埼玉県さいたま市の鉄道博物館にて、新収蔵資料展「鉄道写真家・南正時作品展 ~蒸気機関車のある風景~」が開催されている。鉄道写真家・南正時氏から寄贈を受けた作品の中から、蒸気機関車の写真を中心に66点の作品を展示した。

  • 鉄道写真家・南正時氏(写真右)の作品展が鉄道博物館で開催中

    鉄道写真家・南正時氏(写真右)の作品展が鉄道博物館で開催中。内覧会では、アニメーターの大塚康生氏(写真左)も同席した

南正時氏は1946(昭和21)年、福井県武生町(現・越前市)に生まれ、1967(昭和42)年にアニメーション制作会社「Aプロダクション」(現・シンエイ動画)に入社。本業の傍ら、写真家・中村由信氏の推薦で、「フォトコンテスト」の招待作家として鉄道写真を発表した。アニメ『ルパン三世』の作画監督であった大塚康生氏の推薦で、「週刊漫画アクション」の口絵「SLを追って」を連載していた。

1971(昭和46)年の独立以降も、「旅行ホリデー」(毎日新聞社)での作品発表、初の著書『機関車電車大百科』(勁文社、1975年)をはじめ、現在に至るまで数多くの鉄道ジャーナル誌、一般書籍、コラム連載などを手がけている。近著として、『山手線駅ものがたり』(天夢人、山と渓谷社)を刊行した。

鉄道博物館の説明によると、昨年、南氏から鉄道博物館に「作品を寄贈したい」との要望があり、南氏が寄贈を進めているところだという。現在はある程度の点数がそろい、この段階で一度お披露目しようということになり、作品展の開催に至った。

  • 南正時氏の写真を通して、蒸気機関車のいた時代を振り返る

「鉄道写真家・南正時作品展 ~蒸気機関車のある風景~」では、南氏が各地を旅しながら撮影した作品のうち、1970年代の蒸気機関車を写した作品を中心に展示している。ギャラリーに入って左側には、南氏が勁文社・実業之日本社の大百科シリーズを手がけた当時の写真が展示され、その中には東海道新幹線の試運転を収めた写真もあった。偶然撮影できたと南氏は語ったが、その偶然が非常に貴重な1枚になったことを実感できる。

それらの写真の下に、南氏が愛用したカメラも展示されている。南氏が最初に手にした「スタート35」をはじめ、「キャノンFT」「ヤシカミニスター」「マミヤC220」など、さまざまなカメラを見ることができる(「マミヤC220」は写真での紹介)。大百科シリーズの写真下部には機材名も記載されているので、あわせて見てみると良いだろう。

  • 南氏が愛用したカメラも展示

  • 内覧会は南氏の解説も交えながら進行

作品展の開始に先立ち、10月1日に行われた内覧会では、南氏が鉄道写真家になるきっかけを作った人物のひとり、アニメーターの大塚康生氏も同席。北陸本線武生駅の写真の前で、南氏と大塚氏が撮影に応じた。大塚氏はアニメーター時代の南氏を「週刊漫画アクション」の編集者に推薦し、それがきっかけとなって、同誌の口絵「SLを追って」の連載につながった。

蒸気機関車の作品展示は、北海道・東北・会津・甲信越・北陸の5つの地域に分けられている。いずれも「週刊漫画アクション」時代に連載されたものが中心だ。作品には路線の概要と南氏のコメントも紹介されているので、目を通すと理解が深まる。当時の様子をいまも鮮明に覚えているとのことで、撮影地の様子だけでなく、その写真に対する南氏の思い入れも読み取れる。

  • 蒸気機関車の作品は5つの地域ごとに展示

  • 模型も展示されている(写真はC56形)

ギャラリー内の各所に15分の1スケールの蒸気機関車の模型も展示され、模型ならではの迫力と重厚感を感じられる。一見、同じような見た目だが、じっくり観察すると個々に違いが見られ、面白い。

今回のメインビジュアルになった只見線の作品を見てみると、紅葉の山間を行くC11形の姿が。只見線の写真としては有名な構図だが、1970年代、そこを確かに蒸気機関車が走っていたのだと実感できる作品に仕上がっていた。他にも廃線となった国鉄日中線や、第三セクター・会津鉄道に移管された国鉄会津線など、当時だからこそ見ることが可能だった鉄道風景を振り返ることができる。その姿は懐かしく、ときに力強い。

東北の蒸気機関車コーナーにある石巻線女川駅の写真も、注目したい作品のひとつ。何度も同じ場所で撮影を試みた日常風景かと思いきや、じつは東日本大震災時に津波が押し寄せ、南氏がそれまで見てきた風景が一変してしまったことを物語っている。ただ懐かしいだけでなく、何度も同じ場所から観察することで見える変化も実感してほしい。

  • 女川駅の写真は、9年前の震災による変化をいまに語りかける

南氏によれば、当時のカメラはデジタルではないため、1枚ずつ写真を撮っていたが、撮影のチャンスは1日に1カットしかないことがほとんどだったという。たとえば北海道の宗谷本線で、利尻富士(利尻山)を背景にした写真を撮影した際、成功するまでに4日間もかかったそうだ。

撮影しながら全国を巡るにあたり、「撮れるまで撮る。そのとき撮れなくても、また何回も撮りに行く。ここにある写真は、大体同じところに2~3回は行っています」と南氏は言う。1回撮ってそれで終わりにするのではなく、徹底して同じ場所に通い、1枚の写真を撮ることに、南氏の情熱的に取り組む姿勢がうかがえた。

鉄道博物館の新収蔵資料展「南正時作品展 ~蒸気機関車のある風景~」は2021年1月11日まで開催。鉄道博物館の入館料だけで見学できる(入館は事前購入制)。10月に行われた南氏のトークショーが好評で、11月3・28・29日の追加開催も決定した。国鉄時代を知る人には懐かしく、当時を知らない世代でも学びを深められる貴重な機会。ぜひ訪れてみてほしい。