勝戦)直後に一族とともに勝利を喜ぶ。左で満面の笑みを浮かべ両腕を広げているのが弟ホイラー。

■リオの街に銃声が鳴り響いた

試合ではないから正式なタイムは残っていない。ただビーチファイトよりも短い、わずか2、3分での決着だった。
ヒクソンが勝った後、グレイシー柔術とルタ・リーブリの選手同士が接近して睨み合う。一触即発の雰囲気が漂った。その時だった。

ダダダダダダダダ……。
激しく銃声が鳴り響いた。それと同時にヒクソンとウゴを囲んでいた者たちが散っていく。近くの住民から通報を受けた警察官が駆け付け空に向かって発砲したのだ。
これが、リオ・デ・ジャネイロにおけるヒクソンの最後のストリートファイトとなった。

今年の11月で63歳になるヒクソンは言う。
「いまでは、グレイシー柔術とルタ・リーブリもいがみ合ってはいない。それにストリートファイトやチャレンジマッチもほぼなくなった。でも私が10代、20代の頃は毎日が闘いだったんだ。その環境も私を強くしてくれた一因だろう」
若き日にストリートファイトを余儀なくされ、そこで勝ち続ける。時には命がけで修羅場を潜り抜けてもきた。そんなヒクソンが、リング上において常に冷静で、余裕を持って闘えたのは至極当然のことだったようにも思う。

文/近藤隆夫 写真/真崎貴夫