日本テレビ系ドキュメンタリー番組『NNNドキュメント’20』(毎週日曜24:55~)では、アスベストの脅威を取材した『静かな時限爆弾~阪神大震災25年 迫るアスベストの脅威~』(読売テレビ制作)を16日に放送する。

  • 中皮腫で亡くなった島谷和則さん(当時49歳)=読売テレビ提供

兵庫県明石市の職員だった島谷和則さんは、2013年に中皮腫のため、49歳の若さでこの世を去った。島谷さんは市の職員として20年以上、ごみ収集に従事。阪神大震災後3カ月ほどは、がれきの撤去作業も行った。

明石市でも多くの建物が倒壊し、粉塵が立ち込める劣悪な環境だったというが、当時、アスベストの危険性はあまり知られておらず、マスクをせずに作業していた職員もいたという。これまで、兵庫県内では震災がれきの撤去に携わった作業員や警ら活動をしていた警察官など5人が震災時のアスベストが原因で中皮腫を発症したとして、労災(公務災害)認定を受けているが、島谷さんに下された判断は“公務外”。つまり、「震災時の作業は中皮腫発症の原因ではない」と結論づけられた。

島谷さん亡き後、妻や同僚が公務災害の認定を求める裁判を起こした。「今後の人たちのためにも、自分がまず認定を勝ち取らなければならない」という島谷さんの遺志を継ぎ、長い裁判を闘っている。

アスベストの脅威が世に知られるようになったのは05年。兵庫県尼崎市の大手機械メーカー・クボタ工場周辺で発覚した大規模なアスベスト被害“クボタショック”が発端だった。現在、国はアスベストの使用を全面禁止にしているが、今なお、患者は後を絶たない。中皮腫による1年間の死者数はついに1,500人を超え、毎年、過去最悪を更新し続けている。

今年は、阪神大震災から25年の節目の年で、神戸市は「市民への震災によるアスベストの影響は基本的に小さい」としているが、専門家は、当時、建物の解体現場付近では大量のアスベストが飛散していたと指摘する。さらに、全国各地から警察や消防・自衛隊などが応援に入っていたことなどから、今後、被害の拡大が懸念されている。

今なお、アスベストを含む建物は全国に280万棟ほど残っているとされている。震災から25年が経過し、潜伏期間を終えようとする今だからこそ、地震大国日本でアスベストとどのように向き合っていくべきかを問いかける。ナレーターは、松尾スズキ。

  • 粉塵が舞う解体現場(1995年2月)

  • アスベストへの恐怖を語る島谷さんの同僚

  • 今も身近に潜むアスベスト