■198億円で神戸市へ売却

2020年6月1日に予定されていた北神急行電鉄北神線の神戸市への移管は、新型コロナウイルス感染症の流行の下でも粛々と手続きが進められ、そのまま実施された。当日から北神線は神戸市営地下鉄の路線となり、移管前と同じく西神・山手線と一体となって、谷上~西神中央間の直通列車を主として運行されている。

  • 北神トンネルを出てくる神戸市営地下鉄の電車。北神線はもともと西神・山手線と相互直通運転を実施していたが、6月1日から名実ともに市営地下鉄の路線となった

北神線は神戸市北区と同市中心部との交通改善を目的として、1988(昭和63)年に新神戸~谷上間が開業。当初から神戸市営地下鉄西神・山手線と相互直通運転を実施していた。全長7.5kmのうち、約7.3kmが六甲山地の下を掘り抜いた北神トンネルであり、地上区間は谷上駅付近しかない珍しい路線で、途中駅はない。純民間会社であり、いわゆる第三セクター鉄道ではない。民営鉄道の公営化は非常に珍しいケースだ。

この移管にあたり、神戸市は198億円で北神線の設備・車両を取得した。簿価は約400億円と計算されており、北神急行電鉄を連結子会社としていた阪急阪神ホールディングスは、2019年3月期連結決算にて約190億円の減損損失を計上している。

  • 市営化を記念するヘッドマークを掲出。「北神弓子」が引き続き北神線のPRキャラクターを務める

なお、北神線は2002年度に債務負担の軽減から、線路などの施設を阪急阪神ホールディングスグループの神戸高速鉄道に譲渡。同社が施設を保有して貸し出す第三種鉄道事業者、北神急行電鉄が運行を担う第二種鉄道事業者へと、鉄道事業免許を変更している。建設費の金利負担が重かったための措置で、営業成績自体は毎年純利益を出すなど順調であったが、約300億円前後の累積欠損金はあまり減らず、結局は神戸市への譲渡の道をたどった。

■神戸市北区は人口減少が続く

北神線の終点となる谷上駅は、三宮・元町など神戸市中心部から見ると、北側に屏風のように立ちはだかる六甲山地の北側を占める神戸市北区にある。

北区は1947~1958年にかけて神戸市に編入された地区が、1973年に兵庫区から分区して設けられた。神戸市の面積の約43%を占める広大な区だが、最新の推計人口は21万1,217人。山地、山林などが大半を占め、著名な温泉地である有馬温泉も北区の一角にある。

1980年代後半のバブル期には、市中心部の地価が高騰し、北区では盛んにニュータウン開発が行われたため、人口が急増した。おもな交通機関として、戦前に開業した神戸電鉄がある。しかし急勾配路線で輸送力も小さく、利用者の急増に対応できないと見られ、谷上駅で神戸電鉄と接続する北神急行電鉄が計画、建設されたのである。北神急行電鉄は1,435mm、神戸電鉄は1,067mmと軌間が異なり、直通運転はできないが、2001年には谷上駅の同一ホーム上に両社の電車を着け、基本的に対面で乗り換えられるように設備改良が行われ、利便性が高められた。

  • 谷上駅の表示も「北神急行」から「神戸市営地下鉄」に変更された

  • 谷上駅に到着する神戸市営地下鉄の電車。日中の利用者は少ない

  • 谷上駅では神戸市営地下鉄(写真左)と神戸電鉄(同右)のホーム対面乗換えができる

神戸市全体で見ると、阪神・淡路大震災以降、人口は徐々に回復してきたが、2013年から微減傾向に転じた。少子高齢化による自然減などが要因と思われる。北区は少し早く2011年頃から減少傾向が生じた。同年度の人口は22万6,319人だったので、10年ほどで約1万5,000人減少したことになる。

ニュータウン地区だけに、バブル期あるいはそれ以降に生まれた人が成人に達し、進学や就職のために転出。若年層が減り、それを埋めるだけの新しい若年層が形成されなかったことが大きいと、神戸市では見ている。

■「北神地区」の振興に期待

神戸市北区のうち、神戸電鉄の岡場駅を中心とし、有馬温泉もある東側半分は、とくに「北神地区」と呼ばれる。谷上駅周辺は含まれないが、市営化されるまでの「北神急行電鉄」という社名には、大まかに神戸市北部という意味だけでなく、谷上駅で神戸電鉄と接続し、北神地区へのアクセスを改善する目的も込められていると捉えられる場合もあっただろう。

神戸市は2019年4月、北区北神支所を格上げし、北区役所と同格で、同じサービスを提供する「北神区役所」とした。全国でも珍しいケースだが、北区は面積が約240平方キロメートルもあり、約225平方キロメートルの大阪市より広く、区内の移動にも苦労する。それゆえに行政サービスの改善を図ったのである。

これに続いての北神線の市営化である。やはり北区、中でも市の中心部から遠い北神地区の魅力を高め、人口をつなぎ止める一連の施策のひとつと見るべきだろう。

今回、北神線が神戸市営地下鉄に吸収されたことで、大きくうたわれているのが運賃値下げだ。北神急行電鉄だった時代、地下鉄とは別会社であり、新神戸駅を境に初乗り運賃が2回かかった。建設費用の回収も必要であり、北神急行電鉄自体の運賃水準も高く、三宮駅から谷上駅まで普通運賃は550円、通勤定期券(1カ月)は2万2,300円、通学定期券(大学生1カ月)は1万3,470円であった。

それが全線にわたって神戸市営地下鉄の運賃水準が適用されることで、三宮駅から谷上駅まで普通運賃は280円、通勤定期券(1カ月)は1万620円、通学定期券(大学生1カ月)は6,210円と約半額、あるいはそれ以下となった。劇的な変化と言ってよい。

  • 運賃値下げが盛んにPRされているが、神戸市北区の人口減少を食い止める役割も期待されている

北神線では、平日朝夕のラッシュ時に毎時7本程度の列車を運転しているが、日中は毎時4本、15分間隔の運転である。大都市中心部相互間の流動がある地域とは異なり、利用者の多くは通勤通学利用という、郊外型の流動が見られる路線だ。利便性はそのままに、運賃、とくに定期券が約半額に値下げされることは、大きなインパクトがある。

ちなみに、谷上~三宮間の所要時間は10分、岡場~三宮間は30分弱。これに交通費の「手頃感」が加わると、北神地区も魅力的な居住地として見直されるだろう。

公共交通機関とはいえ、民間会社の債務の一部を肩代わりする形で、神戸市は200億円近い支出を行ったわけである。運賃値下げばかりクローズアップされるが、「地域の価値の向上」の面では、必要な投資であったと言えるのではないか。

筆者プロフィール: 土屋武之

1965年、大阪府豊中市生まれ。鉄道員だった祖父、伯父の影響や、阪急電鉄の線路近くに住んだ経験などから、幼少時より鉄道に興味を抱く。大阪大学では演劇学を専攻し劇作家・評論家の山崎正和氏に師事。芸術や評論を学ぶ。出版社勤務を経て1997年にフリーライターとして独立。2004年頃から鉄道を専門とするようになり、社会派鉄道雑誌「鉄道ジャーナル」のメイン記事を担当するなど、社会の公器としての鉄道を幅広く見つめ続けている。著書は『鉄道員になるには』(ぺりかん社)、『まるまる大阪環状線めぐり』(交通新聞社)、『きっぷのルール ハンドブック 増補改訂版』(実業之日本社)、『JR私鉄全線 地図でよくわかる 鉄道大百科』(JTBパブリッシング)、『ここがすごい! 東京メトロ - 実感できる驚きポイント』(交通新聞社)など。