「ホンダe」(Honda e)はホンダが未来のモビリティを見据えて作った電気自動車(EV)だ。その先進性を実感できるのが、インパネに水平に並んだ5つのディスプレイである。この画面で何ができるのか、ちょっと触らせてもらったので分かったことをお伝えしたい。

  • ホンダの電気自動車「ホンダe」

    「ホンダe」の事前取材でインパネの大きなスクリーンを触らせてもらった

アプリがダウンロードできるクルマ

インパネの大きなスクリーンは「ワイドビジョンインストルメントパネル」と呼ばれる。ディスプレイは全部で5つ。両端はサイドミラー代わりのカメラからの映像を映し出すモニターで、右から2つ目は速度などを確認できるメータースクリーンだ。

中央には12.3インチのディスプレイ2枚が並ぶ。この画面ではナビゲーションの操作をしたり、ラジオや曲を選んだりできるのだが、その操作感はスマートフォンのようだった。

  • ホンダの電気自動車「ホンダe」

    左端は左側のカメラ(サイドミラーの位置に付いている)が映し出すクルマの左後ろの映像。真ん中には12.3インチのディスプレイ2枚が並ぶ

ナビなどの機能は「アプリ」として左右両端に並んでおり、それをタップすることで起動できる。「アプリ一覧」ボタンをタッチすると、これまでに使ったアプリ(履歴)が並んで表示されるので、そこから使いたいものを選べる。iPhoneでホームボタンを素早く2回タッチした時の感じだ。画面に置いておくアプリは自分好みにカスタマイズ可能。iPhoneだとアプリを長押しすれば動かせるが、それとやり方は同じだった。それと、この2つの画面には自分で撮った写真を「壁紙」として設定できるそうなのだが、それもスマホと似ている。

  • ホンダの電気自動車「ホンダe」

    2枚のディスプレイの左右両端にアプリが並ぶ。何を常に画面に置いておくかは自分でカスタマイズできる

2画面ならではの使い方も面白かった。この2つの画面はボタン操作あるいはフリック操作で左右を入れ替えることができる。なので、例えば助手席の人がナビを設定し、その画面を運転席側に送ったりするような使い方が可能だ。出先でホンダeを充電している時などは、一方の画面に充電状況を確認できる画面を映しておいて、もう一方の画面で映画などの動画を見て過ごすといった使い方もできる。ホンダeは常にインターネットに接続しているので、車内Wi-Wiで手持ちのデバイスとつなげば、そこから動画をクルマの画面に飛ばせるようだ。

  • ホンダの電気自動車「ホンダe」

    HDMIケーブルをつなぐこともできるし、USBの差込口もあるので、いろんなコンテンツが車内の画面で楽しめそうだ

アプリは今後、増えていくようだ。事前取材で話を聞いたホンダの新家崇弘さん(完成車開発統括部のチーフエンジニア)によれば、有料・無料を含め、開発中のアプリはいろいろあるとのこと。中身はホンダが精査するそうだが、外部で開発されたアプリを採用する可能性もあるそうだ。ちなみに、現状でダウンロードできることが分かっている「アクアリウム」というアプリは、画面上の水槽で魚を眺めるという内容らしい。画面をタッチすれば餌をやることもできるという。

ホンダのAIはかなり優秀!

使ってみて驚いたのは、クラウドAIの「Honda パーソナルアシスタント」だ。これもスマホと似た機能で、ようするに「Siri」のようなものがクルマに載っているのである。

  • ホンダの電気自動車「ホンダe」

    「OK Honda」と呼びかけると「Honda パーソナルアシスタント」が登場。ふにゃふにゃ動く丸いキャラクターだ

何が驚きだったかというと、音声認識の精度の高さだ。これまで、いくつかのクルマで音声入力によるナビの設定を試してみたことがあるが、ホンダeはトップクラスの聞き取り能力を持っていると感じた(メルセデス・ベンツのMBUXもすごかったが)。ホンダの資料によれば、このAIは文脈を理解しているので、何かを頼んでいる途中に言い直すことになったとしても、その都度、最初に戻って会話を始める必要はないとのこと。例えば「近くのフレンチレストランを探して」とコマンドを出した後、「駐車場付きで」と付け加えれば検索結果を絞り込んでくれるし、「やっぱり中華がいい」とわがままをいえば、駐車場付きの中華レストランを探してくれるそうだ。

このAIはホンダが外部の会社と共同開発したものだ。つまり、出来合いのAIを買ってきてホンダeに積み込んだのではない。クルマ屋であるホンダが、なぜAIの開発にまで入り込む必要があるのか。新家さんの考えはこうだ。

「自分たちが『こういうことに答えてほしい』と思うことと、AI屋さんが考えることって、やっぱり違うんですよ。私たちはクルマ屋ですし、彼らよりもユーザー目線といいますか、クルマのユーザーとしての見方が強い。そういうところで、仕様に対する考え方がだいぶ違う。そこが、(AIを)買い物では済ませられないところですね」

「運転中って、そんなにゆったりとした気持ではないですから、『中華料理、間違えた、やっぱりうどん』みたいな言い方になった時に、どれだけ付いていけるかというところには相当、工夫しました」

かなり細かい作業だと想像できるが、新家さんが例え話で説明してくれた。

「たとえば、真岡市(もうかし、栃木県の都市)に行きたいとしますよね? 人間の声と口から出る音というのは、同じ単語でも違いますから、『もうか』『もーか』『もおか』、それらを全部、認識できないといけないんです。音の周波数で登録しておいたとしても、例えば『もう、うかつに』とか言ったときに真岡市のことが出てしまうと、それもダメということになる。そういうのを1個1個つぶしていくんです」

こんなことを帰納法のようにやっていったら、いくら時間があっても仕事が終わりそうにないような気がしたのだが、もちろん、全ての個別のケースに対応したのではなく、演繹法のようにというか、「ツリーを作って」(新家さん)作っていった部分もあったそうだ。

クルマに載せるAIならではの苦労もあったという。

「ベースはもちろん、AI屋さんとか、人工音声認識屋さんが作ったものでスタートするんですけど、クルマに乗せてみると音の反響も違うし、高速道路を走っている時なんかは、認識が難しくなったりもするんです。そういうところもチューニングしなければいけません。静かな室内ベースのAIは世の中にたくさんあると思うんですけど、それとはちょっと違うんで、そこは他社も苦労されているところでしょうけど、我々も苦労しました」

  • ホンダの電気自動車「ホンダe」

    こちらの言葉をかなりの精度で聞きとってくれた「ホンダe」のAI

クルマと人のつながりを大きく変えるかもしれない、ホンダeの大きなスクリーン。ほかのクルマでは見たことのない設備なので、採用にこぎつけるまでには反対意見もあったのではないかと思ったので新家さんに聞いてみた。

「直線基調ばかりなので、『これでデザインが成り立つのか』『作れるのか』『お客さんの使い勝手は大丈夫なのか』といったような質問は当初、たくさんありました。でも、大きさ、配置、ダッシュボードの長さなどを1つずつ検証し、最後はモックアップ(模型)を作って、(ホンダの役員など)みんなの納得を得て、作ったんです。ちょっと古い開発手法かもしれませんが、新しいモノって人の想像を超えるので、モニター上で説明しても納得してもらうのが大変なんで」

「模型を作るのもタダではないので、だいたい、変わったモノを開発するときって、そこのところで止まるんです。だけど、ここにいる連中(ホンダe開発陣)は、すぐにモノを作りたがるんですよ。とにかく実物を作って、「でしょ?」といって突破していく」

「今の最先端の開発では、3Dのデータを作って、モニターの上でくるくる回して説明しろといわれるんですが、私見ですけど、人間って、『30センチ×50センチの紙』といわれるのと、それの実物を目の前にするのとでは全然、違うじゃないですか? 実物を見せられて、『これが、クルマの中にあったらどう?』っていわれたら想像しやすいですけど、それをモニターの中でやられても、どうなのかなと。ましてや、それの良さを証明せよといわれたら、時間がいくらあっても足りない。だから、モノを作ってしまって、『これで絶対、次の価値を出せるはずです。これからのホンダへの期待感を出せるはずです』と説明したんです」

新家さんにとってホンダらしさとは、「よそにないものを作るんですけど、それが、お客さんの『いらんもん』(不要なモノ)じゃなくて、自分にマッチしているものなんだなと腹落ちしてくれるもの」ということなのだそう。ホンダeに乗る機会があれば、走りだけでなく、車内の画面でいろいろなことを試して、ホンダ開発陣の工夫の数々を体感してみてほしい。